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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
102/150

一目惚れ

夜の路地裏を黒髪の少年が歩く。

顔はアザだらけで制服は泥まみれ、

そのやられざまを誰かに見られないように

人気(ひとけ)の無い道を選んだつもりだった。


しかし脇腹に受けた痛みがぶり返し、

よろけた勢いでゴミ箱に突っ込んでしまう。

その音に反応して近所の住民が窓際に立つが、

誰も彼に声を掛けようとはしなかった。


それでいい。

放っておいてほしい。


少年は手が汚れるのも構わずに

散らかしてしまった生ゴミを拾い集め、

その場を片付けてから立ち去ろうとした。


「そこのアンタ!

 ちょっと待ちな!」


すぐ後ろの扉が開き、引き止める声がする。

つい今さっき散らかしてしまったゴミは、

この家の住民が出しておいた物だったのだろう。


だが、もう綺麗にしたはずだ。

そりゃプロの仕上がりというわけにはいかないが、

元々それほど清潔感のある場所ではなかった。

難癖をつけられてはたまったもんじゃない。

少年は足早になる。


「待ちなさいと言ってんでしょうが!」


と背後から襟首を掴まれ、

喉を絞められて苦しくなる。


「……だあ〜っ!!

 ちゃんとゴミは拾っただろうが!!

 それに何も盗ったりしてねーよ!!」


少年が振り返ると

そこには恰幅の良い中年女性が立っており、

口をへの字にして睨みつけてきたのだ。


「アンタ、そのまま帰るつもりかい!?

 手くらい洗っていきな!

 よく見たら怪我もしてるじゃないの!

 服も汚しちゃってまあ……

 とにかくうちに来なさい!」


どうやら彼女はゴミの件で怒っていたわけではなく、

少年の姿を見て放っておけなかったようだ。

だが、それこそ少年が忌避したかったものだ。


同情、憐憫、慈悲の心。


そんなものを貰っても嬉しくない。

むしろ惨めになるだけだ。


少年は女性に背を向け、再び歩き出す。


「……ちょ、放せ!!

 首絞まってんだよ!!」


少年は逃げられなかった。




どうもその家は商売をしているらしく、

業種は肉屋とのことだ。

生肉の量り売りだけでなく惣菜の販売もしており、

連日多くの客が今晩のおかずを求めて訪れるそうだ。

言われてみれば揚げ物やら炒め物の匂いが

今いる居住空間にまで届き、少年の食欲を誘う。


が、客として来たわけではない。

手を洗ったら出ていく。

用が済んだらもう二度と関わる気は無い。

親切な赤の他人とは特にだ。


「ほら、ちょっと顔見せな!

 ズタボロじゃないか!

 これじゃあせっかくの男前が台無しだよ!」


男前ねえ……お世辞にも程がある。

どう見たって一方的にリンチされた負け犬の顔だ。

だから誰にも見せたくなかったのだ。

それがたとえ一生会うことのない相手だとしても。


「オバチャンこう見えて昔は看護婦だったの!

 チャチャっと手当てするから、そこ座んな!」


「いや、いいって

 これはなんつうか……男の勲章ってやつだ

 女には理解できないだろうし、ほっとけよ」


「何が男の勲章だい!

 どうせその辺の不良に絡まれてボコられたんだろ?

 いいから変な意地張ってないで手当てさせな!」


「……言っとくけどなぁ、相手は3人だったんだ

 俺はそいつらと戦って勝ったんだぜ?

 そんな凶暴なガキと関わるのはやめとけよ」


「まあ……!

 そりゃ尚更大変だ!

 アンタの手当てが終わったら、

 その3人の安否も確認しないとねえ!

 勝った側がこの有様じゃあ、

 負けた方はもっと酷いことになってるはずだ!」


「ぐっ……!」


少年の嘘はすぐにバレた。


相手の人数は本当だが、彼は負けたのだ。

中学生1人に対して高校生3人。

両者間によほどの実力差が無い限り、

一方的な展開になるのは目に見えている。




少年は観念し、おとなしく手当てを受けた。

ただ殴られていただけかと思いきや

自分でも気づかないうちに所々が切れており、

消毒液の痛みが闘争の熱を冷ましてゆく。


「アンタ、北中の生徒だろ?

 あの地域は昔からワルの巣窟だからねぇ

 アンタみたいなモヤシが狙われるのも無理ないね」


「だっ……モヤシとか言うなよ!」


「実際そうだろ?

 口では強がっちゃいるが身長(タッパ)も筋肉も無いし、

 髪染めやピアスの形跡も見当たらないしねえ

 何より、アンタは不良の目をしてないんだよ

 もしあの場所で生き延びたいというのなら、

 それ相応の格好をしなくちゃ潰されちまうよ」


オバチャンの指摘はごもっともだ。


少年の住む地域には

大小合わせて100以上の不良グループが存在し、

道を歩けば不良に当たる状態である。

彼らは常に他のグループと縄張り争いをしており、

目が合えば喧嘩、目が合わなくても喧嘩、と

暴力が日常茶飯事と化している。


警察は暴力団同士の抗争の対応に追われ、

子供の喧嘩なんぞにいちいち構っていられない。

そんな状況なので、自分の身を守るには

自分自身の手でどうにかしなければならない。


「それでアンタ、名前は?」


「……べつになんだっていいだろ」


「ふむふむ、十坂(とさか)(まさる)ねえ

 一瞬、十勝(とかち)って読みそうになっちゃったわ」


「があっ!?

 生徒手帳パクってんじゃねえ!!」


「その油断も命取りだよ

 現に財布を持ってないじゃないか

 例の高校生たちに奪われたんだろ?

 今度からはダミーの財布を用意しておくんだね」


「そんな、海外旅行じゃあるまいし……」


「いいや、あそこは海外みたいなもんさ

 日本の常識が通用するとは思わない方が賢明だよ」


まあたしかに外国人の姿をよく見かけるし、

いろんな国の輸入食料品店が点在している。

かつては闇市として栄えていたとかなんとか……。

その辺の事情が治安の悪さに繋がっているのだろう。




とりあえず手当てが終わり、十坂勝は立ち上がる。

これでもうこんな所に用は無い。

今度近くを通る時はこの店を避けよう。

二度と厄介になってたまるか。


「んじゃあ……

 あんがとな、一応……」


そう呟いて立ち去ろうとするが、

またもや襟首を掴まれて妨害される。


「んだあ〜っ!!

 首絞めんな!!」


「まあ待ちなって

 腹空かしてんだろ?

 余り物でよければ持っていきな」


「残飯なんざいらねーよ

 余計な気ぃ遣ってんじゃねえ」


「いいから持っていきな!

 素寒貧なんだろ!?

 アンタこそ変な気遣ってんじゃないよ!」


オバチャンはそう言うと返事を待たずに奥へ消え、

各種惣菜を袋にたっぷりと包んで戻ってきた。

それはもう、kg単位で。


「いや、そんなに食えねえって……」


「食い盛りの男子がなに情けないこと言ってんだい

 うちの娘ならこれくらいペロリと平らげちまうよ

 もし食い切れなかったら冷凍保存すりゃいいさ

 家に冷蔵庫くらいあんだろ?」


その質問には少し答えづらい。

十坂勝はどう答えようかと思い悩む。


「えっ、まさか無いのかい?

 それとも電気が止められて……」


「いや、そうじゃねえけど……

 俺は児童保護施設に住んでてよ、

 冷蔵庫とかの家電は他の連中と共同で使ってんだ

 ある日いきなり大量の食料が入ってたら、

 誰が持ち込んだんだって騒ぎになっちまうよ」


そして『また持ってこい』とタカられるだろう。

一度でもそれを許してしまえば、

次からはそれが当たり前になってしまう。

彼の住む施設も治安がよろしくないのだ。


「そうかい……

 それならしょうがないね

 帰り道で食い切れる程度にしておくよ」


「結局持たせるんだな……」




帰り道、公園のベンチに腰掛けて袋を開く。

中に入っていた2点の揚げ物は

形状からしてハムカツとコロッケと予想される。

そのハムカツの分厚さたるや、漫画の単行本並みだ。

今まで薄い物しか口にしたことがないので、

少年にとってこの未知との邂逅は衝撃的であった。


更に食パンも2枚付けられており、

それに挟んで食べろということなのだろう。

そして紙パックの野菜ジュースまで添えられており、

栄養バランスが偏らないようにという配慮が窺える。


袋に書かれた文字は“松本精肉店”。

そうか、あのオバチャンは松本さんというのか。




コンコン、と誰かが裏口を叩く音がする。

松本薫子(かおるこ)は(ああ、さっきの子か)と予想しながら

ガチャリと扉を開けて少年に尋ねた。


「なんだい、おかわりが欲しいのかい?

 うちのハムカツは絶品だろう?

 薄い方が好きって人も多いけど、

 あたしゃ断然分厚い派だねえ」


だが十坂勝が持つ袋は渡した時と同じ膨らみで、

状況的にまだ手をつけていないようだ。

それどころか彼は不機嫌そうな表情で、

その袋を店主に突き返そうとしてくるのだった。


彼がなぜそのような行動に出たのかは察しがつく。

まだ一口も食べていないのだから、

味が気に入らないとかの理由ではない。

彼女は余計なお節介をしてしまったのだ。


「ああ、うん

 お金まで付けたのはさすがにやりすぎだったね

 当面のお小遣いにと思ったんだけど……」


なんと気高い少年だろうか。

不良なら、いや、普通の少年であっても

それを『ラッキー』と受け取ったであろう。

だが彼はわざわざ返しに来たのだ。


現金3万円。

中学生にとっての大金を。


「アンタにも男の意地ってもんがあるんだね

 ……わかった、その金は受け取らなくていいよ

 でも、せめて食いモンは持っていっておくれ

 うちの自慢の味なんだ

 それを覚えてもらってほしいのさ」


十坂勝はどうすべきか悩む。


受け取った物を全て返すつもりで来たのに、

このハムカツは返さなくてもいいという流れだ。


それなら素直にそうしようか。

いや、それはなんかダサい気もする。

ここは潔く突き返すのが男らしい選択だろう。

しかし、もったいない……。



そんなことを考えていると、部屋の戸が開いて

新たな松本家の住民が登場したのだ。



「お母さ〜ん

 シャンプーの詰め替えってあるー?」



そこにはバスタオルを体に巻いた女性の姿が。

彼女はしっとりと髪を濡らしており、

全身からほのかに湯気が立っている。

直前まで風呂場にいたのだろう。


そういえばさっきオバチャンが

『うちの娘』という言葉を口にしていた。

kg単位で肉を平らげるとのことだったので

もっとふくよかな体型を想像していたが、違った。


バスタオル越しにでもわかる。

彼女は決して肥満体型ではないと。

だが胸だけは非常に大きかったのである。

そして顔はどちらかと言うと幼い方であり、

そのアンバランスさが脳に変な刺激を与える。


それは純情な男子中学生には衝撃的な光景であり、

時を止めるのに充分な魔力を秘めていた。


「やっ、ちょっとお!?

 お客さんいたのぉ!?

 先に言ってよも〜〜〜!!」


娘さんはそう叫び、大慌てで奥へと退散していった。



「…………」



十坂勝はしばらく何も言えず、

ただその場で呆けることしかできなかった。


「……あれでアンタと同い年だよ」


「嘘ぉ!?」






──それから5年後の春、2人は再会する。

魔法学園ではいつも顔を合わせていたが、

松本静香の実家で会うのは初めてだったのだ。


「よう、松本

 しばらく厄介になるぜ」


「え、えっ!? 十坂君!?

 なんでここにいるの!?

 厄介になるってどういう意味!?」


学園では極悪非道の不良と恐れられている彼が

突然我が家に現れ、同居するような発言をしたのだ。

彼女にとってみれば青天の霹靂である。


「ほら、静香

 今年は30人以上も進級したって言ってただろ?

 タワーの部屋割りを2人で1部屋にしても、

 それでも住む所が足りないって話じゃないか

 で、うちみたいに実家が近い生徒は

 そっちを利用しろってことになっただろ?」


「うん、それはわかるよ

 でもなんで十坂君が……?

 ここは十坂君の実家じゃないよね?」


「それなんだけどね……

 マサルちゃんにはしばらく、

 住み込みでバイトさせようと考えてんのよ

 うちで働いてるパートさんは女ばかりだけど、

 やっぱり男手もあると助かるからねえ」


「『マサルちゃん』!?

 なんか馴染むの早くない!?」


「まあいいじゃないの

 細かいことは気にしない♪」


「へっへっへっ

 なんたってここは肉屋だからな

 (まかな)いでたんまりとタダ飯食わせてもらうぜ」


「うぅ……っ

 それはいいけど、大丈夫かなあ?

 お客さん怖がらせたりしないかなあ?」


「それもなんとかなるわよー

 とにかくこれからよろしくね、マサルちゃん!」


「おうよ!」


「心配だなあ……」


十坂勝は悪い奴ではない。

その事実を松本静香は知っているが、

初見の者からすれば金髪赤モヒカンの少年であり、

端的に言うとおっかないのである。

それは客商売をしている身からすれば

大きなマイナス点であり、不安になるのも当然だ。


だがそれは心配無用というものである。

なにせ十坂勝は入学当初からこの店で働いており、

“目つきは悪いけど気前の良い店員さん”として

一定の人気を確立していたのだから。

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