素晴らしき才能
関東魔法学園の地下には特別な部屋がある。
天井、壁、床の全てが真っ白な塗装を施されており、
ベッドの他に家具は置かれていない。
そこに入れられた者は両手両足に枷を嵌められ、
舌を噛まないように猿轡を装着される。
期間が終わるまでは用を足す以外の目的で
部屋から出ることを許されず、
まるで厳重警備の囚人のような扱いを受ける。
そこは反省室と呼ばれた。
「まあ、半日だけどね」
「それでも結構きつそうだよな
入ってからまだ30分だってのに、
もう精神的に来てるみたいだぞ……」
生徒会長と副会長がモニター越しに見守る中、
件の囚人……有馬力はベッドの上で体を捩らせ、
「ここから出せー!」とくぐもった声で叫んでいる。
彼の罪状は“生徒同士の喧嘩”と些細なものであり
本来なら罰を下すまでもないのだが、
取り押さえる際に激しく抵抗したので
他の生徒や彼自身の安全を考慮して
このような処置をせざるを得なかったのだ。
「記録によればこの部屋を最後に使ったのは谷口で、
あいつが歴代最多の利用者だったみたい」
「谷口……うわ、谷口!
こりゃまた懐かしい名前が出てきたな
できれば一生思い出したくなかったぜ」
「私もね……
あいつ今頃何してんだろうね?
普通の高校で上手くやれてるとは思えないし、
働けるだけのスキルがあるわけでもないし……」
「野垂れ死んでくれてるといいんだがな
それか家に引き篭もってるのがベターだ
あいつは社会に出しちゃいけねえ存在だぜ」
そんな談笑をしていると、
誰かが監視室の戸をノックする。
「失礼します」
入ってきたのは七瀬圭介。
目的はまあ、囚われの幼馴染だろう。
「よう、七瀬
有馬が心配で来たんだろうが、
出してやることはできねえぞ」
「あ、いえ
そのまま閉じ込めておいてください
今回の件……というか、ここ最近のあいつは
明らかにどうかしていますから」
「ほう、そんじゃ何しに来たんだ?」
「その件についてお願いがあって参りました
あいつを……リキを助けてやりたいので、
進道先輩のお力を貸していただきたいのです」
「ん、どういうことだ……?」
七瀬は眼鏡をクイッと直し、意見を述べた。
「これは憶測なので断言はできませんが、
リキは既に未知なる才能を発揮しているんです
俺が思うにその才能は傍目にはわかりづらく、
自分自身でも理解しないままに使っており、
それが悪影響を与えているのではないかと……」
「既に発揮してるだと……?
おいおい、おれを誰だと思ってんだ?
奴が独房にぶち込まれてからずっと監視してるが、
何かしらの魔法を使った形跡はねえぞ」
「ですが、もしリキが例外だとしたら……?
過去の特異能力者の情報を調べてみましたが、
魔力を出力せずとも効果を発揮するという
パターンもあるそうじゃないですか
それだと先輩の『探知』には引っ掛からず、
見逃されていたとしてもおかしくはありません」
「おれが見逃した……だと?」
センリが険しい顔になり、緊張が走る。
学園最強の魔法使いとして名高い先輩に対して
まるでミスがあったかのような指摘をしたのだ。
機嫌を損ねるであろうことは覚悟していたが、
やはりその時が来ると固唾を呑まずにはいられない。
「ふむ、一理あるな」
「えっ!?」
だが、センリの反応は意外にも肯定的であった。
てっきり記録の不備を疑われるものと思っていたので
資料を用意してきたのに、それが全て無駄になった。
「まあ、おれらの学年にも
イレギュラーの塊みたいな奴がいるからな
そんな可能性があっても不思議じゃねえよ
それに、そもそも魔法のメカニズム自体が
完全に解明されてるわけじゃねえし、
考慮の余地は大いにあると思うぜ?」
七瀬は進道千里という人物を誤解していた。
学業成績はさておき魔法戦術においては
右に出る者がいないエキスパートであり、
自分と同じくデータタイプのキャラ……
もっと言えば、頭の固い人間だと思っていたのだ。
ただそれよりも、気掛かりな発言があった。
「イレギュラーの塊……杉田先輩ですか?
世界で唯一のテレポート使いだとか」
「はあっ!?」
今度はセンリが驚く番だ。
「いやいや、ヒロシに決まってんだろ!
お前も有馬の付き添いで一緒に過ごしてたろうが」
「えっ……んん?
小中先輩がイレギュラー……?
たしかあの人は4組の出身のはずですが……」
「おいおい、なんだあいつ……
そういうアピールはしてねえのかよ
もしかしておれ、余計なこと喋っちまったか?」
困惑するセンリ。
困惑する七瀬。
情報が錯綜している。
ヒロシの件はさておき、話題を有馬に戻す。
「んで、お前は有馬の未知なる才能とやらについて
何か思い当たる節があるってことだよな?
有馬自身も把握してねえっつう謎の能力……
まずはそれを疑った経緯を話してくれ」
またしても読み違いが発生。
結果から話そうとしていたのだが、
まさかの過程から説明とは……。
「先輩もご存知の通り、リキは馬鹿で無鉄砲で
私生活がだらしなくて礼儀知らずな奴です
しかし決して他人に危害を加えたり、
悪口を言って悦に浸るような奴ではありません
何か辛い目に遭っても明るく振る舞い、
逆に周りを元気づけるような奴なんです
……それが去年の夏頃から、
ちょうど魔法を使えるようになったあたりから
人が変わったように感情を隠さなくなり、
徐々に周囲に対する態度が悪化していきました」
「魔法を使えるようになって気が大きくなった
……にしちゃあ範疇を超えてるわな
そういうのはせいぜい1ヶ月で収まるもんだ」
「ええ、ですがあいつは逆に増長していき、
自分は誰よりも強いんだと思い込むようになり、
先輩方を見下して陰口を叩くようになりました」
「ほう、おれにはどんな陰口を叩いてたんだ?」
「あ、えっと、それは……」
…………。
「まあいいや、あとで本人の口から聞くとしよう
……んで、お前の考えでは
有馬が魔法が使えるようになったことと
性格が変わっちまったことに
関連性があるとみてるんだな?」
「はい、憶測ですが……」
そう、全ては憶測に過ぎない。
魔法がどうのこうのというくだりは無関係で、
ただ単に有馬がクソ野郎に成長してしまっただけ
という可能性も捨て切れないのだ。
だが七瀬は幼馴染として、唯一の親友として
彼を救いたいと心から願っていた。
翌日、反省室から出された有馬は
謎の装置を体に取り付けられ、
3名の先輩の前に座らされた。
真ん中には生徒会長、右隣には副会長、
そして左隣には陰気なロン毛野郎の栗林。
ああ、きっとこれから酷い目に遭わされるのだろう。
昨日田中と言い争いになったのは事実だが、
ここまでの罰を受けるようなことはしていない。
それなら田中も罰を受けないと不公平だ。
どうして俺だけがこんな目に……。
有馬は自身の不運を呪った。
「先輩、なんすかこれ……
監禁の後は拷問ですか?
まったく、なんて学校だよ……」
「ああそれ、嘘発見器ね
職員さんに事情話したら貸してくれたんだ
べつに電気流したりしないから安心してよ」
「嘘発見器って……俺は嘘つきじゃねえよ!!」
と、早速計器が激しい反応を示す。
この瞬間湯沸かし器の如き衝動。
やはり彼の精神状態はどこか問題がある。
「まあまあ落ち着いて
これは取り調べとかじゃなくて、
ただ肉体的な反応を確認するだけだからさ」
だが彼の怒りはすぐには収まらない。
瞳孔は点のように収縮し、血圧、心拍数共に上昇、
固く食いしばった歯の隙間から荒い息が漏れる。
これはどう見ても臨戦態勢。
有馬の瞳には3匹の敵が映っていた。
その異様な怒りは元々の性格なのか、
七瀬が睨んだ通り魔法による影響なのか、
はたまた反省室が想像以上にストレスだったのか、
現時点ではなんともいえない。
並木は意見を求めるようにセンリを見やるが
彼は首を横に振り、尋問を始めるよう目で訴えた。
栗林努に至っては無反応、
というか視線に気づいていない様子だ。
興味があるのか無いのか、無言で有馬を注視する姿は
圧迫面接のような雰囲気を醸し出させる。
(ねえ、センリ
どうして彼を連れてきたの?
魔法反応ならあんただけでも確認できたでしょ?
ちょっとやりづらいんだけど……)
(そんなん適任だからに決まってんだろ
術者の体外に放出された魔力なら
おれの『探知』で一目瞭然だが、
中にある魔力はこいつのが詳しく調査できる
今回の肝は出力されない魔力……
つまり、有馬の体内で何が起きてるのかを
突き止める必要があんだよ)
グリムが優秀な魔法使いであることは
並木も認めるところではあるが、
彼は去年の夏以降周囲との交流が希薄になり、
今では必要最低限の言葉以外は発さずに
ただ黙々と学園生活を送っている。
以前はたまにアニメやゲームの話題で
盛り上がることもあったのだが、
その手の会話はもう期待できないのだろう。
──有馬への尋問が開始される。
「それじゃ、まずは簡単な質問からいくね
あなたの所属と氏名を教えて?」
「……関東魔法学園2年、有馬力」
「次はおれからだ
お前の好きなモンってなんだ?
食べ物や音楽、色、動物……なんでもいい」
「え、好きな物ですか?
うーん、そうだな……
まあ強いて言えばラーメンですかね
カップ麺とかインスタントじゃなくて、
ちゃんと店で出されるやつです」
「……そのラーメンをよく奢ってくれた、
ヒロシについてはどう思ってるんだ?」
「ぁあん!?
そいつの名前を出すなよ!!
死ねよキモロン毛!!」
計器の針が激しく上下に揺れ動く。
先程と同じく一瞬で怒りがMAXになったようだ。
「はい、一旦落ち着こうね〜
焼け石に水だろうけど、牛乳用意したから
それ飲んで気を紛らわしてもらえるかな?」
「牛乳って……クソッ!!
小学校の給食じゃねーんだぞ!!
馬鹿にしやがって……クソがっ!!」
と言いつつも彼は目の前のコップを手に取り、
ひと思いに流し込んで中身を空にした。
それから10分ほど時間を置き、尋問を再開する。
「有馬君の得意な武器と魔法は何かな?」
「そりゃもちろん剣ですよ
なんたって主人公の武器ですからね
それと俺には一撃必殺のソウルキャノンがあります
歳下だからってあんまりナメないでくださいね」
「へえ、一撃必殺か
そいつはすげえじゃねえか
あの高音凛々子とどっちが強えーんだろうな?」
「そんなの俺に決まってるじゃないですか
あの人は炎属性なんで一部の敵には効かないけど、
俺は相手を選ばない無属性ですからね
どんな敵だろうと木っ端微塵にしてやりますよ」
「山田という生徒には通用しなかったんだろ?」
「……いちいちうるせえなあ!!
なんなんだお前……本当にキモいんだよ!!
生きてて恥ずかしくねえのかよ!! 死ね!!」
「有馬君!!
先輩に対する態度じゃないからねそれ!?
少しは怒りを抑えなさい!!
直前まで普通に受け答えできてたでしょ!?」
「先輩だからなんだってんだよ!!
ただ先に生まれただけで偉そうにすんな!!
どいつもこいつも俺より弱い癖によお!!」
有馬という生徒がいることは把握していたが、
実際に言葉を交わすのはこれが初めてだ。
この豹変ぶりには驚かされるが、
七瀬の仮説が無ければ“こういう性格の奴”
の一言で片付けられていただろう。
……が、それにしても酷い。
たとえなんらかの原因でこうなったとしても、
彼が暴言を吐いているという事実は変わらないのだ。
第三者からすれば“こういう性格の奴”でしかなく、
本来の有馬力がどんな奴かなんて知りたくもない。
「並木さん
構わなくていい、このまま続けよう」
「え、でも……」
「俺は万人受けするような人間じゃない
嫌われるのには慣れている
これくらいの罵倒は織り込み済みで
“有馬を不快にさせる役”を引き受けたんだ」
役……尋問する3名にはそれぞれ役割があった。
とりあえず当たり障りの無い質問をする役、
有馬を上機嫌にさせる役、そして不快にさせる役。
その汚れ役は生徒会長の並木が担う気でいたが、
グリムからの強い申し出により譲り渡したのだ。
40分後、尋問が終わり有馬は解放された。
途中で何度か暴れそうになる場面もあったが、
その度にグリムから腕を捻り上げられて
「痛い、痛い」と喚く様は滑稽ですらあった。
このわずか1時間足らずのやり取りにて、
彼が有馬から敵認定されたのは言うまでもない。
「それで、嘘発見器の方はどうだったんだ?
おれには脳波がどうとかよくわかんねえが……」
「さあ? 私もわかんない
でもとりあえずつまらない話題にはほぼ無反応、
楽しい話題が出ると一部の項目が緩やかに上昇、
そして嫌な話題の時は全体的に激しく急上昇……
まあ、概ね予想通りってとこかしらね」
「そうか……
こっちはてんで収穫無しだ
あいつが魔力を出力しようとした瞬間はあったが、
それは一撃必殺のソウルキャノンとやらを
おれらに向かってぶっ放そうとした時だけだな
昨日MP全部使い切ったばかりで、
まだ回復してねえってのに馬鹿な奴だぜ」
2人は大した情報を得られなかったようだ。
残るは『解析』に長けたグリム。
これで何も発見できなかった場合、
有馬はただのクソ野郎ということになる。
そうなるともう七瀬には諦めてもらうしかない。
人は変わるものなのだ、と……。
「有馬の中にある魔力を解析した結果、
1年3組の生徒によく見られる『自動強化』と
よく似た活動が行われていることが判明した」
「おお、強化系……!
それなら体外に魔力を放出しないもんね」
「……“よく似た活動”ってどういうことだ?」
『自動強化』は術者の肉体が戦闘状態に入ると
無意識に身体機能を向上させる能力であるが、
有馬はそれとは違う魔力活動を行なっているらしい。
「彼の場合はなんというか……
実際に戦闘力が強化されるわけじゃない
戦闘行為に対する“心構え”を補助している感じだ
少しでもネガティブな事象に対して過剰に反応し、
強制的に体が戦闘モードに入ってしまうんだ
そうなるともう周りが全部敵に見えるし、
自分でもどんな発言をしたのかわからなくなる
あの異常な怒りは“敵”を排除するのに必要な
攻撃性が表面化したものなんだろうな」
「え、心構えだけ?
どこも強化されないの?
それってなんか意味ある……?」
「ちょっとでも嫌な思いをすると狂戦士化か……
現代社会じゃ生きづらそうな能力だな
生まれる時代と場所さえ間違えなければ、
味方の士気を高める存在になれたんだろうが……」
有馬力の中に秘められていた未知なる才能……
それは、全く実用性の無いカス能力であった。
今までにも同じ能力を持つ者は存在したのだろうが、
彼らは周囲から“そういう性格の奴”だと認識されて
詳しい調査は行われずに放置されてきたのだ。
嫌な奴とは関わりたくない。
人間として、ごく当然の心理である。
それゆえに数世紀にも亘って見逃されてきたのだ。
“一触即発”
なんと孤独な才能だろうか。