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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
105/150

新人

「よう、アキラ

 沖縄(そっち)の様子はどうだ?

 ダンジョンから魔物が流出したりしてるか?」


『いや、至って平和そのものだ

 青い海、輝く太陽……

 今が4月だという事実を忘れそうになる』


「あ〜、もう海開きしてんだっけ

 いいよなあ沖縄

 俺もいつか行ってみたいぜ」


『ああ、いつか来るといい

 それよりお土産リストは出来たのか?

 あと2〜3日滞在したら帰る予定なんだが』


「おう、バッチリだぜ

 この電話が終わったらメール送るけど、

 さすがに開き方くらいはわかるよな?」


『おい、ヒロシ

 俺が都会に出てから何年目だと思ってるんだ?

 メールの開き方くらい……山口が教えてくれる』


「それでこそアキラだぜ」


甲斐晃が沖縄に派遣されてから3日目。

関東魔法学園も平和そのものであり、

1ヶ月間の特別休暇を与えられた3年生たちは

穏やかな時間を過ごしていた。


3日前に沖縄で震度5強の地震が起きたものの

その後は何事も起きず、報道から得た情報によると

今回の地震で怪我を負ったのはゴミ屋敷の住人と、

屋根の修理をしていた男性の2名だけだそうだ。


つまり、ほとんど何も起きていない。


一応ダンジョンの様子を確認してみたが

現地の冒険者養成機関である“冒険者修練場”

の門下生たちが常に目を光らせており、

本州から送り込まれた5名は暇を持て余していた。

なので彼らは仕方なく沖縄の地を観光し、

海で遊んだり郷土料理を食べ歩いたりしたのだ。


日本冒険者協会は嫌がらせのつもりで

魔法学園の代表生徒たちを現地に飛ばしたが、

これではただバカンスに行かせたも同然である。

連中の悪巧みがまたしても裏目に出た。

そう判断せざるを得ない状況であった。




関東魔法学園、1年4組の教室にて

1人の男子生徒が目を輝かせる。


「あ、小中先輩……!」


「よっ、井上君

 今更だけど入学おめでとう!

 ……それにしても髪伸びたな〜

 あん時ゃ丸坊主だったから随分と印象が違うぜ」


「や、ちょっ、その話は勘弁してください!」


井上(はやて)

今年入学した1年生であり、かつて所沢市の中学校で

ヒロシが発掘してきた期待の新人である。

4組の生徒なので特殊な才能こそ無いのだが

彼の基礎魔力はかなり高い数値を示しており、

強力な攻撃役(アタッカー)になれるだけの

ポテンシャルを充分に秘めている。


「他の4人は普通の高校へと進み、

 一般人として生きる道を選びました

 僕もそうしようかなと散々悩みましたが

 自分の中にある可能性に賭けてみたくなり、

 こうして魔法学園に入学したわけです」


「ああ、挑戦するのはいいことだ!

 やらなきゃ何も始まらないしな!」


「やらなきゃ何も……はい!!」




──そろそろ午前の授業が終わり、

新入生たちが食堂に押し寄せる頃合いだ。

ヒロシはカップに残ったカフェオレを飲み干し、

彼らが座れるように席を離れた。


が、会いたくない人物と鉢合わせてしまう。

彼を無視するという選択肢もあったが、

先輩として黙っているわけにはいかなかった。


「リキ、お前……

 2年はこれから授業だろ?

 早く教室行った方がいいぞ」


有馬(りき)

去年ヒロシが目にかけていた後輩であり、

お互いに気が合って楽しくやっていたのだが

進級試験での暴走をきっかけに仲違いし、

それから一切口を聞いていなかった。

期末テストで赤点を取ったので退学になりかけたが、

未知の才能を秘めているという理由により

学園長の一存で残留を認められた生徒である。


「いや〜、俺はそこらの凡人と違って天才なんで

 べつに授業とか受けなくても平気なんですわ

 いくらテストで赤点取ろうが関係無いし、

 外回りから帰ってきたばっかで腹減ってるんで

 飯くらい食わせてくださいよ〜」


「頭悪い奴こそ勉強しとけよ

 もしお前の才能が大したことなかったら、

 その後は普通の生徒として扱われるんだぞ?

 学園に残りたいなら保険かけろって」


「いやいや、適性検査ってのがありましてね

 その才能が当たりかハズレか確かめるんですよ

 で、俺はどのハズレ能力も持ってなかったんで、

 残る可能性は当たり能力しかないじゃないですか

 俺の将来は約束されたようなもんなんで、

 カス能力すら持たない人は黙っててくださいよ」


「……そうか、じゃあもう好きにしろ

 お前の中に眠る未知の才能ってやつが、

 未発見のカス能力じゃないといいな」


「そんなことあるわけないじゃないですかー

 いくら才能持ちが羨ましいからって、

 後輩に嫉妬しないでくださいよー

 見苦しいなぁ、も〜」


かつての友人がどんどん嫌な奴になってゆく。

なぜこんなことになってしまったのか……。




午後、新入生たちが校庭を走り込んでいる頃、

ヒロシたちは自主練をしに訓練棟へと赴いた。

とはいえそこまで気合いを入れてはおらず、

今年から全学年に導入される訓練の新メニューを

軽く試す程度の意気込みであった。


「ふーん、スラックラインねえ……

 綱渡りと要領はほぼ同じだけど、

 ロープよりも足場の幅が広いから

 未経験者でもとっつきやすいな」


「ああ、しかも合理的だ

 バランス感覚や体幹が鍛えられそうだし、

 集中力を養うのにもよさげだな

 もっと早く訓練に取り入れてもらいたかったぜ」


「どれ、早速やってみよう

 まずは片足で立てるように、か……」


ヒロシはライン上で左足を離した。

そして重心がブレないように集中し、

30秒が瞬く間に経過する。

それが無事終わると今度は左足を戻し、

右足を宙に放り出してバランスを取る。


「へえ、やるじゃねえか

 ヒロシ、お前もしかして経験者だったりするか?」


「いや、初めてだけど……

 あ、ほら、悪路走行訓練のおかげかも

 普段からぐらつく床の上を走らされてるから、

 自然と平衡感覚を保てるようになったんだよ

 きっとみんなもこれくらいはできるはず」


「ほう、そんじゃおれも試してみっか」


と、センリがラインに両足を乗せてみる。



「うおっ、おぉっと、っと、とぉぉ!!」



只今の記録……3秒!


「悪路走行とは全然違げーじゃねえか!!

 お前よくこんな足場でバランス保てるな!?」


「ありゃ、だめだったか

 ……まあ老若男女楽しめるスポーツみたいだし、

 きっとすぐにコツを掴めると思うぜ?」


「だといいんだがなあ……」




1時間ほど新メニューを堪能した彼らは

訓練を切り上げ、今後の予定を確認する。

とはいえこの場にいる者たちは基本的に暇であり、

突然の特別休暇をどう消化すればいいのか

まだ決めかねている状態であった。


「とりあえずダンジョンの見回りでもするか?

 そろそろ新入生の中から最初の挑戦者が現れる頃だ

 可愛い後輩たちが何事も無く帰還できるように、

 ヤバそうな敵を見かけたら排除しとこうぜ」


どうせ他にしたいことは思いつかない。

反対する者は1人もいなかった。



メンバーはヒロシ、リリコ、センリ、並木の4名で

リーダーは言い出しっぺのヒロシが務める。

だがそれは形式的なものであり、

今回のようにフロア内を各員が散らばって

巡回を行う場合は誰がリーダーだとかは関係無く、

活動中の全ては現場の判断に委ねられる。


「今日もゼロ災でいこう、ヨシ!」


「またそれやんのかよ

 工事現場じゃねーんだぞ」


「まあ、つき合ってやろうぜ

 こいつがリーダーの時はしょうがない」


「私は結構好きよ?」


4人は斜め下を指差して「ヨシ!」と合わせる。


入学当初からヒロシが続けてきた指差し確認。

前述の通り工事現場ではもちろん、

工場や運送業などの現場でも採用されている

れっきとした安全確保を目的とした行為である。


指差喚呼、指差呼称、指差唱和など

業界によって名称にブレが生じるが、

その行為の内容や目的に大きな違いは無い。


指差し確認をしたからといって

100%安全になるわけではないが、

少なくとも危険に対する意識を高めることはできる。




──巡回開始から30分、特に何も無し。


この時期の第1層はスライム以外の魔物はほぼ湧かず、

そのスライムも単独でしか出現しないので

ひよっこに戦闘経験を積ませるにはちょうどいい。

が、3年生にとってはたまらなく退屈な場所である。


新人を連れてきて面倒を見ているのならともかく、

これはただの安全確認のための見回りであり、

ひよっこの指導は2年生がこなすべき任務だ。

休暇中で時間が有り余っているとはいえ、

彼らの仕事を奪うわけにはいかない。

“後輩の指導”も訓練の一環なのだから。


(ここも何も無しか

 まあ退屈なのはそれだけ平和ってことだよな……)


何事も起こらない穏やかな時間。

ダンジョンの中で気を緩めるべきではないが、

このような状況ではさすがに緊張感が薄れて

心に隙が生まれてしまうのも仕方ない。


それでもヒロシはいつでも戦闘を行えるように

全方位を警戒しながら巡回を続行していた。



「どっ……ちょっ、えええええっ!?」



そんな彼でも度肝を抜く事態が発生してしまった。






「おいヒロシ、それ……」

「えっ、まさか……また?」


合流地点で()()を見た女子2名は状況を察するも、

その異様さに自身の目を疑うばかりだった。


「一昨年はアザラシ、

 去年はタヌキときて、

 そして今年は……」



人間。



それも小学校中学年程度の少女であり、

発見時には全裸の状態であった。

幸い怪我は無く、スヤスヤと熟睡しているので

怖い目には遭っていないものと思われる。


それだけでも充分インパクトが強いのだが、

彼女の髪は染めた様子も無いのに黄緑色をしており、

バサバサと外側に大きく跳ねた奇抜な髪型は

ひっくり返したアロエのようにも見える。


ダンジョンでは何が起こるかわからないとはいえ、

まさか全裸の少女を拾う日が来るとは

誰が予想できたであろうか。


「この場にあーくんがいなくてよかったな

 あいつロリコンだし」


「いやー、どうかな?

 例の彼女と上手くいったみたいだし、

 それを台無しにするような馬鹿は

 やらかさないでしょー」


「……っと、センリも来たな

 本日の活動は切り上げだ

 急いでこの子を保護してあげないとな

 ええと、まずは先生に報告して……」


テンパりながらも今すべきことを整理するヒロシ。

だが、センリは怪訝な顔をしたまま

件の少女を見つめている。


「おい、どうしたセンリぃ〜?

 そんなにじっくりと眺めちゃって……

 まさか、あーくんのロリコンが感染したのか?」


大変失礼な絡まれ方をされ、センリは軽く舌を打つ。

が、その件は後回しだ。

今はそんなことより重要な情報を伝えねばならない。



「そいつ……人間じゃねえぞ」



「えっ」


にわかには信じ難い発言。

たしかに現実的ではないカラフルな髪をしているが、

それ以外は人間の少女にしか見えない。


だがセンリは魔力の波長を識別する

『探知』の優れた使い手であり、

冒険活動関連の冗談は言わない性格だ。

その彼が断言するとなると……


「それじゃあこの子…………魔物……なのか?」


「んー、そうとも言い切れねえ……

 こんな(いびつ)な波長、おれだって初めてだぜ

 ただ、かなり魔物に近しい存在であることは確かだ

 どのみち学園には報告するが、

 正体が判明するまで油断すんじゃねえぞ」


「ああ、うん

 見た目だけで判断しちゃいけないよな」


かくして一行は謎の少女を学園に連れ帰り、

落合訓練官の指示を仰ぐことにしたのだ。

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