正体不明
有馬が秘めていた未知なる才能……
その片鱗が明るみになり、更なる調査のため
彼の身元は一時的に魔法技術研究所で
預かることになった。
社会性を犠牲に、過剰なまでに好戦的になる能力。
それは10代の少年少女の手に負えるものではなく、
今後は心理カウンセラーによる指導の下、
怒りとのつき合い方を学んでゆくそうだ。
「リキはその能力のせいでおかしくなってたのか
それなのに俺は気づいてやれないばかりか、
あいつを突き放すようなこと言っちまって……」
「ヒロシ、自分を責めるな
誰のせいでもねえし、お前はよく耐えたと思う
もしおれが同じ立場なら半殺しにしてただろうな」
たとえ能力が原因でおかしくなっていたとしても
有馬が周囲に害を及ぼしていたのは事実であり、
彼の行いは簡単に水に流せるようなものではない。
それについ先日まで正体不明だった能力なので、
どう対処すればいいのかまだわからない。
研究所に預けたからといって、1日や2日で
この症状が改善されるというわけではないのだ。
有馬と関われば嫌な思いをする。
それがわかっていながら近づこうとする者はいない。
一部の人間を除いては。
「おい、リキ!
全然宿題をやってないじゃないか!
そんなんじゃ授業についていけないぞ!?」
「K……
誰が宿題なんかやるか!!
どうせ俺は退学になるんだろ!?
だったら勉強なんてしても意味ねーよ!!」
「まだそうと決まったわけじゃない!
学園長からは見放されたかもしれないが、
普通の生徒としてやるべきノルマをこなせば
無事に卒業まで漕ぎ着けるはずだ!」
「この俺が卒業できるわけないだろ!?
馬鹿だし、勉強嫌いだし、
おまけにすぐブチ切れる呪いにかかってんだよ!!
普通の生徒なんかになれねえよお!!」
「お前に卒業してもらわないと俺が困る!
伝説のコンビを目指すんじゃなかったのか!?
1人で夢を追いかけさせるな!!」
「……それっていつの話だよ!?」
「あれは、そう
中学2年の夏だった──」
「その頃の話はやめろ!!」
有馬は現在、鎮静剤のおかげで
ある程度は感情をコントロールできている。
これなら正常な学園生活を送れそうではあるが、
それだといつまでも薬に頼らざるを得ない。
長期に亘る使用は依存症を招く危険性があるし、
そもそもこの薬は裏ルートから仕入れた物だ。
安定して供給できるという保証は無いし、
そんな生き方は健全とは言い難い。
求められるのは“改善したい”と望む本人の意志と、
それを根気強く支えてくれる味方の存在である。
「……まあ、しばらくは七瀬に任せようぜ
お前とはまだ顔を合わせづらいだろうからな」
「ああ……」
ヒロシたちは部屋を移動した。
国立魔法技術研究所。
何かとお世話になっている場所だ。
といってもここの所員が学園に出向くケースが多く、
こうして生徒が訪れるパターンは珍しい。
国が管理している施設ゆえにお堅い雰囲気があり、
当然、娯楽めいた設備などは置いていない。
ほとんどの研究室は関係者以外立ち入り禁止であり、
見学しようにも面倒な手続きをこなす必要がある。
早い話、普通の生徒にはつまらない場所なのである。
頻繁に出入りしていたのは学者肌のアキラくらいだ。
「せっかく来たんだし、様子を見に行くか
ほら、去年保護したタヌキの……」
「名前はたしか……『タマタマ』だっけか?」
「それはボツになったやつ!
正解は『おこげ』な!」
「ああ、そうだったな
すっかり忘れてたぜ」
やってきたのは“有魔力生物保管室”。
そこには犬や猫にハムスターなどの愛玩動物をはじめ
蟻、鶏、メダカ、カメレオン等々、多種多様な生物が
それぞれの檻や水槽の中で平和に過ごしていた。
どれもこれも傍目には普通の動物にしか見えず、
なんかもっとこう、部屋の中では無秩序に
魔法が飛び交っている光景を想像していたので、
少し残念だという気持ちがあるのも否めない。
「まあ、体ん中に魔力があるっつうだけで
出力の仕方を知ってるわけじゃねえからな
今んとこ魔法を使える生物は人間だけだ」
「へえ、知能の高い生物でもだめなのかな?
カラスとかイルカとか頭良いらしいけど……」
よくレトロゲームでは“賢さ”のステータスが
魔法関係のあれこれに影響を及ぼしていたが、
どうやら現実では違うらしい。
『知力と魔力の関連性』……長年研究されてきた、
未だに答えの見つからないテーマである。
ハムスターに餌を与えていた所員が近寄り、
ヒロシたちの会話に加わった。
「カラスは試したことがあるよ
他にもチンパンジーやボノボなどの霊長類に
犬、豚、象、タコとか色々実験してみたけど、
結果は収穫無しだったね
これは人間だけが“想像力”を持っていることに
なんらかの関係があるとみて間違いない」
『魔法はイメージが大切』……
1年生の時に訓練でそう指導された。
今でこそみんな当たり前に魔法を使っているが、
コツを掴むまでは思うようにいかなくて苦労した。
「もしかしたらこの動物たちは、
本能で理解しているのかもしれない
“魔法では他の動物を殺せない”とね
それは彼らにとって不必要な力だ
だから魔法を使う理由が無いんじゃないかな」
生か死か。
そういう世界に住んでいる者たちにとって、
敵を排除できない力に意味は無い。
究極の現実主義者である彼らならば、
“魔法を使わない”選択肢を取ったとしても頷ける。
「……おっ、いたいた
よう、おこげ〜
元気してたか〜?」
そこには懐かしい顔があった。
かつて学園ダンジョンから飛び出してきた
身元不明のホンドタヌキ。
本来は警戒心の強い動物であるが彼には適用されず、
とても人懐っこい性格をしている。
名前を呼ばれた彼は尻尾を振りながら近寄り、
檻のそばで撫でられるのを待っている。
「ははっ、相変わらず警戒心薄いなあ
野生環境下じゃ3日と持たないぞお前〜」
と、頭を撫でられてご機嫌な様子。
『タヌキは人に慣れることはあっても懐かない』
と云われているが、この個体は例外のようだ。
「そういやこいつの魔力ってどんくらいあるんだろ?
あと属性とか適性とかも存在すんのかな?」
「ああ、ヒロシ……
その疑問を抱いちまったか……」
「え、なんかまずかった?」
「まずかねえけど……聞いたら自信失うかもな」
「ってことは相当強いのか……?」
その疑問には所員が答えた。
「おこげ君の基礎魔力は255あるよ
7段階評価だと11だね
人間以外の生物の平均が50程度だから、
彼はとんでもない逸材と言わざるを得ない」
「俺の255倍!?
なんでそんなに持ってんだ……
少しでいいから分けてくれよ……」
と語りかけるが、件のタヌキは意に介さず
呑気にドッグフードを貪り始めた。
ヒロシたちはおこげに別れを告げ、
研究所を後にしようとした。
が、もう1つ気掛かりがあったことを思い出し、
2人は踵を返して所内の一室を目指した。
本来そこは所員たちの仮眠室なのだが、
今はある人物の寝床として利用されている。
つい先日、ダンジョンの中で発見した
謎の少女……“アロエ”の生活の場として。
「うがーーーっ!!
ここから出せーーーっ!!
私をどうする気だーーーっ!?」
部屋の中では件の少女がベッドに拘束され、
頭に血管を浮かばせながら絶叫していた。
それは非人道的な光景にも見えてしまうが、
こうしておかないと彼女は部屋を飛び出して
どこかへ消えようとするのだから仕方ない。
一体どこへ行きたいのかが判明すれば
このように閉じ込めておかずに済むのだが、
彼女自身も目指す場所がわからないので、
安全のためにそうせざるを得ないのだ。
この場合の『安全』は彼女だけに適用されず、
戦う力を持たない一般市民に向けた言葉でもある。
彼女は人間ではない。
その点を忘れてはならない。
外見や使用言語で判断すれば人間そのものだが、
彼女の魔力は魔物特有の波長を示しているのだ。
「はーーなーーせーーっ!!!」
そして、これだ。
怒りが最高潮に達すると全身から激しく放電し、
変色した髪が逆立って凶暴化するのだ。
この状態になると戦闘能力が急上昇するようで、
彼女を保護してからの1週間で所員5名が負傷、
ベッド3台が全壊の被害に遭っている。
幸い持続時間は短く、数分もすれば体力が尽き、
そのまま10時間は熟睡してくれるらしい。
「おお、あれが噂の……」
「やっぱ人間じゃねえな」
とても危険な力ではあるが、
年頃の少年としては少し憧れる能力でもある。
所員たちはこの状態を『逆鱗』と呼び、
極力彼女を不機嫌にさせないように努めている。
──アロエに関して当然警察で捜査をしているが、
あんな特徴的な子ならすぐに身元が判明するし、
今のところ該当する行方不明児童はいないそうだ。
「そもそも『アロエ』っつう名前も
おれらが便宜上そう呼んでるだけで、
本名ってわけじゃねえしな
そんでもって年齢も出身地も不明となると、
ますます怪しくなってくるぜ」
「アロエちゃんが魔物かもしれないって説か……
でもあの子、人間の言葉を口にしてるぞ?
しかも俺たちと同じ日本語をさ」
「新宿での戦いを思い出せ
佐伯を取り込んだコアは日本語を喋っただろ
まあ実際は鳴き声みてえなもんだが、
魔物にはそれなりの学習能力があんだよ
……アロエを拾ったのは学園ダンジョンだ
おれらの言語を学習した可能性は充分ある」
「鳴き声にしちゃあ、
随分と的確に状況に合わせて発してるよな?
どうやら怒り以外の感情もあるみたいだし、
食事も睡眠も必要だって聞いたぞ
これはもう、人間なんじゃないか……?」
「だから正体不明なんだよ」
残念ながら現時点ではそう答えるしかない。
彼女の正体は彼女自身も把握しておらず、
それを解き明かすにはまだ多くの時間が必要だ。
謎を謎でなくする……
それこそが研究者の本分、使命である。
アロエの正体はいつかきっとわかる日が来るだろう。
(それよりも……こいつだよ)
センリはチラリとヒロシを見やる。
先程アロエが逆鱗状態になった際の放電と、
ヒロシが使用する静電気のような攻撃魔法。
この2つの魔力の波長は酷似している。
力の強弱には雲泥の差があれど、
どちらも通常の魔法ではないという共通点がある。
魔力の波長を理由にアロエを魔物扱いするならば、
その場合は彼も疑わなければならない。
小中大は魔物かもしれない、と。