4月
4月7日、入学式当日。
今年も退学者の最速記録が更新された。
実に3年連続の快挙である。
今回、気温の変化や学園長の長話は関係無い。
件の新入生は式が始まる前にリタイアしたのだ。
2組の大和田君という生徒は交通事故に遭い、
然るべき治療を受けるために仮免許を返上し、
一般人として市内の病院に入院したそうだ。
彼は正しい判断をした。
たとえ仮免の身分だとしても、
“冒険者”は病院に受け入れてもらえない。
ならばその道を断念するのもやむなしだ。
不幸中の幸いというべきか、
彼は足首を捻挫しただけで深刻な怪我ではない。
一刻も早い快復を祈るばかりだ。
それはそれとして、俺たちは3年生になった。
最上級生。
それは新入生からすれば先輩の先輩であり、
彼らとはあまり関わる機会が無いにしろ
手本として恥じない行動を心掛けねばならない。
例えば色恋沙汰に現を抜かしたりなど、
だらしない姿を見せるのは当然避けるべきだろう。
学園生活に慣れた上級生ならまだしも、
入学したばかりのひよっこに緩い空気が伝染すれば
油断に繋がり、事故の元になりかねないのである。
「なあ、あーくん
さっき訓練棟から出てきた時、
例のちびっこと手繋いでたよな?
もしかして春休みの間に上手くいったんか?」
「おっと、見られていたか……
ふふ、まあそういうことだ
今度からは注意しないとな」
「ほーん……
まあ、おめっとさん
合法ロリの彼女が出来てよかったな」
「ああ、俺は今すごく幸せだ」
「そういうアピールもしない方がいいぞ
なんかウザいから……」
「善処する」
俺は言った通り、幸せの真っ只中にいた。
つい先日、初恋の相手と結ばれたのだ。
まだ手を繋ぐ以外の行為は何もしていないが、
これから2人で歩むであろう未来を想像すると
自然と喜びが溢れてくる。
「へえ、まさか射止めるとはなあ
最初の感じじゃ失恋コースだと思ってたけど、
人生どうなるかわかんねえもんだな
……ま、お幸せにな!」
「ん? ヒロシ……
てっきりまた不機嫌になるのかと……」
「いやいや、去年とは状況が違うだろ
今のお前はちゃんと周りが見えてるし、
青春を謳歌する権利は誰にでもあるからな
学園生活最後の1年間を思い切り楽しもうぜ!」
「ああ、そうだな……!」
友も祝福してくれる。
なんと幸先の良いスタートであろうか。
今年はきっと素晴らしい1年になるに違いない。
教室へ移動後、嬉しいサプライズがもたらされる。
「これから1ヶ月間、
お前たちには特別休暇が与えられる
去年起きたティルナノーグ火災の処理で
夏休みがまるごと潰れてしまったからな
その補填だと思ってくれ」
通常の任務で夏休みが潰れたのならば、
このような対応はされなかっただろう。
だが例の事件は重要性、遂行難度共に高く、
魔法学園の生徒たちの貢献が大きかったことから
『休みを与えるべき』との意見が多く挙がり、
今回の決断に踏み切ったそうだ。
「つまり、いきなり夏休みってわけか……
結構気合い入れて来たんたけどなぁ
まあ嬉しいっちゃ嬉しいけど、
なんだか肩透かしを喰らった気分だぜ」
「せっかくだから満喫させてもらうけど、
どうしたもんかねえ……
ましろはどっか遊びに行きたいとこあるー?」
「遊びかぁ
……いや、いい機会だし
あたしもみんなにサプライズしてみようかな」
「え、何か企んでんの?
どんな内容か教えてよ」
「それを教えちゃあおしまいよ
まあ1ヶ月後を楽しみにしといて」
想定外の長期休暇につき、同級生のほとんどは
これからどうしようかと頭を悩ませる。
春休みの延長でゴロゴロするか、
遠出してレジャーを楽しむか、
余暇の過ごし方は人それぞれだ。
「俺は学園に残り、後輩の指導に専念しようと思う」
「うわ、早速アキラが惚気てるよ」
「例の合法ロリと蜜月の時を過ごす気だな」
「勝手にやってろ」
「初めて彼女が出来た男ってこんなもんよね」
「ヒュ〜、熱いねえ」
「いや、誤解だ……
これはいずれみんなの耳にも入る話だが、
今年からプールを使った訓練が再開されるんだ
俺は休憩室を寝床にさせてもらう見返りとして、
監視員的な役割を少し担うことになった」
「おっ、マジか! いいねえプール!」
「これで大浴場以外でも肩凝りのケアができるぜ」
「水中訓練か……マリ姉との特訓を思い出すな」
「遊び目的で使ってもいい?」
「それでも鍛錬になるからOKじゃない?」
実は去年ずっと貸切状態だったが、
それを公表する必要性は無いように感じられた。
「……それにしてもよぉ
去年おれたちが現場で必死こいて戦ってた間、
ハワイ旅行を満喫してた玉置まで夏休みかよ
あいつだけ休み無しでもよかったんじゃねえか?」
「気持ちはわかるけど、それをやっちゃうと
先生たちがかわいそうだからねえ……
どうせまともに授業受けない生徒1人のために
貴重な時間を割かなきゃならないわけだし」
「ケッ、どこまでも不快な存在だぜ
やる気がねえなら学校辞めちまえばいいのに
……なあ、並木ぃ
生徒会長の権限でどうにかできねえのか?
北日本なら序列の高い生徒に
ある程度の自治権が与えられるんだがよ……」
「いや〜、ここは関東だからねえ
学園長が認めない限りは退学にできないし、
うちの生徒会はただの中間管理職みたいなもんよ
そんなわけで我慢してちょうだいな、副会長」
「くっそ〜」
今年の生徒会長は並木美奈、副会長は進道千里だ。
中学時代に生徒会長を務めた経験のある正堂君が
そうなると思っていたので、少し意外だった。
だが、彼はこの人選に納得している様子である。
「まあ自分で言うのもなんだけど、
僕は模範生だったからね
成績が良くて頼りになりそうな奴……それだけさ
でも、並木さんにはそれ以上の資質がある
彼女は完璧主義者とは正反対の性格で、
1つ1つの細かい物事にはこだわらないだろう?
だからこそ余裕を持って全体を見渡せるし、
もし何かトラブルが起きたとしても
柔軟な思考で臨機応変に対応できる
一般の高校ならともかく、曲者揃いの魔法学園では
彼女の方が優れたリーダーなのは間違いないよ」
なるほど、大雑把だと自称していたものな……。
あまり会話してこなかった相手なので
具体的なエピソードが思い浮かばないのだが、
本人や友人たちがそう言うのならそうなのだろう。
彼女と一番仲の良いましろに尋ねてみよう。
「え、ミナがどれくらい雑かって?
う〜ん、そうだなぁ……
牛乳パックの開け口じゃない方を開けても、
気にせずに飲んじゃうらしいよ」
「俺ならきっと落ち込むな……」
「ヘアピン失くしちゃった時に
書類用のクリップで代用して事なきを得た、とか」
「それはファッション的にOKなのか?」
「あと揃えてる漫画の単行本が途中で抜けてたり、
逆に同じ巻がしょっちゅう被ったりしてるねえ」
「被るのはともかく、
抜けてるのはさすがに気になるだろ……」
「そういう時は前後の流れを読んで
脳内でストーリーを補完するんだってさ
それが結構当たってたりするからすごいよね
外れても原作より面白い展開を妄想してたり、
ある意味羨ましい性格してると思う」
並木美奈……彼女もまた曲者だったようだ。
その日の午後、早速リリコがプールに現れた。
脇に風呂桶を抱えており、頭にタオルを乗せている。
これではまるで体を洗いに来たようなものだ。
「おい止まれ
なんだその格好は……
ここは銭湯じゃないんだぞ」
「いや、そっちこそおかしいだろ
ここは女子用のプールだぞ?
監視するにしても別の場所だろ?」
「管轄内だ
とりあえずシャンプーやリンスだとか、
そういう物の持ち込みは承認できない
身を綺麗にしたいのなら風呂に入れ」
「どうせ全身濡れるんだったら、
ここで風呂も済ませちまえば一石二鳥だろうよ
大浴場じゃそんな文句言われなかったぜ?」
「浴場の意味をわかっているか……?
とにかくルールは守ってくれ
それができないなら力ずくで追い返すことになる」
「力ずくって……おいおい
ここはひとつ、幼馴染特権で見逃してくれよ
オレとお前の仲じゃねーか、大目に見ろい」
世に溢れる不正行為の大半は
そうやって見過ごされているのだろう。
俺にも身内贔屓をしたくなる心理は理解できるが、
今回は衛生面に問題がありそうなので承服できない。
「……高音先輩、どうか考え直してください
ここはみんなのプールなんです
あなた1人のために用意された場所じゃないので、
好き勝手に使われては困ります
泡や垢が浮かんでいたら不快な気分になる……
その点はご理解いただけますよね?」
「おっ、ちびっこじゃねえか
さっきあーくんと手繋いでたよな?
もうヤッたんか?」
「やっ……いきなり変なこと言わないでください
それと、その呼び方はやめていただきたい」
のぞみが頬を膨らませる。可愛い。
リリコも割と怖い雰囲気のある上級生だが、
のぞみは臆することなく自分の意見を言えている。
そうだ、頑張れ。と、つい応援したくなる。
「私からもお願いしますよ〜
なんかプールの水を入れ替えるのに、
1回で30万円近くかかるらしいじゃないですか
自分らの金じゃないにしろ、
もったいないとは思いませんか?」
「おっ、間女じゃねえか
いつもそこのちびっこと一緒にいるよな
虎視眈々と愛人ポジションでも狙ってるんか?
そういう姿勢は嫌いじゃないぜ、頑張れよ」
「精進します」
「おい」
後輩たちの説得が響いたのか、
リリコはプールを風呂代わりにするのを断念した。
──そして女子3人が泳ぐのを監視中、
それは発生してしまった。
<ビィー!ビィー!ビィー!>
全員のスマホが一斉にアラームを鳴らす。
初めてそれを経験する後輩2人はもちろん、
経験者である俺たちまで驚きを禁じ得ない。
緊急事態。
どこかで何かが起こったのだ。
現地の冒険者では対応し切れない何かが。
「嘘だろオイ!!
3年目初日で事件とか冗談じゃねーぞ!?
また魔人会絡みだったら許さねえからな!?」
「落ち着けリリコ
今回のアラームは小さい音だった
去年ほどの大事件ではないはずだ
とにかく早く着替えてタワーに集合しよう
2年生の2人もだ、急ぐぞ」
「「 はい! 」」
女子3人が着替え中、ニュースサイトを閲覧して
関東魔法学園の管轄内で変わったことがないか
自分なりに調べてみた。
住宅街にアライグマが出没、桜の枝が折られる、
人気のロックバンドが解散を発表……これか?
一昨年は芸能人カップルの熱愛が発覚し、
それを知ったファンたちが渋谷で暴れ回り、
その混乱に乗じてダンジョンから魔物が溢れたのだ。
第三者からすればどんなにくだらない理由でも
それに傾倒する者たちにとっては重要事項であり、
負の感情を爆発させるに値する。
つまり、何事も混乱の火種になり得るのである。
司令室に集まったのは40人以上の上級生たち。
玉置を除く全員が出揃い、実に壮観である。
ここまでの人数を収容する想定ではなかったので、
部屋が鮨詰め状態で身動きが取りづらい。
狭い空間は好きだが、これはなんか違う。
次回の集合時までに改善されていることを願う。
「さて、今回の緊急事態だが──」
内藤先生が口を開き、一同に緊張が走る。
去年起きた悲惨な事件を思い出す。
ティルナノーグ火災に新宿テロ。
どちらの現場でも大勢の死傷者が発生したのだ。
プロ免許を取ったばかりの後輩たちだけでなく、
俺たちも不安で押し潰されそうな気分になる。
アラームの音量が小さかったのが救いだ。
どうか小さな事件であってほしい。
「──沖縄で震度5強の地震が発生した」
…………。
「えっ?」
「地震、ですか……?」
「しかも沖縄って……」
「それも5強……う〜ん……」
その意外すぎる内容に生徒たちは困惑した。
今回は人間が起こした事件ではなく
自然災害ということになるが、
地震慣れした日本人からすれば
震度5強はそれほど大した揺れではない。
しかも震源地は沖縄だ。
関東魔法学園の管轄は千葉県以外の関東地方と
その周辺であり、明らかに距離が遠すぎる。
本州の俺たちに一体どうしろと言うのか……。
「皆、さぞ困惑していることだろう
俺たちもそうだ
ついさっき日本冒険者協会から連絡があってな、
緊急事態発生時の出動ラインを変更したそうだ
今後は震度4以上の地震が発生する度に
各魔法学園から代表の生徒を1人ずつ選出し、
現地に送り込んでいく方針だそうだ」
「そんな、震度4って……
地震大国の日本でそれをやりますか」
「心休まる暇がねえよ……
ただの嫌がらせとしか思えない」
「実際、嫌がらせだろうな
3年生に特別休暇が与えられた件が
よほど気に食わなかったのだろう
……俺はこれから理事長と共に協会へ乗り込み、
出動ライン変更の見直しを要請してくる
長い話し合いになるかもしれない
俺が不在の間は落合先生が主任代理だ
何か問題があれば彼を頼るように」
「え、ちょっと待ってくださいよ主任
落合君に代理を任せるだなんて、そんな……
年齢も勤務年数も僕の方が上なんですけどねぇ」
「津田先生……
能力と実績で判断したまでだ
あんたには荷が重すぎる
それに形式だけのものだから給料は変わらんぞ
前にも言ったが、俺に人事権は無い」
「あ、そうでしたね
じゃあいいか」
「クズが……」
内藤先生に代わり、落合先生が指揮を引き継ぐ。
「さて、協会の件はあちらに任せるとして、
沖縄に送り込む生徒を決めないといけない
どうやら現地には既に連絡が行ってるらしく、
もう北日本と東京の生徒は回収済みとのことだ
あと3分もしないうちにヘリが迎えに来るぞ」
なんという余裕の無さ……
わざと連絡を遅らせているとしか思えない。
「代表の生徒かぁ
とりあえず生徒会長でいいのかな?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて
一番強いのを提供しろってことでしょ?」
「一番強い奴ねえ……
まあ、アキラで決定だろ
相手が自然災害なら特にな」
「そうだね
震度5強とはいえ余震かもしれないし、
身体能力の高い生徒を送るのが正解だと思う」
「アキラ〜
もし楽そうな任務だったらお土産よろしくな
俺、ゴーヤチャンプルー食ったことねえんだわ」
「あ、甲斐先輩 僕にもお願いします」
「私はサーターアンダギーにしようかなあ」
「あと沖縄って言ったら……なんだ?」
「ソーキそばとかあったよね?」
仮にも緊急事態発生で呼び出されたというのに、
なんだか緩い空気に包まれている。
まあ小さい地震なので安心するのもわかるが、
ついさっき言われた通り余震の可能性もある。
それなりに気を引き締めて任務に取り掛かろう。
「のぞみは何か欲しい物はあるか?」
「急には思いつきませんね
あとで調べてメール送ります」
「そうか、わかった
それじゃ行ってくる」
「ええ、お気をつけて」
そこへアリアが割り込んでくる。
「あれ、いってらっしゃいのチューは?
せっかくの機会だし、やっちゃいましょうよ!」
「ああ、やってみるか……!」
「やんないし!!」
こうして俺は沖縄の地へと旅立ったのだ。
基本情報
氏名:立花 希望 (たちばな のぞみ)
性別:女
サイズ:B
年齢:16歳 (3月21日生まれ)
身長:128cm
体重:33kg
血液型:A型
アルカナ:魔術師
属性:炎
武器:苦無 (暗器)
武器:手裏剣 (暗器)
武器:吹き矢(短) (暗器)
防具:肉球天国(にゃんこ) (衣装)
アクセサリー:新約魔物図鑑
アクセサリー:こけし
アクセサリー:縞々リボン
能力評価 (7段階)
P:2
S:5
T:7
F:4
C:7
登録魔法
・ファイヤーボール