3月後半
運命の日がやってきてしまった。
期末テストの返却日。
それはただの筆記試験でありながら、
これまでに多くの生徒を篩い落としてきた
最難関の進級条件である。
我々は冒険者である以前に高校生であって……
などと今更説教したところでもう遅い。
結果は既に出てしまったのだから。
今年の1年生は、32名が合格となった。
それは新入生の定員が100名に変更されて以来、
過去最多の新記録なんだそうだ。
「先輩!
やりましたよ!
私たち来月から2年生になります!」
「ああ、おめでとう!
お前たちならできると信じていたぞ!」
高崎亞里亞に立花希望。
この1年間、俺が個人的に指導してきた2人だ。
実際、彼女たちなら問題無いと確信していた。
1学期も2学期も赤点を取らなかったし、
わからない問題があれば素直に質問するという
とても教えやすい生徒なのだから。
まあそれでも、めでたいことには変わりない。
あとでお祝いをしてあげよう。
他の後輩とはあまり関わってこなかったが、
とりあえず最近接触のあった山田班からは
山田君、神崎さん、中野さん、水原さん
の4名が進級を果たせたようだ。
神崎さんの個人指導を担当した正堂君は
喜びを隠し切れない様子だった。
その気持ちはよくわかる。
手塩にかけた愛弟子が立派に成長してくれたのだ。
なんというか、感謝の気持ちで一杯になる。
あと特筆すべきは七瀬圭介くらいか。
学業成績はトップ、個人戦でも全勝無敗で1位、
そしてトーナメントで優勝を果たしたという
非の打ち所がない優等生だ。
何かにつけて眼鏡の位置を直す仕草をするが、
あれはフレームが合わないとかの問題ではなく、
どうやら心のスイッチを切り替える儀式らしい。
そういう儀式は別段珍しいものではない。
例えば仕事に取り掛かる前に関節を鳴らしたり、
食後に一服しないと落ち着かなかったり、
抱き枕が無いと寝つけない、など
人にはそれぞれ精神を安定させる方法がある。
彼の場合は“眼鏡の位置を直す”がそれに該当し、
眼鏡人口が少ないので目立っているだけだろう。
まあどうでもいいが。
「げっ、マジかよ……」
「ん?
ヒロシ、どうかしたか?」
眉をしかめるヒロシの視線の先には……
「おっしゃあああ!!
テストは赤点だったけど、
なんか命拾いしたぜ!!」
有馬力……。
彼は先月の進級試験で暴走した挙句、
謝罪も反省もしないどころか『先輩のせいだ』と
ヒロシに責任転嫁しようとしたらしい。
「そういやあいつ、1組の生徒だったっけ……
よほど貴重な才能の持ち主だったんだろうなあ
……くそっ、これも学園長の一存ってやつか!?
あのジジイ、どんだけ人を見る目が無いんだよ!」
去年は進級試験に落ちた玉置が生き残った。
それでは一体なんのための試験なんだ……?
この欠陥システムは速やかに見直すべきだろう。
1年生の状況を把握後、2年生の方で問題が起きた。
緊急会議の影響でテストの返却が遅れていたのだが、
その会議の内容が耳を疑うものだったのだ。
──議題は“杉田雪と高音凛々子の処遇について”で、
件の2人は残念ながら赤点を取ってしまったらしい。
しかし今年は大きな事件が立て続けに起こり、
そちらの処理を優先せざるを得ない状況だった。
3学期には何事も起こらなかったとはいえ、
元々学業成績の悪い彼女たちにとっては
充分な勉強時間があったとは言い難い。
「以上の事情を汲み、今回は特例措置として
彼女たちの赤点を見逃してやるべきかと」
「フン、何を言い出すかと思えば……
それでは試験の意味が無いではないか!
真面目に勉強していればよかったろうに、
そいつらはやる気が無かったから落ちたのだ!」
「その時間が不充分だったという話をしています
1学期と2学期の学習理解度がそのままだったのも
大きく影響していたことでしょう
ちなみに補習や再試の免除に関しては、
学園長も納得していたではありませんか
このような事態になるのも予測できたのでは?」
「むむ、貴様……!
まるで私に責任があるような物言いではないか!
それは教師共の教え方が悪かったのだろう!?
学習理解度なんぞ根性でどうにかせい!」
「あなたは学園の責任者でしょうに……
それはともかく、あの2人は元1組の生徒ですよ
どちらも非常に高い攻撃性能の持ち主で、
例の2大事件ではその火力を存分に発揮して
数々の強敵を屠ったと記録にあります
とても優秀な冒険者であるのは間違いありません
手放すべきではないと思いますよ」
「フン、なぁにが優秀な冒険者だ……!
その2人はどちらも天才だとか騒がれていたが、
個人戦でもトーナメントでも負けただろう!
この私に大損させたのだ……その罪は重いぞ!」
「ん……えっ、大損……って、いやいや……
それはもう去年の話じゃないですか
それに、対人戦で負けたからといって
冒険者としての価値は揺らぎませんよ」
「揺らぐ……!!
この私が価値無しと判断したのだ!!
つべこべ言わずに従え!!」
「そんな、横暴が過ぎますよ」
「これは横暴などではない!!
……ついでに進道千里とかいうクズも退学だ!!
トーナメント優勝候補とか云われていたのに、
途中でよくわからんザコにやられたではないか!!
そんな軟弱者に用は無い!!」
「完全にとばっちりじゃないですか
賭けに負けた腹いせで退学にするとか、
理不尽にも程がありますよ」
「それからあのモヒカン野郎もだ!!
あいつ絶対に不良だろう!!
校則違反でしょっぴいてしまえ!!」
「彼は何も違反なんて犯していませんよ
髪型も色も自由ですし」
「あと、あの陰気臭いロン毛の奴も飛ばせ!!
理由はそうだな……気持ち悪いからだ!!」
「ここまで納得できる理由が
1つも見当たらないのですが……」
「ええい、面倒だ!!
もうこうなったら全員退学にしてしまえ!!
どいつもこいつも使えん奴らだからな!!
これは決定事項だ!! 異論は認めんぞ!!」
「いや学園長、全員退学って……
ご自身が何を仰っているか理解していますか?
……少し休憩を挟んだ方がよさそうですね
一度頭を冷やしてから再度話し合いましょう」
「貴様、誰に向かって口を聞いている!!
この私を判断力の衰えたジジイ扱いするか!!
不愉快だ!! 帰らせてもらう!!」
学園長が席を立ち上がると同時に会議室の扉が開き、
職員一同は否応無しにそちらの方向に注目した。
そこに立っていたのは白髪の老人だが、
なんというか目に力があり、腰は曲がっておらず、
武道の達人のような貫禄をその身に纏っていた。
それもそのはず、彼は只者ではない。
名を不破夏男といい、
なんかもう色々とすごい人だ。
魔道工学の第一人者、
不破開発の社長、
不破グループの会長、
国際冒険者連盟の初代議長、
魔法学園の創立者にして現理事長、
そして世界一の億万長者。
肩書きがありすぎて、どう呼べばいいのか迷う。
「まあ、今は学園関係者として来ておるから、
この場合は『理事長』がふさわしいじゃろうな」
「りっ、りり理事長……!!
なぜこのような場所へ……!?
お越しになるのなら、連絡を下されば
おもてなしの準備を致しましたのに……!!」
先程まで偉そうな態度だった学園長が、
顔面蒼白になって必死に取り繕う。
この変わり身の早さよ。
「わしの建てた学園にわしが訪れるのは、
そこまで驚くようなことかね?」
「い、いえいえいえ!!
そのようなことは一切思っておりません!!
まったく、これっぽっちも……はい!!」
「ふむ、まあええじゃろう
……ところで立ち聞きする気は無かったんじゃが、
お主の声が廊下まで響いてきたもんで
つい会議の内容が気になってしまってな
少し確認させてもらってもよいかな?」
「え、あの、確認……ですか……?
それは……はい、どうぞ……」
学園長は顔面蒼白な上に冷や汗をダラダラと流す。
全身は震え上がり、歯はガチガチと音を立てる。
理事長に対して何か失礼な発言をしてしまわないか、
気に障るような態度を取ってしまわないか、
頭の中はそれだけで一杯だった。
もう手遅れだとも知らずに。
「では単刀直入に尋ねるが、
現2年生を全員退学させようというのは本気かね?」
「えっ!?
あ、いやっ、それは、その……!!」
学園長の頭が真っ白になる。
否、元より理事長のご機嫌取りしか頭に無いので、
つい先程言い放った自らの発言さえ思い出せない。
「どうなんだ、学園長?
わしの耳が遠くなっていなければ、
お主は『どいつもこいつも使えん』という理由で
わしのお気に入りを含めた全員を
退学させる意向のようだが……」
「りっ、理事長のお気に入りですと!?
それは一体どの生徒でありますか……!?」
「……それを知ってどうなる?
もう決定事項なんじゃろ?
異論は認めないのじゃろ?
人事権を持っているお主がそう決めたのなら、
わしがその決定を覆すことはできんよ」
「やっ、え、いやいやいや!!
それは誤解なんです!!
…………
私はただ、あの子たちが全員、
『魔法大学へ行けるといいな』
と願望を語っていただけなんですよ!!
ほら、『大学』と『退学』って
似てるじゃないですか!!」
「『大学』と『退学』……ほう」
学園長がにへらにへらと不気味な笑みを浮かべるも、
理事長は冷たい眼差しでその道化を見つめ続ける。
会議室に居合わせた職員たちは緊張のあまり固まり、
物言わぬ背景と化したまま成り行きを見守った。
「ふっ、ふはははは……!!
なるほど、そういうことか!!
『大学』と『退学』……そうかそうか!!
たしかに似てないこともないやもしれんな!!」
と、理事長が膝を叩きながら爆笑するが、
現場の空気は依然として氷のように冷え切っていた。
無論、作り笑いだろう。
あるいは学園長のあまりにお粗末な言い訳に対して
つい噴き出してしまったのかもしれない。
いずれにせよ、面白くて笑ったのではない。
呆れているのだ。
「あっははははは!!
そうでしょうそうでしょう!!
世の中には似ている言葉ってありますよねえ!!
私は決して理事長のお気に入りの生徒を
退学させようなどとは考えておりませんので、
これからもご安心ください!!」
学園長は満面の笑みで、そう言い放った。
これでひとまず誤魔化せた。
危うく取り返しのつかないことをしそうになったが、
我ながらピンチに強いタイプだと感心する。
「そうかそうか、それが聞けて安心じゃ
……しかし、それだと1つ気がかりが残るのう」
「へ?
気がかり、と言いますと……?」
理事長の顔から、直前までの笑顔が消える。
だが怒ったり悲しんだりといった表情ではなく、
それは精密機器のように無機質な真顔であった。
「『杉田雪、高音凛々子、進道千里は
対人戦で負けたから退学』
『十坂勝は絶対に不良だから退学』
『栗林努は気持ち悪いから退学』
『面倒だから全員退学』
……たしかにそう聞こえたんじゃが、
わしはそれら全てを聞き間違えたのか?
先月受けたばかりの健康診断では
20代並みの聴力だと褒められたが、
やはり老いには勝てんということか……」
「ぁ…………」
「それで……どうなんだ、学園長?
このわしが聴力の衰えたジジイなのか、
貴様が判断力の衰えたジジイなのか、
そこのところをはっきりさせてもらいたい」
「ぇ、ぃゃ…………」
「おい、なんだその小さな声は?
それで喋っているつもりか?
やる気が無いんじゃないのか?
根性はどうした? 気合いを感じられんぞ
貴様はそういう時代錯誤としか言いようがない、
クソくだらん精神論が好きなのだろう?
昔はいい時代だったと思っているのだろう?
ならば貴様の好きなやり方でやらせてもらうぞ
……まずはその腐った性根を叩き直してやる
校舎の1階から屋上までウサギ跳び10周してこい
それ以外の移動をしたら最初からやり直しだ」
「ええっ!?
いやいやいや……無理ですよ!!
そんなことしたら膝が壊れちゃいますよ!!」
「ああ、よく知っとるよ
なにせわしはその世代の人間なんでな
狂った大人から無意味な運動を強要されて、
体を壊していった同級生を何十人と見てきた
そういう者たちがなんと呼ばれたか知っとるか?
ほら、貴様が大好きなあの言葉じゃ」
「い、いえ……わかりません」
「…………この軟弱者めがっ!!!」
「ひいいいぃぃっ!!」
──というやり取りが行われたらしく、
今年の2年生12名は全員進級が認められたのだ。
「なんだよヒヤヒヤさせやがって……
その理事長とかいうのが来なかったら、
オレは学校辞めさせられてたってことだよな?
危ねえ危ねえ……」
「リリコ、危なかったのは俺たち全員だぞ」
「細けえこたぁいいんだよ
まあそれより、オレたちの戦いはこれからだな」
「え、ちょっ……リリコちゃん!?
その台詞、あとで俺が言おうと思ってたのに!!」
不意打ちを喰らい、ヒロシが動揺する。
そういえば去年も言っていたな……
元ネタがわからない。
何かの漫画の台詞なのだろうか?
インターネットで調べてもはっきりしない。
──そして後日、もう1つの大事な日がやってきた。
卒業式。
当関東魔法学園における卒業式では、
一般の学校でありがちな「桜の蕾も膨らんで〜」
のような送辞、答辞といったものは存在しない。
ただ学園長が長話をしてから卒業証書を配り、
また学園長が長話をして終わるだけだ。
……のはずだったのだが、
先日理事長にしごかれたせいか学園長は出席せず、
無駄な長話が丸々カットされたのだ。
今頃ベッドで筋肉痛と戦っているのだろう。
まあ、その工程を省けたのは素直に嬉しいが、
それよりも訓練官や通常授業の先生方が壇上から
「卒業おめでとう」と一言ずつ仰ってくださり、
それがまたいい味を出してくれたのである。
やはり「昔は良かった」とか「最近の若い奴は」
なんて唐突に実のない話をされるよりも、
心を込めた短い言葉の方が届くというものだ。
来年も学園長には欠席していただきたい。
「うっ、うぐっ……ひっぐ!
俺……まだ卒業したくね〜よ〜〜〜!!」
「マサシ……
そういえば中学の卒業式でも泣いていたな」
お調子者だがやる時はやる宮本先輩に、
常時安定感のあった佐々木先輩のコンビ。
思えばこの人たちが最初に関わった先輩だ。
なんだかんだで色々と教えてもらったな……。
2人は卒業後もコンビで活動する予定らしく、
主に若手の足りていない地方を渡り歩いて
じわじわと名を広めてゆきたいそうだ。
「……おいヒロシぃ!」
「はい、先輩……!」
おっと、宮本先輩がお気に入りの後輩と
最後の挨拶を済ませるようだ。
これは空気を読んで席を外すべきか……?
「……お前に貸してた五輪書、
親父のだから返せよな!」
「あ、はい……
部屋にあるんで持ってきます……」
……なんともいえない。
黒岩先輩に挨拶しようとしたら先客がいたので、
俺は邪魔をしないよう物陰に隠れて気配を消した。
「ほら、お兄ちゃん!
先生も思い切って、もっとくっついて!」
カメラを持っているのは彼の妹であるましろだが、
先輩の隣に立つ被写体が少し意外というか……
先輩と顔や雰囲気がそっくりな内藤先生だ。
2人並べると本当の親子のようにも見える。
彼らはそのネタでからかわれるのを嫌い、
これまでお互いに距離を置いてきた気がする。
が、今日で最後ということもあり、
先生は文句を言わずツーショット撮影に
応じてくれているようだ。
「なあ、ましろ……もういいだろ?
これ以上は先生に迷惑が……」
先輩は気まずそうに撮影を切り上げようとしている。
だがその思い虚しくシャッター攻撃は続き、
興味を持った他の生徒たちも便乗し始めた。
これはもう話しかける機会を失ったな。
そう思って立ち去ろうとした時、
意外な人物がその輪の中に入ってゆくのが見えた。
「あ、ユキちゃんも撮る?」
「うん、そうしたい
それで構図のリクエストがあるんだけど……」
と、何やらメモを取り出して理想の構図を伝える。
被写体たちは少し首を傾げながらもそれに従い、
カメラを並木に預けて彼女に撮影を任せた。
写真の出来栄えがどうなったかはわからないが、
とりあえず被写体の並びは
黒岩先輩を中心にユキとましろが両隣に立ち、
内藤先生はユキと先輩の中間の背後という
まあなんともいえない立ち位置だった。
どういうこだわりでその構図をリクエストしたのか、
それはきっとユキ本人にしかわからないだろう。
加藤先輩は1年生の女子に囲まれ、
1人1人に対してサインを書いている。
そしてサインだけでなく握手のおまけ付きだ。
その光景は『まるでアイドルのようだった』らしい。
実物を見たことはないが、きっとそうなのだろう。
それを校舎の陰から注視する者が1名。
俺は彼女を刺激しないように、
背後からそっと声を掛けた。
「工藤先輩
ご卒業おめでとうございます」
「うわあっ!?
いきなり話しかけんな馬鹿!!」
まあ、どうやっても怒られる予感はしていた。
ただどこかのタイミングで話しかけておかないと、
卒業の挨拶をしないままになりそうだったのだ。
最後まで苦手な先輩という認識で
終わってしまうのは少し残念に思うが、
今更仲良くやりましょうと申し出たところで
それは気持ち悪いだけだろう。
とりあえず挨拶は済ませた。
彼女と会うことはもう無い。
……とは言い切れない。
工藤先輩、加藤先輩、黒岩先輩の3名は
魔法大学に進学したので、再会する可能性が高い。
というのも俺もその場所には興味があり、
学園卒業後には通うつもりでいるのだ。
なにせそこは国内で唯一、
冒険者が通ってもいい大学なのだから。
そして最後の先輩にも挨拶をして、
今年度の締めとさせていただこう。
「あぁ、今年も無事に
みんなの卒業を見送ることができたわ……!」
不破先輩は来月から高校7年生になる。
基本情報
氏名:高崎 亞里亞 (たかさき ありあ)
性別:女
サイズ:F
年齢:16歳 (2月22日生まれ)
身長:155cm
体重:51kg
血液型:A型
アルカナ:恋人
属性:炎
武器:鎖鎌 (暗器)
武器:手裏剣 (暗器)
武器:吹き矢(長) (暗器)
防具:肉球天国(わんこ) (衣装)
アクセサリー:新約魔物図鑑
アクセサリー:こけし
アクセサリー:水玉リボン
能力評価 (7段階)
P:5
S:6
T:4
F:4
C:6
登録魔法
・ファイヤーストーム
・リベリオン
・マジックシールド
・バインド
・エクリプス
・ディーツァウバーフレーテ
・ディスペル
・ソウルゲイン