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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
110/150

春の夏休み明け

訓練棟の一室にてヒロシが素振りをしていると、

同じく訓練目的で来たであろうリリコが

一番重い木剣を肩に担ぎながら話しかけてきた。


「よう、ヒロシ

 特別休暇最終日だってのに今日も自主練か?

 春休みに入る前は実家でダラダラ過ごすって

 意気込んでた癖に、結局これだもんなあ

 オメーって案外真面目なとこあるよな」


「え? そうかな……ははっ

 ほら、俺は弱っちいから少しでもサボると

 みんなに置いてかれちゃいそうだからさ」


と、もっともらしい言い訳をしてみるが、

本当はただ家に居づらいというのが真相である。

現在ヒロシの実家には阿藤理恵が住んでおり、

これが結構、年頃の男子にとってはきついのだ。


べつに憧れの先輩に幻滅したとかではない。

むしろその逆であり、学園にいた頃には見せなかった

彼女の様々な一面を知ることができて満足している。


例えば風呂上がりはしばらくタオル姿だったり、

ゲームに集中している時は下のガードが甘かったり、

寝ている時に突然抱きついてきたりして、

このままでは何かが起きてしまいそうな状況だ。


そういった煩悩を掻き消すかのように、

ヒロシの双剣が最大限の速度で空を切る。



シパアァァン!!



「ぅおうっ!?

 ちょ、なんだ!?

 今なんか当たった音したよな!?」


突然何かが破裂したような音が室内に響き渡り、

リリコは木剣を振る手を止めてその正体を探した。

が、部屋の中に壊れた物は見当たらない。

ヒロシは何事も無かったかのように素振りを続け、

今起きた現象についての解説を行なった。


「たぶん俺の剣が音速を超えた音だと思う

 ほら、たしかソニックブームとかいうやつ

 体調が万全の時、たま〜に発生すんだよな

 これが敵に当たればクリティカルなんだろうけど、

 命中させようとすると全然発生しないんだよなあ」


「なんだ、大きな音が出るだけかよ

 それじゃ実戦で役に立たねえな

 また妙な技を身につけやがって……」


「いやいや、こういうのは使い方次第だろ?

 今だってリリコちゃんをびっくりさせて

 攻撃の手を止めることに成功したんだし、

 少なくとも人間相手に有効なのはわかった」


「んなモンいつ使うんだよ?」


「ん〜、そうだな……

 例えば誰かから喧嘩ふっかけられて、

 相手を傷付けずにやり過ごしたい時とか?」


「オレだったら売られた喧嘩は買うけどな」


「まあリリコちゃんならそうするだろうけど、

 人間同士の争いって面倒だからなぁ……

 それが競技化されてるスポーツならまだしも、

 個人レベルの対立になると本当に疲れる」


「お、なんだよヒロシ

 まるでそんな経験があるような口ぶりじゃねえか

 人なんて殴ったこと無いような顔して、

 実は昔ヤンキーだったとかいうオチか?」


「いや、そうじゃないけどさ……」


ヒロシは少し悩んだ後、

小学生の時に同級生を殴った過去を打ち明けた。

魔法学園の友人とはたまに中学時代の話をするが、

それより以前のエピソードを公開するのは

この時が初めてであった。




「ほーん、オメーにそんな過去がねえ……

 オレは親を馬鹿にされてもなんとも思わねえが、

 ヒロシにとっちゃ許せねえ発言だったんだろ?

 その六原とかいうカスはぶっ飛ばされて当然だ

 ……なんだ、スッキリする話じゃねえか

 他にも武勇伝あるなら聞かせろよ〜」


とリリコが肘でグリグリしてくるが、

ヒロシの表情は暗い。

六原を殴った件は母親からも称賛されたが、

この話はそこで終わりではないのだ。


「六原を殴った後、眼鏡を弁償したり、

 治療代を請求されたり……って、当たり前か

 問題はその後でさ

 あいつの親、裁判起こしてきたんだよ」


「はあっ!?

 子供の喧嘩で!?」


「うん……

 『殴られたせいで視力が落ちた』とか、

 『クラスのみんなからいじめられてる』とか、

 全くの事実無根な内容でな……」


「いや、おかしいだろ

 元から視力悪いから眼鏡掛けてたんだよな?」


「うん

 ちなみに事件の前後で視力に変化は無いよ」


「いじめも無かったんだろ?

 クズとは関わりたくないと思うのが普通だし、

 みんなトラブルの火種を避けてただけだろ?」


「うん

 あいつが普段からクズ発言してた件は

 先生たちが全力でフォローしてくれたよ」


「……なんだ、ただの言いがかりじゃねえか

 負ける要素なんてどこにもねえじゃん」


「ところが」


「えっ」


「今度は『学校ぐるみでいじめられてる』と、

 いじめ問題に強い人権派弁護士を立ててさ

 入学当初にからかってきた同級生とか、

 市を相手に訴訟するようになったんだよな……」


「引き際を弁えろよ」


「結果は六原が勝った」


「はああああ!?」


「あいつが俺と知り合う前に

 ちょっかいかけられてたのは事実だからな

 その時に受けた心の傷を武器にして、

 元同級生たちから和解金をふんだくったんだ」


「おいおい、心の傷って……

 一体どんだけ凄惨な被害を受けてたんだよ?」


「ん〜……

 俺は隣のクラスだったから直接見てはないけど、

 『背が低い』とか『足が遅い』とか、

 そう指摘される程度だったと聞いてるよ」


「そんなんで勝てんのかよ!?

 チョロいな裁判!!」


「まあ、他人にとってはなんともない言葉でも

 本人にとってはすごく辛いってパターンもある

 ……というのが人権派弁護士の主張だからねえ

 それで勝利を収めたんだからすごい」


「ほえ〜……マジかあ……

 オレはよく『頭が悪い』って言われてるけど、

 ワンチャンそれで金持ちになれっかな?」


「なれないよ

 六原は元同級生から和解金をゲットしたものの、

 得た金額よりも弁護士に払った費用のが大きい

 そこでやめときゃいいのに欲張った結果、

 俺をいじめの首謀者に仕立て上げようとして

 様々な矛盾点が発覚して完全敗北したんだ

 裁判で儲けようなんて考えるもんじゃない」


「くっ……

 世の中そう甘かねえか」


「まあ、金云々よりも時間取られるのがきつい

 働いてる人間には特にね……

 ただでさえ日々の労働で疲れてるところに

 面倒ないざこざを解決するため、

 わざわざ出廷しないといけないんだもんなあ

 母ちゃんがタバコ吸い始めたのはあの頃からだ」


「オメーもなかなか苦労してきたんだな

 ……とりあえず裁判が面倒なのはわかった

 やっぱ喧嘩ってのは直接殴り合うのが一番だな」


「そういう話をしてたんだっけ……?」




素振りと打ち込みを終えた2人は使った機材を戻し、

軽く床を掃除してから訓練室を後にした。

時刻は午前11時半。昼食を取るなら今だ。

正午を過ぎれば新入生たちが食堂に押し寄せてくる。


「おっ、なんだよ

 お前らも自主練してたのか?

 おれらは隣の部屋で魔法の訓練してたぜ」


「明日からようやく3年生としての日々が始まるし、

 後輩からナメられないようにしなきゃね」


と、廊下で生徒会コンビと鉢合わせる。

会長と副会長……どちらも同級生だというのに、

肩書きがあるとなんだかいつもと違って見える。


「あ、そういや今更だけど

 生徒会ってどんな仕事してんの?

 アキラから聞いた話だと、歴代の生徒会長たちは

 いつも忙しそうに書類仕事してたらしいけど……」


「んー、なんだろ?

 主に生徒情報の更新かな

 能力評価や登録魔法の確認、

 ダンジョンに持ち込む装備品の承認、

 それと計画書と報告書の管理とか……

 本来は学園長がやるはずなんだけど、

 あの人全然仕事しないからね」


「あと来年入ってくる新人の選別なんかも

 おれらがやるみたいだぜ?

 今はまだ候補者が集まってねえからあれだが、

 忙しくなるのはこれからだ

 ……自覚ねえだろうから言っとくけど、

 一応お前らも生徒会の一員だからな?

 3年生は全員、自動的にメンバー扱いだ

 手が足りない時は声掛けるから覚悟しろよ」


「お、おう まさか俺も生徒会だったとは……」

「オレは委員会にすら所属したことねーぞ」


思わぬタイミングで新たな肩書きを与えられ、

なんだか少しだけ偉くなったような気分になる。




食堂に移動した4人は発券機に並び、メニューを選ぶ。


魔法学園の学食は味、量、栄養の全てに優れており、

更にはその大半が300円以下なので財布にも優しい。

かつてはこの学食目当てで多くの卒業生たちが

頻繁に出入りしていた時期もあったそうだが、

ここはあくまで在校生のために用意された場であり、

学園とは無関係な者が侵入するケースもあったので

いつしか部外者の立ち入りは禁止されてしまった。


「ここを利用できるのもあと1年かあ

 卒業までに全メニュー制覇したかったけど、

 牛丼キング盛りが存在する時点で諦めたんだよな」


「ああ、あれか……

 実物見たことあるけど、ありゃやりすぎだぜ

 最初から団体で食べる前提で作ってるだろ」


「5人パーティーで分散したとしても、

 1人当たり2〜3人前くらいの量らしいよ?」


「そんなん誰が食い切れるってんだよ……

 あれを1人で完食できたらバケモン確定だろ」


彼らは牛丼の話題に花を咲かせるが、

誰一人としてそれを注文しようとはしなかった。

あの量を想像しただけで腹が一杯になりそうで、

これから行う栄養摂取の妨げになると判断したのだ。


「そんじゃ私はたぬきそばにしとこうかな」


「俺も同じでいいや

 作る側もその方が楽だろうし」


「じゃあオレもたぬきで」


「しゃあねえ、おれも流されてやるよ」


結局全員たぬきそばだが不満は無い。

特に食べたい物があったわけではないし、

あれこれ悩む時間がもったいない。

手早く腹を満たせるならなんでもいい。


そんな緩いやり取りをしていた彼らに駆け寄り、

親しげに声を掛ける者が現れた。


「ええ〜……

 今の流れならキング頼むでしょー

 もしあれだったら、あたしも手伝うよ?」



「「「「 えっ……!? 」」」」



4人は声を揃えて固まった。


そこには見たことのない美少女が立っていたのだ。

その辺のアイドルが文字通り顔負けするレベルの

ルックスの持ち主というだけでなく、

低めの背丈に豊かなバストを搭載しており、

いわゆるロリ巨乳である。


ただ、彼らが驚いたのはそういう理由ではない。


彼らはその少女を見たことはないが、

知っていたのだ。


「えへへ、びっくりした?

 この姿をみんなに見せるのは初めてだからね〜」


「え、いや、でもこれはさすがに……」


知ってはいるが、認めたくない。

なんとも複雑な心理である。


「そこまで驚いてくれるなら、

 あたしの計画は大成功したってことでいいよねっ」


「そういやオメー、

 休み入る前にサプライズとか企んでたよな

 ……ああ、まんまと驚かされたぜ

 まるっきり別人になりやがって」


そういえば……と、1ヶ月前を振り返ってみる。

たしかに彼女は友人からの遊びの誘いを断り、

みんなに『楽しみにしといて』と言っていた。

それがこの、大変身なのだろう。


「ちょっとあんたさあ……

 体重半分くらい減ってない!?

 しかもたったの1ヶ月で!!

 絶対におかしいでしょうが!!

 私にも方法を教えてください!!」


「いや〜、ミナは標準体型だし痩せる必要無いでしょ

 あたしは体重維持するのが辛くなってきてたし、

 どうせだからここで1回リセットしようかなって」


「ん〜〜〜……いやいやいやいや!!

 なにその言い方!?

 わざと太ってましたみたいな言い方ァ!!

 いつでも痩せられますみたいな言い方ァ!!」


「まあ実際そうなんよ

 美少女にストーカーはつきものでね、

 油断するとすぐに変なのが言い寄ってくるんよ

 ママも昔はそれで苦労したらしくて、

 思い切って太ってみたら被害が減ったんだってさ

 しかも都合の良いことに伸縮自在な体質のおかげで

 普通の人より太るのも痩せるのも簡単だから、

 今回みたいにまとまった時間が取れれば

 これくらいの肉体改造は実行可能ってわけよ」


一同はただただ唖然とするばかりだった。


彼女は美少女に変身したのではなく、

元の姿に戻っただけという表現が正しい。



黒岩真白。


世界的英雄の娘にして特異体質の持ち主。

天は二物を与えるのだ。



だが、納得していない男が1人。


「……にしても急激に減らしすぎだろ

 それじゃあ体に悪影響が出るかもしれねえし、

 10kg……いや、あと20kgくらいは

 増やしといた方がいいんじゃねえか?」


「え〜、せっかく痩せたのに

 それじゃあ元のデブに逆戻りだよ〜

 健康面には充分注意を払ってたし、

 検査ではどこも異常無かったから大丈夫!」


「それにほら、お前は回復役(ヒーラー)防御役(タンク)だろ?

 そんなに軽くなっちまったら、

 前衛として踏ん張りが利かねえんじゃないか?」


「それも調整済みだから安心して!

 しかも軽くなったおかげで回避力が上がったから、

 総合的な防御性能がレベルアップしたよ!

 合理的でデメリットの無い強化ってやつだね!

 これからもっと活躍するから期待してね!」


「くっ……!」



(センリ……悔しそうだな)

(そりゃ認めたくねえよなあ……)

(デブ専だしねえ……)


ともあれ強くなって帰ってきたましろを迎え、

彼らの特別休暇は終わったのである。

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