6月
午前中、ヒロシたちは実戦訓練の一環として
学園ダンジョンの第6層で冒険活動を行なっていた。
そこには今まで戦ってきた魔物とは比較にならないほどの強敵、
かの有名なモンスターであるドラゴンが生息している。
ドラゴンはテリトリーに踏み込んできた侵入者に反応し、
背中の翼を最大まで広げて『ギャアア』と咆哮する。
その獰猛な瞳は自身に最も近い距離に立つ美少女を捉え、
赤旗に突っ込む闘牛のように一直線に襲い掛かってきた。
「ふんごおおおおおっ!!」
「ましろ!!
声!!
美少女が台無しだよ!!」
防御役を務めるのは黒岩真白。
90kg近い体重をわずか1ヶ月で半減させた、
最近話題沸騰中のシンデレラガールである。
その彼女が取組前の力士のように深く腰を落とし、
センリから借りた最強の盾でドラゴンの突進を受け止める。
ドラゴンの体長は約80cmと小柄だが、
そのパワーはバルログの倍以上という凄まじい破壊力を秘めている。
パーティー内で最も踏ん張りの利くましろではあるが、
さすがにこの押し合いでは力負けし、地面には轍が出来上がっていた。
「おい、大丈夫か!?
無理そうならすぐ言え!!
いつでも交代するぞ!!」
デブ専のセンリが心配そうに叫ぶ。
ましろはスリムになってしまったが、
進道千里はそれで掌を返すような男ではない。
彼女は伸縮自在の体質の持ち主……また太ることができるのだ。
「あたしは大丈夫!!
それよりミナ、早く早く!!」
「あ、そうだった
……ヴェクサシオン!!」
並木美奈が放つは対象の攻撃力を下げる弱体魔法。
これでドラゴンの勢いは大きく衰え、前衛が崩壊する危険性が激減する。
「「 アイスストーム!! 」」
そしてセンリと並木によるW攻撃魔法。
氷属性がドラゴンの弱点というわけではないが、
無効化される炎属性でなければなんでもいい。
しばらくアイスストームの直撃を浴び続けたドラゴンは動きが鈍くなり、
センリは解析を使用しておおまかな残りHPを把握する。
「……よし、そろそろいけそうだ
おいヒロシぃ!!
ビシッと決めろよな!!」
「了解!!」
ヒロシは気配を殺してドラゴンの背後に回り、
静かにフゥゥと息を吐いて目を閉じる。
そして左手の短剣に全神経を集中させ、
スキップをするかのような軽やかさで地面を蹴った。
と、次の瞬間。
シパアァァン!!と近くで雷が落ちたかのような轟音が鳴り響き、
気がつけばドラゴンの首は胴体から分離されて地面に転がっていた。
そしてヒロシの右手にはぼんやりと赤い光を放つアイテム……
貴重な錬金素材である、“竜の宝玉”が握られていたのだ。
「おっしゃあああ!!
大勝利!!
ビシッと決めてやったぜ!!」
勝利の立役者が歓喜のガッツポーズを取り、
仲間たちも両手を上げたり親指を立てるなりして感情をあらわにする。
100点満点。
誰もダメージを受けず、無駄なMPを消耗せず、
トドメを撃ち漏らさず、レアアイテムをGETできた。
先月から通算20戦目にしてようやく、
アキラ不在のパーティーでドラゴン相手に完全勝利を収めたのだ。
「とにかくこれで一歩前進だな
おれたちゃアキラ無しでも戦えると証明できたぜ」
「うん!
役割分担の徹底ってやつだね!
戦士不在でも僧侶のあたしが壁役を兼任できるし、
魔法使い2人で火力枠も問題無し、
盗賊がいるおかげで金銭効率アップ……
今日のパーティーは大当たりだったね!」
「え、ちょっと待って
もしかして盗賊って俺のこと?
自分じゃ戦士枠だと思ってるんだけどなあ……」
「いやいや、ヒロシ君はどう考えても盗賊でしょ
素早さと器用さが高い回避型の前衛だし、
『盗む』みたいな特殊能力持ってるしねえ
……それより私が魔法使いってのはどうなのよ
攻撃と回復、どっちも使えるから賢者じゃない?」
「賢者はテストで赤点取らないと思う」
「あいたたた………
正論ツッコミは効きすぎるからやめて」
なんとも緩い雰囲気のまま、彼らは学園へと帰還した。
無事に訓練を終えた彼らは報告しに落合訓練官の元を訪ねるが、
そこである人物を見かけて言葉を失った。
だが全員ではない。
「パパ……!!」
沈黙を切り裂いたのはましろだ。
彼女の父親だと確定し、一同に更なる緊張が走る。
黒岩大地。
世界で初めて最難関ダンジョンを攻略した英雄である。
「やあ、ましろ
元気そうで何よりだよ
日本に着いてすぐ電話したんだけどね
ダンジョンにいたんじゃしょうがないよね」
と、娘の頭を撫でる彼は身長160cm程度、体重は推定100kg以上、
天然パーマなのか寝癖なのかわからないボサボサ頭に無精髭と、
本当に英雄か?と疑いたくなるような容姿であった。
よく見れば美少女のイラストがプリントされたTシャツを着用しており、
ただのアニメオタクのおっさんだと言われても信じるだろう。
「昨日でも電話できたでしょ?
急に来られても、なんの準備もしてないよ!
もっと早く連絡くれればよかったのに!」
「あはは、ごめんよ
僕もそうしたかったんだけどね
協会の連中とか、鬱陶しい奴らに動きを悟られたくなくてね
いろんな国を経由するのに忙しくて連絡できなかったんだ」
「そーゆーことなら許すけどさあ……
ママには電話した?」
「そりゃもちろんさ!
あとで迎えに来てくれるって言ってたよ
今夜は久々に家族水入らずで過ごせそうだ」
大地氏は親子の再会をひとしきり堪能した後、
背景と化していた若者たちに体を向けて名乗り始めた。
「やあ、君たちはましろの友達だね?
いつも娘がお世話になってます」
と、軽く会釈すると若者たちはロボットのような固い動きでお辞儀をし、
隣に立つ相手を肘で小突きながら何やらヒソヒソと相談している様子だ。
どうやら誰がどんな質問をしようかと打ち合わせているらしい。
「え、あれ? この反応……
もしかして君たち、僕を知ってるの?
てっきり日本じゃ知名度ゼロだと思ってたんだけど……
ましろから聞いてたのかな?」
若者より先に質問してみるが、答えたのは落合訓練官だった。
「あなたは当学園における最大の出世頭ですからね
伝説の先輩について教えないわけにはいきませんよ」
「そんな、伝説だなんて恥ずかしいよ〜
いやまあ、偉業を成し遂げたって自覚はあるんだけどね
普段の僕はそこまで大した人間じゃないんだ
村の子供たちにサッカーでボロ負けするような鈍臭いおっちゃんだよ」
「そのエピソードだけではなんとも……
ブラジルといえば世界トップクラスのサッカー強国ですし、
現地の子供が日本の大人より上手くても驚きませんよ」
「じゃあこれはどうかな?
ギターを買ったはいいけど、コードを覚え切れずに諦めちゃった」
「初心者あるあるですね」
「他には、荻原と萩原を読み間違えるとか」
「みんなそうですよ」
「実はブラックコーヒーが苦手なんだ」
「ただの好みの問題じゃないですか
……というか普段のあなたがどんな人物であれ、
世界的な英雄であるという事実は変わりませんよ
もっと多くの人間があなたの功績を知り、
尊敬して然るべきだと思いますがね」
「うーん、恥ずかしいけど我慢するしかないかあ
あ、でも今度から生徒に僕のこと教える時は昔の写真を使ってよ
そのイメージが浸透すれば実物を見ても誰も気づかないからさ
まさかこんな冴えないおっさんが英雄だとは思わないでしょ?」
「似た者親子ですねえ……」
──魔法学園に伝説の男がやってきた。
その話は瞬く間に学園中に広まり、急遽午後のスケジュールを踏み倒して
生徒も職員も総出で英雄の凱旋を祝福しようという運びとなった。
当の大地氏はそこまでの歓迎は望んでいない様子だったが、
娘からの強い要望により凱旋パーティーの開催が決定した。
その準備中、大地氏は懐かしの母校でのんびりと
思い出に浸りながら教室巡りを敢行したかったが、
その後ろを数十名の生徒がゾロゾロとついてくる。
これでは落ち着いて回想シーンに入れない。
だが少年たちの気持ちがわからないでもない。
今彼らの目の前にいるのは紛れもない英雄なのだ、
本人の口から何か武勇伝が聞けるのでは、と期待しているのだろう。
「気が散るよ」
大地氏は困ったような笑顔でそう伝え、生徒たちがざわめく。
怒ってはいない。怒ってはいないのだが……。
「あ、こういうのはどうかな?
これから訓練場で僕と手合わせしようよ
1発でも僕に攻撃を当てたら、その子はついてきてもOK
それ以外の子はついてきちゃダメってルール」
世界最強の魔法剣士からの手合わせ所望に、
生徒たちは「おおお」と感嘆の声を漏らして目を輝かせる。
伝説の力を直に味わえる、またとないチャンスだ。
これを断る者は1人もいなかった。
目的の場所に到着した大地氏は、自身が生徒だった頃とは
色々と様変わりしている事実に驚きを隠せないでいた。
「へえ、今は武器種別に部屋が分かれてるんだ?
昔は“訓練場”の一括りだったんだけどね
……って、防具置いてないの?
え?
何この剣!? 軽っ!!
ハハハ、なんかおもちゃみたい!!」
修練用ソードを手にした大地氏は子供のように無邪気な笑顔になり、
ビュビュン、ビュビュンと風を切ってその振り心地を確かめる。
この時点で数名の生徒は彼の異常さに息を呑んだ。
普通、そんな音は鳴らないのだ。
正堂ならブンブン、ヒロシならヒュンヒュンといった感じなのだが、
大地氏は初めて手にするであろうそれを何気無く振っただけで
現代の学園最強剣士たちを遥かに凌ぐ実力を見せつけたのである。
格が違う。
それはわかっていたが、生徒たちは挑まずにはいられなかった。
力試しが目的の者はもちろん、英雄の記憶に残りたいと願う者、
あるいはただの記念として突っ込んでいく者もいた。
そしてその全員が大地氏の動きを全く捉えることができず、
おもちゃのような剣で打たれたとは思えない青アザを作ったのだった。
バシイィッ!!
あの正堂正宗が敗れる音だ。
現代の学園最強剣士が、なんの見せ場も無く。
しかも打たれたのは右の手首。
剣道ルールで言えば綺麗に小手が決まったのだ。
正堂はそのあまりの痛みについ剣を手放してしまい、
これも剣道ルールに当て嵌めれば正堂の反則負けになる。
中学時代に剣道で名を馳せた彼にとって、
それは残酷なまでに無様な完全敗北であった。
「ありがとうございました……!!」
深々と一礼した彼は、最後の挑戦を見届けずに
さっさと部屋から出ていってしまった。
皆の前でプライドをズタズタにされて悔しかったのだろう。
きっと泣き顔を見られたくないはずだ。
今はそっとしておいてやろう。
最後の挑戦者はヒロシだ。
純粋な剣の腕前なら正堂の方が上ではあるが、
『ヒロシなら何かやってくれる』という期待感が皆にはあった。
もしかしたら伝説の男に一太刀浴びせられるかもしれない。
そのわずかな望みに賭けて彼の出番は最後に回されたのだ。
大地氏のスタミナが切れていることを願って。
だが現実はそう甘くない。
彼の剣は相変わらずビュビュン、ビュビュンと
縄跳びの二重跳びを思わせる風切り音を発しており、
汗一つ掻いてないその顔が余裕を物語っていた。
生徒たちの作戦は失敗したのである。
そして、そんな状況でも諦めないのがヒロシという男だった。
「へえ、君はなんだか他の子たちとは違うね
僕じゃなくて、僕の後ろを見てる感じだ
さしずめ僕は君にとっての通過点ってとこかな?」
「あ、いえ、そんな
通過点だなんて思ってませんよ
俺はいつかピラミッドダンジョンを攻略したいと思ってまして
大地さんと同等か、それ以上の強さを身につけないとなあ……と」
「ほら、やっぱり
僕を乗り越えたいと思ってるじゃないか
むしろそうでなきゃピラミッド攻略は不可能だよ
なんたってD7の中で最も難易度の高いダンジョンだからね」
と、大地氏が初めて剣を構える。
少しは本気になってくれたということだろう。
この場に正堂がいなくてよかった。
手抜きの相手に負けたと再認識せずに済むのだから。
そしてヒロシの挑戦が唐突に始まる。
最初から全力全開……と言っても決して力むことなく、
常に脱力を意識して流れる水のように、
そよ吹く風のようにゆらりとしたステップを踏む。
(ほう……)
それは言わば柔の剣。
初めて目にするわけではないが、剛の剣の使い手ばかり見てきたので
少し珍しい子だなと感心したのだ。
次の瞬間、ヒロシは勝負に出た。
明らかに格上の相手なのだ、長期戦に持ち込んで勝てるはずがない。
だからといって短期決戦でも勝ち目は無い。
ならば超短期決戦……一撃に全てを込めるしかない。
大地氏は愚直に突っ込んでくるヒロシを迎撃しようと
タイミングを見計らう。
(志は高い
スピードもある
だけどまあ、こんなもんか
珍しい剣士ではあるが、彼はまだ若い
圧倒的に経験値が足りていない
これからの成長に期待だ)
……などと考えるべきではなかった。
その一瞬の思考が油断に繋がったのだ。
「えええええっ!?」
大地氏は思わず仰天してしまった。
彼は、初めてお目にかかる異様な光景に目を奪われたのだ。
二段ジャンプ。
ヒロシが当たり前のように使用している、
物理法則を完全に無視した謎の挙動である。
そして、ヒロシは更に魅せた。
彼は最高到達点にて半回転して上下を反転させ、
見えない天井を蹴って急降下してきたのだ。
二段ジャンプからの急降下攻撃……
それはヒロシ自身も初めて実行する新技であった。
ズバアアアアアンッ!!!
それはまるで落雷そのものであった。
轟く雷鳴に、見学していた生徒たちは反射的に目を伏せる。
その一撃は音だけではなく、稲妻のような光を伴っていた。
かつて“雷神”と呼ばれた黒岩大地氏に対し、
ヒロシは落雷のような一撃でフィニッシュを決めたのだ。
なんとも劇的な展開。
なんとも美しい決着。
やはりヒロシ。
この男なら何かやってのけると思っていた。
その一撃が当たっていれば完璧だった。
ヒロシの頭にゴツンと何かが当たり、思わず「痛っ!」と声が出る。
振り向けばそこには黒岩大地氏が余裕の表情で立っていた。
残念ながら、ヒロシ史上最大の一撃は
世界最強の魔法剣士には届かなかったらしい。
「いやあ、活きがいいねえ
当たったらどうしようかとヒヤヒヤしたよ
きっと君はこれからもっと成長するだろうね
夢の実現のために精進したまえよ、ははは
……それじゃ、またね」
と、何事も無かったかのように軽い口調で部屋を去る大地氏。
ヒロシをはじめ、他の生徒たちもポカンと口を開けたまま
遠ざかってゆく英雄の背中を見つめることしかできなかった。
──特に思い出の無い空き教室に駆け込んだ黒岩大地は鍵を閉め、
カーテンで窓を覆い、胸に手を当てて深呼吸した。
(さっきの何あれ……!?
二段ジャンプとかあり得ないでしょー!?
思わずとっておきの魔法使っちゃったよ!!
使うつもりは無かったのに……)
ヒロシの攻撃は大地氏に当たらなかったが、
精神的なダメージを与えることはできたようだ。
基本情報
氏名:黒岩 真白 (くろいわ ましろ)
性別:女
サイズ:I
年齢:17歳 (3月14日生まれ)
身長:144cm
体重:44kg
血液型:A型
アルカナ:戦車
属性:雷
武器:アメイジンググレイス (杖)
防具:クロスロード (盾)(共有)
防具:ピンクドルフィン (衣装)
アクセサリー:アー君キーホルダー
能力評価 (7段階)
P:7
S:7
T:4
F:7
C:5
登録魔法
・キュア
・ディヴォーション