私だって
ほかの人たちも班決めが終わり、林間学校ですることや注意事項などを先生から聞いていると、あっという間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ帰るとするか」
「ん」
「……なんか俺ダメなことしたか?」
「どうして?」
「だって詩織機嫌悪そうだしさ」
詩織の顔を見てみると少しムスッとしていたので、心当たりのない俺は聞いてみることにする。
出会って間もない頃はそういうのは分からなかったのだが、最近ではそういうのが分かるようになってきた。
少し経っても何も言ってくれないので、とりあえず家に帰ってからまた聞くことにして俺達は学校を後にする。
「で、どうして機嫌が悪そうなんですかお嬢様、教えてくれないと今日のおかずにピーマン入れますよ」
「……それは卑怯よ、あとその喋り方は止めて」
「ごめんってしゃべり方は戻すからさ」
頑なに喋ろうとしないので、そろそろ時間も遅くなってくるし、とりあえず晩御飯を作りにキッチンへと向かう。
とリビングを出ようとしたときに、詩織が話し出した。
「少し寂しかったの」
「寂しい?」
「誠が新しくいろんな人と仲良く喋ってて、私は置いてけぼりだったもの」
確かに思い返してみると、柊さんや中野さん、優斗と喋っていた時に詩織はほとんど会話に参加していなかった。
俺以外の三人は、詩織が一条財閥のご令嬢ということもあって気後れして話せなかったというのもあるのだろうが、俺はいつも喋っているのにその時は詩織を放置して喋っていたのを思い出して後悔する。
少し寂しそうな顔をしているのを見て、俺は思わず詩織を抱きしめていた。
その瞬間、詩織の甘くてとても優しい匂いが広がる。
「少しくるしいわ」
「悪い、でもどうしても抱きしめたくなったんだ」
「……誠って意外と大きいのね」
「そういう詩織は力を入れたら折れてしまいそうなほどに細いな」
しばらくの間抱きしめた後、流石に恥ずかしくなってきたので離れると、詩織は名残惜しそうに俺の顔を見てくる。
「……もう終わり?」
「そんな目で見られても終わりだよ」
「もう少しだけ、ダメ?」
「うっ……また今度な」
今これ以上抱きしめるのはかなりしんどいものがあるので断らせてもらう。
「なら明日もやってね」
「マジで言ってるのか」
「マジよ、なんなら毎日してほしいくらいよ」
「俺とのハグのどこがいいんだよ……」
「誠の匂いに包まれて、なんだかとても落ち着くの。それに――」
「あー、わかったから解説しないでくれ、俺が恥ずかしくてしぬ」
いつもの自分では全く考えられないような行動に、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分なのだが、後悔はあまりしていない。
あのまま寂しげな詩織を放っておくなんてことをしていたほうが、もっと後悔しただろうし、そんなことはしたくなかった。
結果として詩織はいつも通り、いや、いつも以上に嬉しそうにしているので、俺としてもとても嬉しくなった。
「とりあえず晩御飯作ってくる」
「待ってるわ」
「おう、今日は詩織の好きなハンバーグを作る日だから楽しみに待っててくれ」
それだけ言って俺は今日の晩御飯を作り始める。
そういえば、初めてここに来た時に作ったのもハンバーグだったな。
まだ出会って一か月くらいしか経っていないが、長い間一緒にいる気がするのは詩織と一緒にいるのが当たり前になって、それが心地良いと思い始めたからだろうか。
今までの生活を振り返りながら、手元のお肉の形を丁寧に整えていく――。
「よし、詩織ーできたから自分のを運んでくれ……って、寝てるのか?」
キッチンからリビングを見てみると、詩織はソファーの上で横になっている。
今日はいろいろあったし疲れたのだろう。とりあえず風邪をひいたらいけないので、棚からブランケットを出してかける。
そっと頭に手を近づけて撫でようとすると、詩織に手を取られてその手に頬ずりをされる。
起こしてしまったかと思って顔を見てみるが、寝ぼけているだけのようだ。
手を全く放してくれないことに苦笑しつつ、もう片方の手でそっと頭を撫でる。
「おやすみ、詩織」




