衝動、痛いよ
浮遊した言葉の羅列の物体達の合間を列車が駆け抜ける。
イヤホンがちょうどよくフィットするおかげで、列車の走行音はあまり気にならない。
窓から見える空は赤黒く染まっていて、トンネルを超える前の綺麗な空とは大違いだった。
なんだろう、心が暗く沈む感じがする。
見ていてあまり気分がよくならないので、イヤホンの音量を上げて僕は眠ることにした。
あの光はまた現れるだろうか。
僕の目を覚ましたのは窓から吹く風の寒さではなく、人の手の温もりだった。
真愛さんが僕の体を揺らして起こしてくれた。
ぼやけた視界でも、目の前に人の顔があるのは少しドキッとする。
寝相のせいか、イヤホンの片方は外れていて真愛さんの声が音楽と一緒に聞こえる。
「あ、起きた。おはよう、よく眠れた?扉の前まで来たから、降りてきて。」
「ありがとうございます。眠気が覚めたら行くので少し待っててください。」
寝起きの曖昧な活舌で真愛さんにお願いした。
「わかった、待ってる。」と呟いて真愛さんは車両の外へ向かって行く。
眠い。そして軽く頭痛がする。
イヤホンで音楽をつけっぱなしにして寝てたおかげか、睡眠の質が良くなかったようだ。
音楽を停止してイヤホンを外した。
眠っている間に夢を見ることは無かったから、追っていた光を見る事もなかった。
あの光が欲しいのは確かなんだ。
あの光がどんな意味を持っているかはわからない。
でもきっと、この大きな空っぽな心の底を埋めてくれるはずなんだ。
その答えも探さなきゃいけない。
列車から降りて、車両の先頭の方へ向かう。
道を遮る大きな扉は、赤と青が入り交じった柄をしている。
「周りの文字達、ちょっと見てみて?なんか嫌だよね。
空の色も変な感じで気分も下がる。」
真愛さんの言葉で、周りを見渡す。
他人を傷つけるためだけに使われた言葉達ばっかりが僕たちの周りを覆っていた。
優しい言葉なんて何一つも無い。
あまり見たくないな、と思いその言葉の塊をどけようと思って触れた瞬間。
この空間全ての言葉達がひっくり返った。
空が悲しい青色に変わる。
「書いてある言葉が変わっていく。こんどは後悔する言葉ばかりですね。」
「多分、さっきの言葉を言った人の気持ちの裏側なんじゃないかな。
衝動的に放つ言葉って自分と他人を傷つけるから。」
どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。
本当はこんなこと言いたくない。
傷つけるつもりで言った訳じゃない。
あなたに言ったつもりはないのに。
そんな後悔の気持ちを表した言葉達で沢山だった。
ひっくり返っても何も変わらない言葉もある。
真愛さんの言った通り、衝動的に発する言葉は自分も相手も傷つける。
誰かと関わって傷つくなら、関わりなんて持ちたくなくなってくる感じがする。
肉体の痛みより、心の痛みの方が辛いから。
「舞野くん、そろそろいい?」
「あ、すいません。今回はどの記憶を?」
「選ぶ記憶ってね。扉をくぐった次の空間の性質に合わせて候補が出てくるの。
これから選ぶのはまだ君には重すぎて不安。
多分、1番苦しい記憶。君をずっと縛ってきた物。
心も体も痛くしてきた事ばっかり。本当にやる?」
「やります。」と反射的に返事をした。
今、アンパンさんの言葉だけが僕を支えてくれてる。
僕はどうしてもあの光が欲しい。
ここで止まったら何も得られない。
「本当にやるのね。
記憶を見てる時に外部からの干渉はできないから、辛くなって逃げたくなっても私は助けれない。
多分、君は挫ける。でも、戻ってきたら私が精一杯のケアをするから。頑張って。」
真愛さんは僕の手を強く握ってくれた。それだけで心が温かくなる。
付箋を貰っておでこに張り付ける。
「行ってきます。」と投げかけて扉に触れる。
扉を超えると、幼い子供の大きな泣き声と女性の叱責の声が聞こえてきた。
僕はもう、涙を流していた。