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追憶の列車  作者: いまの
2/11

何も無い僕

-ある年末の深夜-


布団に寝転んで配信を聞いている自分を傍観していた。

5.5畳の15℃すらも無い寒くて狭い部屋で画面とにらめっこしてコメントを打っていた。

僕は好きな配信者のアンパンさんの配信に「いまの」という名前でリスナーとして参加している。

その時の感情と思考が脳内に入り込んできた。


「あんなラジオ配信アプリなんか勘違いのバカ共しかいねぇだろ!

枠タイトルとか見ろよ、来な。じゃねぇ、来てくださいだろーがよぉ!!!」


アンパンさんが悪口でいろんな事をバッサリと切っていく。

この爽快感が溢れる配信スタイルが好きだ。

しばらくして悪口が終わり、一つの波が収まる。

画面には焚火のパチパチとした音が静かに響く。一息ついて、アンパンさんは呟いた。


「いまの。お前、何か自分にはこれがある!って、自信がある物ってあるか?」

「特にありません」


突然の名指しに心がビクッとする。

少し考えてみても自分に自信を持って言えることなんかあるわけがない。

アンパンさんは何を思って聞いたのだろうか。

「やっぱそうだよなー。」とアンパンさん何か納得したような感じだった。


リスナーP「いまのくんに何かあるわけないやん。」


「Pさん、いまのにそんな言わないであげてよ。」と笑いながらPさんを収めて喋り続ける。


「確かに、俺もこいつ何も無いんだろうなって薄々わかってはいたよ。

リラックスできる所ではちゃんとして強気にいけるんだけど、いざ何かやるってなると途端に何もできなくなるじゃん。

いまのは出会った時からも、この前の企画とかでもそういうとこ出てたしさ。なんつうか、いまのは内弁慶なんだよね。」


「確かに。」とリスナー達の相槌コメントが流れる。

思い出してみると確かにそうだった。

人前で何かをやるとき、どうしても恥ずかしくて怖気づいてしまう。

失敗するのが怖い。

なんで出来ないんだと後悔もするし、そんな自分が嫌いだ。


「人前で何かやるのは確かに大変なことなのはわかるんだ。

失敗するかもしれない、恥をかくかもしれない。

けど、自分にとってのコレってものがあるとそんな事、屁でも無くなるんだ。

失敗しても、自分にはコレがあるから平気だって胸を張れるから。

それに何かこれってモノがないと、意見だったり自分の振る舞いがブレブレになって、そこで人格の剥離が起きるんだよね。

所々で自分と他人の、自分への認識のズレが大きくなってすごく苦労する。

だから何か一つでいいから、ひたすら何かを極めて、自分にはコレがある!って物を作っておくべきなんだよね。

自分にとって揺るがない意思。

それが自己肯定に繋がってきたりする。

これは前から言ってきた事なんだけどな。」


自分にとっての揺るがない物。

何か一つ極めても上には上がいるのにそんなの作っていけるわけがない。

なんでリスナーの皆はそれに賛成できるんだろう。

ぽつぽつと他のリスナーも僕についてコメントしていく中、あるコメントをアンパンさんが拾った。


リスナーMa「いまのくんは心が剥き出しですねー」

「そうそう、良くも悪くも剥き出しだね。だから、いまのの痛みが俺はよーくわかるよ。」


「俺もいつしか自分が何なのかわからなくなったんだよね。中学生くらいの時かなー?

なんで俺ってここに居るんだろうって。

でもそのときは、友達にお前が何で悩んでるか知らないけど、俺はお前の笑ってるとこが好きだって言ってくれてさ。

あ、俺ってここに居ていいんだって。

他にもいろいろあったけど、それで俺は俺を持ち直したんだよね。」


「どうしても、俺とかいまのは一人で立たなきゃいけないって思いすぎちゃうから。

これじゃダメだって下を向きすぎちゃう。」


「いまの、思い出してみろ。嫌な事、嬉しかった事、なんであんなことしたんだろう?って。

自分をギューっとしろ。嫌な事を思い出した時にだから俺、ダメなんだよなって思うはずだ。

思い出すのは本当に怖くて苦しいと思う。

けどそれが、自分と向き合うってことなんだからな。

まずは自分はダメな奴って認めてあげな。

まっ!でも俺そうやって生きてきたからしょうがない!って自分を許すんだぞ。

俺は毎回そうやって自分を許してきたんだ。」


「今のいまのはさ、お前であってお前じゃない。

今まで逃げて積み上げてきた人生の産物の誰かなんだ。

たぶん、逃げざるを得ない事もあったと思うんだ。

それが過ぎた今だからこそ、向き合ってみるんだ。」


「なんか噂によると、Pさんの配信で話聞いてもらったって言ってたけどさ。

その時は一人じゃないって気持ちで一杯だと思う。

わかるよ。

誰かに言葉をかけてもらえると気持ちが楽になるし、自分を認めて許せた気分になる。

でも、オフラインになったらお前は一人なんだぞ?そしたらまた、心が苦しくなるんだ。

だからせめて、自分だけは自分を許してあげなよ。

自分だけは自分の味方でいてあげなよ。

自分は最高だっ!て思って生きていたいだろ!

だから今、自分と向き合うんだ。

今まで生きてきた18年を全部否定することになるかもしれない。

でも30、40歳になったときになって全部否定するとじゃダメージも違うし、まだお前は若いんだからやり直せる。

それができたならお前の人生は素晴らしいものになるはずなんだ。

俺はちゃんと見てるぞ。」


リスナーW「がんばれ、いまの」


「いまのはきっとボロボロに泣いてるけど、Wは泣きたいのを堪えてるよ。

Wも半分自閉症入ってるからなー・・・。」


話はこの後も続いていった。

ずっと、涙が止まらなかった。

いつもアンパンさんの配信は面白くて、アンパンさんは凄い人だ。

心の底から尊敬している。

こんな僕をいつも受け入れて居場所をくれる。

けど、そんなアンパンさんも俺と同じ気持ちを抱えていて、僕に語りかけてくれたのが嬉しかった。


何かをひたすらに極め続けて手に入る、何かあったときに自分を守る物。

自己を確立させる物。

自分を許す力を僕はずっと探していたみたいだ。

目的を理解した瞬間、目の前は暗転して列車を止めていた扉は開いていた。


「どう、目的は思いだせた?ここはね、追憶の列車って言うの。

君の記憶を少しずつ開いて自分と向き合う旅の列車。」


真愛さんは黒く塗られた列車に寄りかかって呟く。


「過去の事が思い出せないと思うけど、それは私が君の記憶を管理してるから。

これからちょっとずつ、扉の前で君の記憶を解いていく。

辛いことが待ってるけど大丈夫?」

「やってみます。アンパンさんがあれだけ言ってくれたんだ。

辛くても、僕は僕の為に僕を取り戻したいです。

この世界って何なんですか??」

「現実と夢の狭間かな。現実だけど現実じゃない、夢だけど夢じゃない、みたいな。

君には見えてないけど、あの列車には君と同じような人がたくさん乗ってるよ。

もしかしたらアンパンさんも乗ったことあるかもね。

君だけは他の乗車客とは違って、もう答えを知ってる。

だから扉を開ける役目を担ってるんだよ。君は気づいてないだけ。」

「アンパンさんのアレが答えじゃないんですか???」

「違うね。そしたら、もう舞乃くんは現実に戻れる。

アンパンさんの言ったことも真実。

君にとっての答え。君だけの真実は別にあるって事なんだよ。

ただ、それに気づくにはもう少し自分を思い出さなきゃいけない。

さ、戻ろっか。」


真愛さんは僕の手を引いて列車に連れ戻す。

手袋越しだけど、ほんのりと手のぬくもりを感じた。人の手は思ったより柔らかい。

車両に戻り、発車を待つ。

真愛さんから手渡された音楽プレイヤーのイヤホンを付けた。

僕の好きなバンドの音楽が何曲も再生されていく。

アンパンさんが示してくれた自分との向き合い方、自分の許し方を無駄にはしたくない。


「アンパンさん、ありがとう。行ってきます。」


大きな蒸気音が夜空に響き、列車は動きだした。

トンネルを超えて窓から見えた景色は、言葉の羅列が物体となって周りを浮遊していた。

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