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理性が危うい



 ペタペタと、後ろから聞こえる足音がどんどんこちらに近づいてきて、俺の真後ろで止まる。


「先ずは誠からね」

「いや、詩織からだろ、身体冷えちゃうだろ? さっきくしゃみとかもしてたんだから早く温まらないと」

「でもいつも誠がやってくれるから、今日は誠が先」

「でもここ、露天風呂なんだし実質外みたいなものだからタオル一枚だと寒いだろ? だから詩織の方が先だ」

「でも、待ってた誠の方が寒いから誠が先」


 しばらくお互いに、でも、でも、と言い合っていたのだが、詩織の目が私は絶対に引かないと語っていたので、言い合って二人とも身体を洗えない時間が伸びるよりは、とっとと洗ってもらった方がいいのではないか。


「……分かったよ、言い合ってる間にも身体が冷えちゃうから、今回は俺が折れるよ。ただし、背中だけだぞ?」

「わがままね」

「それはこっちのセリフなんだけど!?」


 いつものようなふざけた会話をしたおかげか、少し緊張が解けた気がする。ほんとに少しだけど……


 先に洗ってくれるということなので、後ろから手が伸びてきて台の上にあるボディーソープを取ろうと詩織が前かがみになる。

 ......ということは、前に座っている俺の背中に、柔らかい感触が二つ押し付けられる訳で……


「ッ――」


 ゴリゴリと理性が削られて行くのが分かる。幸いにもすぐに取れたのか、背中に当たっていた感触はなくなるのだが、だからといって冷静に戻れるかというと、そんなわけがない。頭の中はさっきの柔らかい感触でいっぱいだった。


 少しすると、背中にスポンジが当てられてゴシゴシと擦られる。


「どう?」

「……ああ、いい感じだよ」

「ならよかった」


 初めて洗うので心配だったのか、安堵した声が聞こえるが俺はそれどころではない。

 何とか洗い終わるまでに平常心に戻れるように深呼吸を何度もして、頭の中を無にする。


「誠の背中って大きいわ」

「そりゃあ男だからな」

「――終わったから流すわね」

「待ってくれ」

「ん? どうかしたの?」


 俺は学んだんだ、シャワーは俺の前にあるので間違いなく詩織は手を伸ばそうとするだろう、ということは、さっきと同じ事件が発生するに違いない。しかし、分かっていれば回避する事だってできる。そう、俺が取って渡せばいいのだ。


 ……ちょっともったいないなんて、思ってないからね? ……ほんとだよ?



「俺が取るから」

「私だって手を伸ばせば届くわ」

「洗ってもらってるのは俺なんだ、それぐらいはしてもいいだろ?」

「むぅ、分かったわ」


 というわけで、俺がシャワーを取って詩織に渡す。事故は未然に防ぐことができた訳だ。


「じゃあ次は誠の番ね」

「先ずは頭からな」


 俺は椅子から立ち上がって、なるべく詩織のほうを見ないように後ろに回る。


「タオルを外すのは後?」

「頭洗い終わってからにしてくれ」

「でも、流すときにタオルにもシャンプーがついちゃうわ」

「……そうか、詩織が嫌なら外してもいいけど……」

「じゃあ外すわ」


 そう言った後、詩織は椅子に座ったままスルスルっとタオルを外す。


 心を静めるんだ。心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却……


 無心でシャンプーを泡立てて、いつものように詩織の頭を洗い始める。


「どうだ?」

「左耳の上あたりがちょっと痒いわ」

「分かった」

「……んっ」


 変な声出さないで!? 耳に手が当たったのは悪いけどさ……

 

「――じゃあ流すぞ? 目つぶっとけよ」

「ん」


 シャワーで詩織の綺麗で長い髪に付いたシャンプーを洗い流していく。


「じゃあ身体洗うけど、今日は背中だけな。後は自分でやるんだぞ?」

「むぅ、どうしても?」

「ああ、どうしてもだ」

「……分かった」


 とても不服そうにしているが、それだけは勘弁してほしい。義さんにも手を出すなと釘を刺されているし、何より詩織を傷つけたくない。

 ギリギリ保てている理性をこれ以上削るのは避けたいので、流石にそれは無理なお願いだ。


 スポンジを取ってボディーソープを付けて背中を洗い始める。


 いつ見ても、詩織は真っ白でシミ一つないすべすべな肌だ。日焼け対策以外はほとんど肌のケアをしていないというのだから驚きだ。

 全国、いや、全世界の女性から羨ましがられそうな肌である。


「こんなもんか?」

「腕もやって」

「仕方ないな、ほら、ちょっと手をあげろ」


 腕を洗うために少し俺が前に行くと、今まで見えなかった大きなものが上から見えそうになり、バッと後ろに下がる。

 危なかった、ほんとに今のは危なかった。後数センチ顔を下にしていたらソレが見えていたことだろう。


 そんな時だった、詩織が腕を洗われないのを不思議に思ったのか振り向いてしまったのだ。

 そう、振り向いてしまったのである。


 …………………………


「ギャーーッ、お、おま、なんで振り向いたんだよ、ってか早く前を向け前を!」

「うるさいわ、誠が洗ってくれないから気になったんじゃない」

「悪かった、俺が悪かったから早く前向いて下さいお願いしますから!」




 その後のお風呂の中でのことはボーっとしていてほとんど覚えていない。

 よっぽどの事があると人間って記憶が曖昧になるんだなって、初めて知ったよ……


 温泉をほぼ独占できるんだから結構楽しみにしてたんだけどな……


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