5.姉side
「これでロイドの奴も普通の生活ができますね」
やれやれとエリックが助手席で肩を下ろしている。彼は心底疲れきっていた。無理もない。あの子を相手にして疲れない方がどうかしているもの。私だって弟じゃなければとっくの昔に放り出してやるところだわ。
「そうだといいわね」
「どういう意味です?」
エリックがこちらを見てくる。弟の幼馴染の彼とは小さい頃からよく知っている。家の仕事関係でアメリカに行くまでは家族ぐるみでの付き合いだった。私にとって、もう一人の弟みたいな存在だわ。
ロイドにとっても数少ない友人。というか、ぶっちゃけ彼以外にまともに友人と呼べる存在っていないんじゃないかしら?
学生時代がアレだったせいで。
「エリック、あの子を甘く見ちゃだめよ」
私は前を向いたまま呟いた。
「はい?」
「ロイドの生活能力のなさは人類最凶よ」
おもわず溜息が出る。どうして私の身内は揃いも揃ってこうも厄介なのか。二人の兄は離婚歴アリの醜聞まみれ。なまじ仕事ができているから手に負えないのよね。まあ、それでもロイドよりかは遥かにマシな部類だわ。
「私の勘だけど、恐らくホテル側が白旗を上げるのに一ヶ月も掛からないと思うわ」
「え?」
「いい?あの子は自分の生活能力が底辺の中の底辺だという自覚が薄いの。おまけに極度のこだわり型。あんなゴミ部屋に居ながら妙な処で潔癖という極端な性格なのよ。だから必要最低限しかホテルスタッフを部屋には入れないでしょうね。きっとホテルの部屋にある機材を大半壊し終えた後に呼び出すんじゃないかしら?きっと普通のホテルなら早々に音を上げて『お帰り下さい』って言うわ。だからうちの経営しているホテルにあの子を放り込んだのよ。一応、雇用主の息子。限界ギリギリまで頑張ってくれるはずだわ。まあ、それでも一ヶ月持つかどうか……」
私が淡々と語る内容を聞いてエリックの顔色がどんどん悪くなっていく。どうやら彼もロイドがそこまで酷いとは予想していなかったのね。それも無理ないわ。二人が再会したのは社会人になってからだもの。エリックの記憶にあるロイドは幼い頃の姿がより鮮明のはず。使用人がいないと生きていけない典型的なお坊ちゃまの癖に弟はそういった事を毛嫌いしていた。
「エリック、あなたが見ているロイドの姿は氷山の一角に過ぎないわ」
ちらりと隣を盗み見た。そこには愕然とした表情をした青年の姿があった。
一週間後、ホテルから苦情が来た。
【連絡先の住所を確認した所、こちらになっておりましたので御報告させていただきます。特別室のお客様でございますが、三日のうちに備え付けのレンジとポットを破壊してしまいまして。また部屋の備品もいくつか破壊されていました。なんでも茹で卵を作ろうとなさったとか。ご存知の通り当ホテルの特別室は防音がしっかりしておりますので今まで気が付きませんでした。従業員の中には部屋に入った途端に過呼吸を起こす者も出る始末です。このままでは営業に支障をきたす恐れがあります。なので誠に勝手ながら当ホテルから退出させてください。勿論、宿泊代などは一切要りません。これ以上の被害が及ぶ前にお願い致します】
私宛のクレームの手紙。
この手紙を読んだ瞬間、エリックは泡吹いて倒れてしまったわ。
可哀想に。