表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
112/150

問題の多い料理店

ある日の午後、生徒会長の並木は入室してきた副会長に問い掛けた。


「ねえセンリ、ましろ太らせたいよね?」


「なんだよ藪から棒に

 生徒会の仕事があるって言うから来てやったのに、

 まさかそんな雑談をするために呼び出したのか?」


「そのまさかだよ

 で、実際どうなの?

 体重の半減したましろじゃ物足りないよね?」


「くっだらねえ……

 俺は帰るぞ」


「ああ〜、ちょっと待って!

 えっと……

 『ふくよか』、『ぽっちゃり』、『デカ尻』、『肉団子』」


「……お前はいきなり何を言い出すんだ?」


「つい最近センリがスマホで検索したワードだけど」


「あああああっ!?

 んなモンどうやって調べたっつうんだよ!?

 つうか他人のプライバシー勝手に覗いてんじゃねえよ!!」


「プライバシーも何も、学園が支給してる端末だからねぇ……

 私の権限をもってすればこれくらいの情報収集は朝飯前よ

 そういうのはプライベートの端末でやればよかったのに、

 ちょっと気が緩みすぎてたんじゃない?」


「くっそおおおおお!!」




しばしの時間を置き、多少落ち着いたセンリは問い返した。


「それで……

 そのネタでおれに何をさせる気だ?

 金か?

 金が欲しいのか?

 小切手にいくつゼロを書けばお前は満足するんだ?」


「ちょっ……や〜ねえ、もう!

 そんな悪どいことは企んでないってば!

 センリとは違う理由だけど、私も落ち着かないのよ!

 ましろにはなんというか……デブのままでいてほしいの!」


「なんだそりゃ……嫉妬か?

 本人が痩せたいと望んで実現した体なんだからしょうがねえだろ

 以前の杉田のように骨と皮だけの不健康体ってわけでもねえし、

 それを『太り直せ』だなんて誰が言えるかよ」


「嫉妬したっていいじゃない!!

 だって悔しいじゃん!!

 なんなの、あの“伸縮自在の体質”ってさあ!?

 私みたいな凡人が標準体型を維持するのに

 どれだけ苦労してるか知らないでしょ!?

 一生太ってろとまでは言わないからさあ、

 せめて在学中だけでもデブキャラであってほしい!!」


「醜い……」




その後、2人は場所を移して東京都足立区へと来ていた。

低難易度の足立ダンジョンがある場所として知られるが、

今回は冒険活動が目的というわけではない。

地図アプリを頼りに閑静な住宅街を進んでゆくと、

本日のお目当てであるその建物を発見することができた。


「“本場フランスの味・ピエールのステーキ店”……」


先月オープンしたばかりの店らしく、外観はまあ悪くない。

民家をそのまま営業用に改装したような作りであり、

チェーン店とも高級レストランとも違う雰囲気が楽しめそうだ。

近くに駐車場が無いのは利用者にとって少々不便だろうが、

どうせ電車と徒歩で来た彼らには関係の無いことだった。


「しかしまあ、ステーキねえ……

 お前の魂胆が見えてきたぞ」


「ふふ、そゆこと

 本人に太れと言っても拒否されるだろうしね

 それなら高カロリーの美味しい店を紹介して、

 自発的にリピーターになってもらう作戦よ

 ここは学園からそこまで離れてないし、

 口コミサイトだとなかなか評判いいみたい

 物が物だから値は張るかもしれないけど、

 あの子の家お金持ちだからそれも心配無し」


「今日はその下見ってわけか

 いいぜ、ここはおれが奢ってやるよ」


「えっ、自分の食べた分くらい自分で払うけど?

 センリを連れてきたのは財布としてじゃなくて、

 1人で来るのが恥ずかしいってだけの理由だし」


「まあ遠慮すんなよ

 口止め料だと思ってありがたく受け入れろ」


「べつにセンリの性癖なんて言いふらす気は無いんだけどなぁ

(みんな知ってるし)

 でもせっかくだから奢られてみようかな」


「ああ、そうしとけ

 どうせ本格的なステーキの店なんて初めてなんだろ?

 場合によっちゃ1皿で万札が飛ぶ世界だからな

 それが適正価格だとしても素人にゃダメージがでけえ」


「うげっ……そんなすんの!?

 値段わかんなかったからとりあえず3万用意してあるけどさ……

 ……そういやセンリの自宅にはテニスコートがあるんだっけ

 ましろに負けず劣らずのセレブだったの忘れてたわー」


「へっ、よせよ

 さすがにヘリポート付きの豪邸持ちにゃあ敵わねえって」



2人が店の前でそんな立ち話をしていると、

いつのまにか店内から出てきた金髪碧眼の青年がこちらに近づき、

人懐っこい無邪気な笑顔を見せて話しかけてきたのだ。


「ヘイ、オジョウサンガタ!

 ウチノステーキタベテク!?

 ヤスイヨヤスイヨ! オイシイヨ!」


「えっ、なんだこいつ」

「そーゆーノリの店!?」


まるで商店街の八百屋や魚屋を思わせる呼び込みに面食らい、

並木は店選びを間違えてしまったのではと不安に駆られる。

それに彼が発した店の売り文句がまず『安い』なのも気になる。

ステーキといえば普通、庶民にとっては贅沢品のはずだ。

本場の味ということなので多少の出費は覚悟していたのだが、

安さを前面に出されては高級感が薄れるというものだ。


「ダイジョブ、ダイジョブ!

 アンシンシテクダサイ!

 オジョウサンガタトッテモキュートナノデ、

 フタリデサンゼンエンポッキリニシトキマス!」


「ぼったっくりバーの常套句じゃねえかよ!!

 おい、この店は駄目だ!! 帰るぞ!!」


センリの迅速な判断に、並木は黙って頷く。

2人で3千円といういい加減な値段設定もアレだが、

その理由がキュートなお嬢さんだからというのも

商売を舐めているとしか思えない。

それに彼の使う日本語もなんか怪しい。

本当は日本語ペラペラなのにわざとカタコトで喋っているような、

そういう独特の気持ち悪さがひしひしと伝わってくるのだ。

彼は怪しい外国人そのものであった。



「こら、ピエール!!

 急に店を飛び出したかと思えば……何やってんだ!!

 そういう客引きはやめろと言っただろ!!」


と、店内から黒ひげの中年男性が現れて叱咤する。

どうやら件の青年が店の名前にもなっているピエールらしい。


そして耳聡いセンリは聞き逃さなかった。

黒ひげの男性は今はっきりと『客引き』という単語を使ったのだ。

それは風営法や迷惑防止条例における違法行為……即ち犯罪行為であり、

ピエールはともかく彼はそれが悪いことだと理解しているようだった。


黒ひげの男性からの指示でピエールは渋々と店内に戻ってゆき、

それを見届けた彼は2人の若者に向かって深々と頭を下げて謝罪した。


「いやあ、びっくりさせてしまい本当に申し訳ない

 あいつはまだ日本に来たばかりで、

 お客さんとの適切な距離感を理解してないんだよ

 母国ではあれくらいのフレンドリーさが許されたみたいだけど、

 シャイな日本人相手にはいけないよね……ははっ」


「ええ、まあ

 客引きは犯罪ですし」


「本人曰く国民性だそうで、

 どうも女性を見ると無性に甘やかしたくなるらしいんだ

 だからさっきみたいに強引なやり方になってしまうんだとか……」


「それってイタリア人の国民性じゃねえかなあ?」


「え、そうだっけ?

 まあフランスもイタリアも似たようなもんさ」


「その発言はどうかと思うけどな……」


「ところでお詫びと言ってはなんだけど、

 うちのステーキを食べていかないかい?

 彼の人柄はともかく、料理の腕はこの私が保証するよ

 もちろんお代は頂きません

 これは当店からのサービスでございます」


「え、この流れで勧誘すんのか?

 肉食う気なんてとっくに失せちまったよ

 ……つうか『この私が』とか言われてもな

 正体不明のおっさんの何を信じろってんだ?」


「おっと、これは失礼 申し遅れました

 私は当店オーナーの前嶋でございます

 どうぞ以後お見知り置きを」


「いや、もう帰りたいんだが……」


「まあまあ、センリ

 せっかくタダでステーキ食べられるんだし、

 お言葉に甘えてみるのもいいんじゃない?」


「『タダより高い物はない』っつう言葉を知らねえのかよ」


センリは乗り気ではなかったが、結局2人は店に入ることにした。




そして入店早々に問題が生じる。


ここは飲食店であると同時に前嶋氏の自宅でもあり、

店内では土足禁止のルールが設けられている。

それはまあいい。料亭や居酒屋などでも座敷席では靴を脱ぐ。

日本で生まれ育った者にとってはごく当たり前の感覚だ。


だがピエールは違った。


「なあ、おっさんよお

 あの野郎……そこらじゅう土足で歩き回ってんぞ

 客には靴脱がせといて従業員は土足OKだなんておかしいだろ」


「いやあ〜、彼はフランス人だからね

 家の中で靴を脱ぐ習慣が身についてないんだよ」


「ここは日本だぞ

 そんくらい教育してやれよ……

 で、とりあえずスリッパはどこにあるんだ?」


「え、スリッパ……?」


「『え』じゃねえよ

 あいつが外から持ち込んだ汚れの上を歩くんだぞ?

 このままじゃ靴下の裏が汚れちまうだろうが」


「……あ、言われてみればそうか

 なんか最近床が汚いと思ってたら、それが原因だったのか」


「なんですぐに思い当たらねえんだよ……

 つうか本当に汚ったねえ床だな

 よく見りゃ泥だらけじゃねえか

 何をしたらここまで汚せるんだよ」


「あ〜、おそらく先週雨が降ったからだろうね

 ピエールは水たまりを見ると無性に踏みたくなる性分なんだ」


「幼児かよ!!

 …………

 いや、それよりも……

 先週の汚れをなんでそのままにしてんだ?

 飲食店なら毎日掃除しなきゃ駄目だろうが

 ……こりゃ自宅としてもアウトなレベルだが」


「いやあ〜、それが……

 家事全般は妻に任せてるんだけど、

 脱サラして自分の店を持ちたいという話をしたら

 荷物をまとめて実家に帰っちゃってね

 今は誰も掃除をする人間がいない状況なんだよ

 どの業界も人手不足というやつさ」


「オメーが掃除すりゃいいんだよ馬鹿野郎!!

 それが嫌なら清掃業者雇えボケ!!」


「いやあ〜、たかが家の掃除で業者を雇うのはちょっと……

 妻が戻ってきてくれれば解決するんだけどねえ」


「そんなゴミのような考えだから奥さんに愛想尽かされるんだよ

 どうせ家族ならタダ働きさせてもOKとか思ってんだろ?

 言っとくが無償労働は違法だからな?

 まあ経営者なら当然そんくらいは知ってるだろうけどよー」


「え、何を言ってるんだい?

 店の売上がそのまま我が家の収入になるんだから、

 家族に給料を払う必要なんて無いでしょ?」


「わかってねえなあ……

 店潰したくなきゃ、ネットで調べるなり弁護士に相談なりしとけ

 おれは労基法のレクチャーなんてする気はねえからな

 ……それよりスリッパまだかよ?

 こっちも土足で上がらせてもらうぞ?」


「あああ〜、ちょっと待って!!

 片っぽ! 片っぽだけならあるんだ!」


「片っぽじゃ意味ねえんだよ!!」




玄関での一悶着の後、2人は土足での入場を許可された。

センリは前嶋氏の言動に内心苛立っていたが、

この店には他にどんな欠陥があるのだろうという好奇心が湧き、

もう少しだけ見ていこうと決めた。

というのも彼の父親は経営コンサルティング会社の社長であり、

いずれはその後を継ごうと経営術について学んだ時期もあったのだ。

そのせいかブラック企業関連のニュースなどを見かけると

つい改善案を考えるようになり、これがいい暇潰しになるのである。


ここには無自覚なブラック経営者が存在している。

頭の運動をするにはうってつけだった。


「……この店は3ヶ月持たねえな」


「ちょっ、センリ……!

 聞こえちゃうでしょ!」


「べつに構わねえよ

 あのおっさん、都合の悪い言葉は聞こえない耳してるからな

 典型的な“成功像しか見てないタイプ”だ

 奥さんとの話し合いでも自分の意見だけ押しつけたんだろうさ

 目の前の問題から目を背け、周囲からの提案には耳を塞ぐ……

 そんな商売舐めてる奴の経営する店が長続きするわけがない」


「そりゃそうだろうけど……

 ドアの陰で店員さんが聞き耳立てるよ!」


そう指摘された店員は咄嗟に両手で顔を覆い、

廊下の壁に背中をくっつけて背景と同化しようと試みる。

もう存在を把握されているというのに、なんとも往生際が悪い。

彼は白のウェイターシャツに蝶ネクタイと黒ベスト、

そして腰にはサロンエプロンを着用しており──


「って、おい

 ウェイターならさっさと注文取りに来いよ

 客をテーブルに案内もせず、なにボーッと突っ立ってんだ?」


と名指しされて観念したのか、

ウェイターの彼は自らの頬を軽くパンパンと叩いて喝を入れ、

2人の客が座るテーブルの前までやってきた。

その顔を見て並木は一言、「あ、息子さん?」とだけ尋ねた。


「え、あっ、はい……

 いつも父がお世話になってます」


「あはは、さっき会ったばかりだけどね〜

 息子さん、もしかして緊張してる?」


痛烈なツッコミを受け、彼は顔を背けてチッと舌打ちをする。


「うわあ……態度悪っ!!

 べつに客に不満持つのは構わないけどさあ、

 そういうのは見えない所でやって!?」


「ぁ…………

 すい……せ……っした」


と、彼はその場でコクコクと頷き始める。

おそらく「すいませんでした」と謝罪しているのだろうが、

音量が小さいので聞き取ることはできなかった。

まあ一応は形だけでも反省しているようなので、

並木はこの件に関してそれ以上言及するつもりは無い。


が、もう終わった話を蒸し返そうとする人物が1人。


「息子がどうかしたのかね?」


前嶋氏である。


「あ、いえ

 もう済んだことなので──」


「父さん、クレームだよ」

「なんだって!?」


「えええ……」


なんと、前嶋の息子は客の目の前でクレーマー呼ばわりしてきたのだ。




ホールの隅で前嶋親子が密談している。

息子が身振り手振りを交えて事の経緯を説明し、

父はウンウンと頷きながらそれを聞き入れる。

もう10分ほどだろうか。

彼は一体、どんなホラ話を父親に吹き込んでいるのか。

今から少し楽しみである。


と、話し終えたであろう前嶋氏がこちらへと歩み寄り、

奥の方では息子が自慢げにニヤつきながら突っ立っていた。


「その、息子が何を話してるのかよくわからなかったから、

 君たちの方から説明してもらえると助かるんだがね」


「今の10分は一体なんの時間だったんだよ

 おっさん、息子の話にウンウン頷いてただろうが

 ありゃ何に対しての相槌だったんだ?」


「それはまあ、ポーズというか……

 口下手な息子が頑張って喋っているのだから、

 形だけでも聞いてあげるのが親の務めかなと」


「聞き下手なアンタも努力した方がいいぞ

 ……つうか要点まとめりゃ1分もかかんねーだろうよ

 ・オメーの息子が変な挨拶してきた

 ・それを指摘したら舌打ちしやがった

 ・態度の悪さを注意したら謝った

 たったこんだけの話に無駄な時間費やしてんじゃねえよ」


「変な挨拶、とは……?」


「いや、それはもういいだろ

 ただ言葉遣いを間違えただけだろうし、

 気にするべきはそこじゃねえんだよ」


「いやあ〜、でも気になっちゃうよ

 今後同じミスを犯さないようにするためにも、

 是非教えてもらえると助かるんだけどなあ」


「そんじゃ教えるが……

 あいつは『いつも父がお世話になってます』って言ったんだ」


「え、息子がそんなことを……?

 それはたしかにおかしな挨拶だなあ」


「だろ?

 だからそれを指摘したってだけの話だ

 それより問題なのは、その後に奴が舌打ち──」


「君たちとはさっき会ったばかりなのに、その挨拶は間違ってるよ

 それは普段からつき合いのある相手に対して使う言葉だ

 例えば私の仕事関係の知り合いや、友人とかね」


「いや、だからそれはもういいんだって

 そんなのわざわざ解説しなくてもわかってんだよ」


「それに『なってます』より『なっております』の方が

 丁寧な感じがするから敬語として正しいんじゃないか?

 あいつはここ数年、家族以外の誰とも会話してこなかったから

 そういう社会の常識みたいのを忘れてしまってるんだ

 社会復帰の手助けになればと思って働かせてあげてやってるけど、

 あいつが真人間になるまでの道のりはまだまだ遠そうだなあ」


「オメーの息子の半生なんざ興味ねえよ

 真人間になってほしけりゃ家から放り出せばいいんだよ

 まともな職場で働かせてやれば社会性が身につくだろうよ」


「あれは息子が高校に入学して間もない頃の話だ

 近所の本屋が万引きの被害に遭ってね

 防犯カメラに映った犯人の背格好が息子と瓜二つで──」


「話聞けよハゲ!!」




その後、結局息子が犯人だったという話を聞いた2人は気を取り直し、

本日の目的であるステーキを注文する流れとなった。


「お客様、焼き加減はいかがいたしましょうか」


ウェイターに問われ、並木は少し悩む。

なにぶんこの手の店を利用した経験が無いので勝手がわからない。

ここはひとつ、食べ慣れていそうな相方に助け舟を出してもらおう。


「う〜ん、焼き加減かあ

 たしか3種類あったよね?

 えっと……なんだっけ?」


「本当は10段階だけどな

 とりあえずレア、ミディアム、ウェルダン

 の3種類だけ知ってりゃ充分だぜ」


「あ〜、そうそう! それだ!

 たしかレアが美味しいとかなんとか!」


「どれも違った楽しみ方はあるが、まあそうだな

 『通はレア』なんて言葉が世に広まったおかげで、

 今やそれがステーキ界のスタンダードみてえなもんだ

 生に近い柔らかさと肉の香ばしさを同時に味わいたいなら、

 レア、もしくはミディアムレアを頼んどけば間違いないぜ」


「へえ〜、さすがは社長の息子

 聞いといて正解だったわー

 ……それじゃあ私はミディアムレアとやらをお願いしようかな」


と、ウェイターに伝えてみるが……


「え、お客様

 ミディアムとレア、どちらにいたしましょう?

 それとも両方持ってこいという意味でしょうか?」


どうやら彼には通じなかったらしい。


「おいおい、ここはステーキの専門店じゃねえのかよ

 そんくらい通じてもらわないと困るぜ

 ウェイターに教育行き届いてねえじゃんかよ」


「……父さん、またクレーム!!」


「しかもまた客をクレーマー扱いするしよー……」




前嶋親子は再び10分ほど無駄なやり取りを繰り返し、

センリの口から事の経緯を知った前嶋氏は

すぐに注文通りの物を用意するように厨房へ伝えた。

客としてはテーブルの担当を変更してもらいたいところだが、

他に従業員が存在しない以上は諦めて我慢するしかない。


外装も内装もお洒落な山小屋を思わせる雰囲気の店なのだが、

いかんせん人材の質が低いせいで居心地が悪い。

口コミサイトでの評判は良いらしいが……まあ自作自演だろう。


そして、辟易する2人の卓上に

いよいよ本日のメインディッシュが運ばれてきた。


「……随分と早えな

 本当に焼いたんだろうな?

 おい、ちょっと断面見せてみろ」


言われた並木はキコキコと音を立てながら

皿に乗った肉の塊を切り分ける。

そして見える鮮やかな赤。

その色彩に並木は思わず「おおっ」と声を漏らすが、

センリは一瞬眉をひそめた後に乾いた笑いを放つのだった。


「ハンッ、なんだこりゃ

 レア通り越して完全にブルーじゃねえか

 なにが『料理の腕は保証する』だよ

 よくこれで商売始めようと思ったな?」


「え、お客様

 赤は英語でレッドですよ?」


「黙れ馬鹿息子

 この場合のブルーは焼き加減の1つを指してんだよ

 お前が知識不足でもそれは目を瞑ってやるが、

 さすがに調理係までこんな調子じゃまずいだろ

 オーナー、ウェイター、シェフ……全部素人とかふざけんなよ」


センリは込み上げる怒りを抑えつつ、

自分が注文したウェルダンの肉にナイフを入れる。


「……ほら、やっぱりな?

 火通しすぎて中の肉汁が死んじまってるぜ

 これじゃあただの焦げた肉じゃねえか

 ウェルダンっつうのはなあ、最も肉汁を堪能できる焼き加減なんだよ

 それをこんなパッサパサになるまで焼きやがって……」


「ですがお客様

 ウェルダンとは英語で『よく焼けた』という意味ですよ?」


「んなこたぁ知ってんだよ素人が!!

 内部温度の管理ができてねえって話をしてんだよ!!」


「温度、ですか……」


するとウェイターは胸ポケットから温度計を取り出した。

センリは一瞬、準備の良さを褒めそうになったが、

彼が手にしている物を見て険しい表情になる。


「って、おい

 それ料理用の温度計じゃなくて体温計じゃねえか

 まさかそれで測ろうだなんて思ってねえよな?」


「え、いけませんか?」


「当たり前だろ、火通してんだぞ

 体温の比じゃねえって想像つかないもんかね

 ……つうかなんでそんなモン持ち歩いてんだ?」


「実は最近風邪気味でして……ゴホゴホ」


「客の前で咳してんじゃねえよボケェ!!

 風邪の自覚あんならマスクくらいしやがれ!!」




そこへ騒ぎを聞きつけた前嶋氏がやってくる。


「君たち、どうかしたのかね?

 もしやまた息子が妙な発言でも……?」


そして例によって10分ほどの無駄なやり取りの後、

センリの口から事の経緯を知った前嶋氏は弁明した。


「いやあ〜、でもね

 ウェルダンとは英語で『よく焼けた』という意味で──」


「だからそれは知ってるっつうの!!

 なんなんだこの店はよー!!

 衛生面も接客態度も終わってるし、

 一番肝心な料理まで素人仕事じゃねえか!!

 ここまで我慢してつき合ってやったけど、

 壁と照明以外に褒められるモンが何もねえんだよ!!」


「おや、君もいい照明だと思うかい?

 店の雰囲気作りには特にこだわったからねえ

 壁も壁紙で誤魔化さずに本物の木材を使用していてね

 おかげで退職金が全部吹き飛んでしまったよ、ははは」


客が声を張り上げて不満を訴えているというのに、

オーナーはマイペースに自画自賛をする始末。

この温度差には脱力せざるを得ない。


「……あのな、おっさん

 おれは褒めてるんじゃなくて、その逆の話をしてんだよ

 せめて肉がまともなら少しは見直したかもしれねえが、

 その最後の希望すら呆気なく打ち砕かれたからな……

 まったく、あのピエールとかいう野郎ふざけやがって……」


と、ここで初めて前嶋氏がバツの悪そうな表情を見せる。

いくら『ボケ』だの『ハゲ』だの罵倒を浴びせられても

全く動じなかった彼が、ピエールへの恨み節には反応したのだ。

それは一体なぜだろう?彼らには特別な絆でもあるのだろうか?

否、この無責任者に友情のなんたるかを理解できるとは到底思えない。


「ああ、もしかしてこの肉……

 ピエールじゃなくて、おっさんが焼いたな?

 誤魔化そうとしたって無駄だぜ?

 さっきまで服に油汚れなんて付いてなかったからな」


図星を突かれた前嶋氏は慌てて服の汚れを拭き取ろうとするが、

ネタの上がっている現状では何をしようが時既に遅しである。


「……んで、どうして素人のおっさんが調理したんだ?

 ここは“ピエールのステーキ”を提供する店なんだろ?

 人手不足だとか言い訳すんじゃねえぞ

 おれら以外に客なんていねえんだからよー」


前嶋氏はガラガラの店内に向かってしばらく目を泳がせると、

やがて観念したように深いため息を吐いてから真相を話し始めた。




「──いやあ〜、実はさっき厨房で問題が起きてね

 ピエールが突然ここを辞めたいと言ってきたんだ

 なんとか引き止めようと説得はしたんだけど、

 彼は聞く耳を持たずにさっさと出ていってしまったよ

 まったく、なんて無責任な奴なんだろうと思ったね!」


「そりゃそうだろうな

 どんな劣悪な待遇でこき使ってたんだ?」


「そんな、こき使うだなんてとんでもない!

 私はただ『商売が軌道に乗るまでは給料を払えない』

 という当然の話をしただけだよ

 そしたらあいつ、『そんなの聞いてない』だの『騙された』だの、

 これじゃあまるで私が悪者みたいじゃないか!

 世の中金が全てじゃないだろう!?

 夢とか、やり甲斐とか、大事なものがあるだろう!?

 それなのにあいつときたら……くそっ、金の亡者め!!」


「夢じゃ腹は膨れないからな

 ましてや他人の夢を叶えるためにタダ働きとか冗談じゃねえぜ

 ピエールは当たり前の選択をしただけだ

 こんなすぐ沈むとわかってる泥舟に乗ってられるかってんだ」


「私の夢はね、全てのお客さんを笑顔にすることなんだ

 美味しいステーキを食べて満足してもらいたい

 そうやって地域の皆様から愛される店として有名になって、

 ゆくゆくは世界中に支店を構えようと思ってるんだ」


「急に自分語りすんな

 つうか客に満足してもらうのなんざ商売の基本なんだよ

 それをどうやって実現するか必死に知恵絞って計画立てて、

 然るべき部分に投資して、人脈を築き上げて……ってな風に

 段階を踏んで1つ1つの課題をクリアしてくんだろうが

 素人のおっさんが思いつきで始めた店が成功するわけねえだろボケ」


「まずは人手不足の問題をどうにかしないとなあ

 ……あ、そうだ

 君たち高校生くらいだよね?

 もしよければうちで働いてみないかい?

 給料は出せないけど、いい社会経験になると思うよ?」


「お断りだっ!!」






──2人が退店すると、辺りは少し薄暗くなっていた。

随分と長い時間を飲食店で過ごしたにも関わらず、

彼らは何も食べなかったどころか1滴の水すら飲んでいない。

空腹だし喉も渇いているが、引き返そうとは思わない。

センリは相方に背を向けたまま呟いた。


「なんて無駄な時間だ」


その声は怒りを通り越して呆れているトーンであり、

並木はこんな店に友人を連れてきてしまったことに罪悪感を覚える。

どう謝ろうかと考えあぐねていると、第二声が飛び込んできたのだ。


「でも楽しかったぜ」


「えええ〜……どっち!?」


振り向いたセンリの顔はニンマリと笑っている。

どうやら本当に有意義な体験だったと思っているのだろう。

汚い店内でアレな親子とどうしようもない会話をしただけなのに、

一体何が彼の退屈を紛らわせてくれたというのだろうか。

少し興味はあるが、今日はもう疲れたので聞く気になれない。


「それにしても腹減ったな

 駅前でなんか食ってから帰ろうぜ

 ステーキ以外ならなんでもいいや」


「……同感!!」


そして2人はカツ丼で腹を満たしてから学園に帰還したのだった。




ちなみに例の店はやむを得ない事情により1ヶ月後には閉店し、

跡地には地域の皆様に愛される駐車場が出来上がったのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ