友よ
銀座の小洒落たバーで2人の男が飲んでいる。
コーヒー牛乳を。
「ふざけんな馬鹿野郎!
酒飲まねえなら俺の店に来んじゃねえよ!」
「酒はやめたんでね」
「僕は下戸だからね」
関東魔法学園の主任訓練官、内藤真也は黒岩大地が帰国した件を知り、
一向に進展しない日本冒険者協会との不毛な話し合いを抜け出し、
どうにか時間を作って旧友が営む馴染みの店へとやってきたのだ。
「それで……
どうして日本に戻ってきた?
向こうで色々とやることがあるんだろう?
各国の代表と会談したり、自伝を執筆したり、
映画に出演してチヤホヤされたりな」
「自伝はゴーストが書いた物だよ
映画には出たくなかったけど、
監督からどうしてもって押し切られちゃってね……
まあチョイ役だし、友情出演ってやつさ
素人演技丸出しで明らかに浮いてるから、
チヤホヤどころか現地ではボロクソに言われてるよ」
大地氏は手元の液体を飲み干し、おかわりを要求する。
マスターは呆れた顔つきでため息を吐いた後、
冷蔵庫から市販のコーヒー牛乳を取り出してコップに注いだ。
「帰国したのは家族に会いたくて……と言いたいとこだけど、
沖縄の現状を君たちに知らせたくてね
どうせ平輪党の連中が隠蔽工作してるだろうなとは思ってたけど、
100%予想通りでちょっと笑っちゃったよ」
「沖縄の……!
それは助かるが、信用できるのか?
国内の俺たちでさえ状況を把握してないんだ
ブラジルにいたお前がどうやって……」
「まあ僕にはいろんな知り合いがいるからねえ
米軍のお偉いさんともお友達だから、それでだよ」
「……ああ、米軍基地か」
「あと大っぴらには言えないけど、
某国のスパイともよく遊びに行く仲でね
アメリカが掴んだ情報とほぼ一致してるんだ」
「そうか、そのお友達について追及するのはやめておく
本題に入ろう
沖縄では今、何が起きているんだ?」
「テロだよ
反冒険者団体の過激派による攻撃さ
そいつらは手製の爆弾を現地に持ち込んで、
冒険者が集まりそうな場所を破壊して回ったんだ
その影響で大きな混乱が生じ、
ダンジョンから大量の魔物が流出してしまった……
しかも国内では過去最大級の規模とみられてる
これは今後、最悪の事例として語り継がれるだろうね」
「テロ……またか…………
それも過去最大級ときたか……
…………
なあ、現地にうちの生徒を送り込んであるんだが、
その辺りの情報も掴んだりしてないか?」
「甲斐晃君だね
断言はできないけど、おそらく彼は無事だよ
沖縄の各地で『銀髪の男が素手で魔物をぶち殺してる』
って報告が上がってるんだ」
「それだ……!!
そんなデタラメな戦いができる奴は1人しかいない!!」
「ああ、やっぱり本当なんだ
大佐は『何かの見間違いだろう』って鼻で笑ってたし、
僕も学園に顔出すまでは信じてなかったんだけどね
ヒロシ君みたいな怪物の友達なら、それも可能かなと……」
「怪物か……そうだな
あれほど理解に苦しむ生徒は初めてだ
……それはともかく、甲斐が生きていると知って安心した
乾杯しよう 俺の奢りだ
マスター、炭酸水を持ってきてくれ」
「それじゃ僕は烏龍茶で」
「お前ら酒飲めよ!!」
2人の手元にノンアルコールの液体が行き渡り、
話題を変えて仕切り直そうという流れになった。
沖縄の現状について聞きたいことがまだ山程あるものの、
軍やスパイが掴んだ情報をそれ以上ベラベラと喋るのは危険と判断し、
当たり障りの無い日常会話へとシフトしたのだ。
「シンちゃんが思う最強の生徒ってどの子?
僕の予想ではやっぱヒロシ君かな〜
1年の時にトーナメント優勝してるしね」
「いや、あいつはイマイチ最強になりきれない奴だ
火力が低いとか、そういう理由ではない
予測不能な技術で相手を翻弄する力はあるんだが、
少年漫画の王道主人公みたいにまっすぐな気質だからな
できる限り正統派の戦いをしたがるせいで、
追い詰められないと真価を発揮できないんだ」
「少年漫画の主人公かあ……
うん、そんな感じだった
つい先日負けイベントをこなしたから、
この後に覚醒しそうな予感がするね」
「また妙な技術を身につけそうだな
……それで最強の生徒に関してだが、
物理最強なら甲斐晃、魔法最強なら不破稔
と、俺の中ではもう答えが決まっている
この評価が揺らぐことはない」
「ええ〜、もう終わり?
もっと白熱した最強議論を交わしてみたかったんだけどなぁ」
「そんなこと言われてもな……
というか、お前にとっては知らない生徒ばかりだろう
そんな奴らの話題で盛り上がれるのか?」
「ふふん、それが実はだね
魔法学園の子たちは海外ではちょっとした有名人なんだよ
新宿テロのニュースが流れてた時期に彼らの存在が知れ渡り、
一部の生徒には熱烈なファンがついてるのさ」
「ほう、誰が人気なんだ?」
「ぶっちぎりで高音凛々子ちゃんだね
セクシーな体型の持ち主で豪快に大剣振り回すし、
男勝りな感じが多くの女性に勇気を与えるらしいよ」
「なるほど、男勝りか
物は言いようだな
特訓と称して後輩の男子を集めて、一方的にボールをぶつけて
ストレス解消を行うような乱暴者なんだがな……」
「その話が広まればもっと人気が出そうだ
……次点で人気なのは進道千里君で、
最初のうちはそれほど注目されてなかったんだけど、
実は男の子だと判明して評価が急上昇したパターンだね」
「ああ、そういえば男子だったな……
あまりにも女子制服が馴染んでいるから、すっかり忘れていた」
「他の子たちの人気は横這いだけど、
個人的には栗林努君を推したいかな
ゴス系の若年層からの支持が厚い彼だけど、
僕が注目してるのはそこじゃない
ティルナノーグの戦いでの功績だよ」
「ああ、あれか……
戦力不足で絶望的な状況の中、
援軍が到着するまでの間、よく持ち堪えてくれたよ」
「まさにそれさ
あの時あの場所に彼が居合わせてなかったら、
被害はもっと拡大していたはずだ
まさか武器に魔力を付与して長丁場を凌ぐだなんて、
僕らの世代じゃ思いつかない発想だよね
『魔法剣なんて見掛け倒し』ってのが常識だったし」
「あいつこそ真の魔法剣士だ
お前は肩書きを変えた方がいいんじゃないか?」
「う〜ん、僕が自分で名乗ったわけじゃないんだけどなぁ」
黒岩大地がトイレに行っている間、
マスターはカウンター席でナッツを齧る内藤真也に話しかけた。
「しっかし、お前も随分と丸くなったよな
昔のお前だったらクロを見かけた瞬間に速攻で斬り掛かるか、
『俺と勝負しろ!』とか言って困らせたりしてたのによ」
「まあ、40過ぎたいい大人だしな
剣は持ってきたが、抜かないように我慢している」
「おいおい、俺の店に物騒なモン持ち込むんじゃねえよ!!
一戦交えるなら外でやれ!?
ここで流血沙汰は御免だからな!?」
「はは、安心しろ
強力な洗剤も用意してある」
「その剣を俺に預けるか、今すぐ店から出ていくか選べ」
そこへ戻ってきた黒岩大地が会話に加わる。
「あれ、シンちゃん剣持ってたの?
やっぱりそうなんじゃないかと思って、
僕も隠し持ってたんだよねえ」
「お前ら2人共、俺の店から出ていけえええ!!」
凶器を店に預けた2人はコーラを注文し、会話を再開した。
「僕の娘は同じように太ってる人たちから応援されてたんだけど、
元の体型に戻っちゃった今ではどうだろうなあ
なんだか賛否両論になりそうだ」
「そいつらは嫉妬するエネルギーを運動に注ぎ込めばいいのにな
……で、杉田についてはどんな感じなんだ?」
「ん、杉田って……ユキちゃん?
あの子はなんというか、まあ……
ホラー映画みたいって意見が多いね
日本人形みたいな雰囲気あるし、
テレポートで急に消えたり現れたりするから……」
「ホラー映画……そうか……」
「まあ、ざっとこんなもんかな
正直なところ、他の子たちの評価はよく覚えてないよ
印象に残らない見た目だからあんまり話題に上がらないんだ」
「その地味なグループの中にお前をビビらせた奴がいたわけだ」
「あっはは、まったくもってその通り!
人間相手にあの裏技を使ったのはシンちゃん以来だよ!
あれが直撃してたらマジでヤバそうだったし!」
裏技と聞いて内藤真也の眉がヒクつくが、
自分の教え子が世界最強の男を一瞬でも追い詰めたのだと思うと
少し誇らしい気分になり、少しざまあみろとも思った