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追憶の列車  作者: いまの
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求めた結果

僕は映画館のソファでトイレから友達が戻ってくるのを待つ。

手に握られたチケットには2021年3月8日、シン・エヴァンゲリオン劇場版:||と印字されている。

長い延期を超えてやっと今日、上映される。

すごく楽しみにしていたのだけど、映画館に着くまでにテンションはかなり下がっていた。


─1時間前


朝の8時半に友達と待ち合わせていた。

自転車で映画館までの道のりが残り半分のところで僕はある事に気づいた。

尻ポケットに入れていた黒い長財布を落としてしまった。

友達には落とした事を伝え、先に行っててもらうことにした。

ありがたいことに、チケットは代わりに買っておいてくれるようだ。

彼も一度、財布を落としていたみたいで「とりあえず落ち着け」と言葉をかけてくれた。

とりあえず、学生証の代わりになる物を家に取りに家へ戻る。

やらかしたなぁと道を戻るけど財布は見当たらなかった。

家へ帰ると、母親は布団でスマホをいじっている。

僕はどうせ何か言われると思いながら、口を開いた。


「自転車乗ってたら財布落とした。身分証の代わりになる物ない?」

「はぁ?なんで落とすのかわかんない。吉野家のカードは?」


は・・・?

さらっと全国チェーン牛丼店よりも自分の重要度の低さを思い知らされる。

吉野家のカードには1500円ほどがチャージされている。

あいにく、持ち歩いてなかったので失くすことはなかったが僕はその一言で気分が悪くなった。

黙って僕は映画館に向かった。

はぁ。とため息をつきながら自転車を漕ぐ。

途中の信号で友人に「上映時間前に着く。」とLINEを送る。

返信で、今回は学生証無しでも大丈夫な事を知って安心した。

そんなことがありながらも、心を映画に向ける。

2時間35分にわたるストーリー、映像と共に出来は最高だった。

劇場の電灯がつき始め、お互いに感動を噛みしめる。


「終わったああああ。」

「うおおおお見てよかったあああ。」


大きな流れの終わりを身に感じて、生きた実感に体が震えた。

帰り道にこのシーンはこの解釈であってるんじゃないか、あのシーンの気持ちすげぇわかるよなって興奮は冷めないままだった。

僕は警察署に行って遺失物届を出した。

すぐ近くの交番に誰かが届けてくれていたみたいで、明日になるとこっちの警察署に届くようなので明日受け取ることにした。

友人と別れて家に帰り、母親に財布の事を話す。

馬鹿だの落とすなんて訳が分からないなどの言葉に苛立ちを覚えながら、母親を無視して僕は部屋に戻る。

朝早くからの疲れもあって僕はそのまま眠ってしまった。

目を覚ましてスマホを見ると22時を過ぎていた。

しばらくしてから父親が帰ってきて、財布の事を話していた。

母親の横やりが入る。


「ほんと馬鹿じゃないの!!普通落とさないでしょ!」


瞬間、帰ったときに感じた苛立ちが我慢できなくなる。

心の中のもやもやを吐いて大声で叫んだ。


「うるせえよ。馬鹿だのなんだの余計だから黙ってろよ。」

「うるせえじゃねえよ、なんで落とすか分からない。なんでそんな馬鹿な事しかできないの?」

「落としたんだからしょうがないだろうが!いちいち馬鹿にしないと気がすまねぇのかよ。

いつもいつも黙ってれば好き勝手言いやがって!」


母親は黙ってこっちを睨んでいる。

この際、全て言い切ってしまおう。


「黙ってないで答えろよ。俺はお前にされたことは忘れてないし絶対に許さない。

この前の喧嘩の時に紙に書いて謝ってたけど許してないからな。

俺はいつも頭下げて口で謝ってんのに、なんでお前は紙で謝んだよ。ふざけんじゃねぇよ。

何様のつもりだよ。答えろ。」

「今はその話はしてない。財布落とした事を話してるでしょ。

普通考えれば落ちるとかわかるから落とすことなんてありえない。そんなこともわかんないの??」

「お前の普通を押し付けんな。現に落としてるんだから、ありえないなんて無い。

そもそも、子供が馬鹿なのは親のお前の問題だろ。

いつも暴言しか言わなかったくせに、俺はお前らから苦しみしか与えられてない。」

「はぁ?どんだけくれくれなの?じゃあ、出て行けば?悪いけど親は寝床と飯しか与えられない。」


出てけと言葉に瞬間、さらに腹が立つ。

その言葉で僕はいつも傷付いてきたんだ。

今まで抱えてきた疑問をぶつけた。


「すぐ出てけって言って、すぐ責任放棄ばっかする。どんだけ卑怯なんだよ。

じゃあ、なんで産んだんだよ。

堕ろせばよかっただろうが。どうせ世間体、気にしてたんだろ。答えろよ。」

「妊娠したから、それだけ。」


その言葉を聞いた瞬間、プツンと何かが途切れた音がした。

薄々わかってた事実。

今まで逃げてきたツケがここできた感覚がする。

少しの沈黙の間、僕は部屋に戻った。

心の底から傷付いた。

悲しくなって、声を押し殺しながら涙を流した。

ああ、そうだ。

僕は望まれて産まれてこなかったんだ。

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