お嬢様のご所望は
結果から言おう、もちろんダメだった。
そりゃあ当たり前だろう、自分の娘が付き合ってもいない男と一緒に寝たいなんて言われてOKする親がどこにいるんだという話だ。
俺だってそんなことを言われたら即答でダメだと言うだろう。
「パパはやっぱりケチだわ」
「……そう言ってやるなよ、どう考えても義さんが言ってることが正論なんだからさ」
「前も一緒に寝たんだからいいじゃない」
詩織は納得がいかないと言わんばかりに、口をとがらせて拗ねている。
「ほんと、そのことを義さんに言わないでくれよ? いや、結構マジで」
さっきの電話中も何度詩織が言いかけて止めたことか……。
前回会った時も釘を刺されたばかりなのに、ばれたらいよいよ怒られそうだ。
「一緒に寝るのは無理だけど、それ以外ならなんでもするから機嫌直してくれよ」
「なんでも?」
「……俺ができる範囲でならな」
「じゃあ、ぎゅってして撫でて?」
「えっ、いや、流石にそれは……」
一緒に寝るのもハードルは高いが、それはそれで同じくらいハードルが高いのではないだろうか……。
最近の詩織の要求がどんどん良くない方向に向かっている気がするのだが、断れない俺にも責任がある気はしているので、今回こそは断ろうと思ったのだが……。
「誠はなんでもって言った」
「そうだけど、それは――」
「だめ……?」
上目遣いと目をウルウルさせるコンボで来られると、非常にマズい。
こちらが正しいことを言っているはずなのに、自分が悪いことをしているような、そんな感覚に陥ってしまう……。
「ぐっ……一回だけだぞ」
「うんっ」
それをされてOKを出してしまうあたり、俺も義さんに親バカだ、なんて言えなくなってきた気がする。
でも仕方ないじゃないか、断る方が難しいってもんだ。
俺は悪くないぞ、うん、俺が悪いわけじゃないんだ、詩織が可愛すぎるのが悪い……。
俺が了承すると、さっそくと言わんばかりに詩織が手を広げて待っている。
心の準備をさせて欲しいのだが、今か今かと待っている詩織を前に時間をかける訳にもいかないので、一度大きく深呼吸して覚悟を決める。
両腕で詩織の体をこちらに引き寄せると、頭が丁度胸のあたりに来るので、甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
撫でることもご所望だったので、抱き寄せていた右手を背中から離して頭に持っていき、そっとサラサラな髪に指を通す。
正直なところ緊張で、心臓がバクバクと音を立てているので、胸のあたりに顔をうずめている詩織には間違いなく聞こえてるんだろうなと思うと、さらに心臓の鼓動が早くなる。
しばらくこの体勢のまま撫で続けていたのだが、終わり時が分からない……。
少し撫でるのを中断すると、寂しそうな目で胸の辺りからこちらを見上げてくるので終わろうにも終われない。
しかし、ずっとこのままというのは俺の精神衛生上よろしくないので、もうちょっとだけ続けた後にさっと詩織から離れる。
「あっ……」
もの惜しげにこちらを見てくる詩織を見て悪いことをした気分になるが、時計を見ればさっきのことを一五分も続けていたのだから許してほしい。
「また今度な」
「ほんとに今度してくれる?」
「……どうしてもって言うなら、その時にまた考えるよ」
「ケチね」
「ケチで結構だ……」
離れて少し経つが、未だに心臓がバクバクと音を立てているので、しばらくは勘弁して欲しいところだ。
とりあえず、夜ご飯を作らねばならないので、それを理由にそそくさとキッチンの方に逃げる。
逃げて料理を開始したのはいいのだが、さっきの余韻がまだ腕の中に残っており、何度も包丁で指を切ってしまいそうになりながら、完成までいつもの倍近くの時間がかかってしまった。
何事にも動じない鋼のメンタルが欲しいと、そう思った一日だった……。
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