道を遮る扉
暗闇の中に一点の光がある。
あの光が欲しくて、手を伸ばしてみるが届かない。
ないものねだりをする子供のように僕は走り出した。
進むたびに光は遠のいて、足が重くなって進めなくなっていく。
あれさえ手に入れば、何かが違うのに。
心の底を埋められるはずなのに。
ないものねだりも意識外からの干渉で現実に僕を連れ戻した。
「寒い。」
開放された窓からの冷たい風で目が覚めたみたいだ。
暖色の照明が開いたばかりの目を優しく刺激する。
木製の長椅子が規則的に並んでいて、自分しかここに居ない。
内装から察するに列車の中にいるのだろう。
なぜこんな所に居るのかは分からない。
思い出してみようとしても記憶は浮かんでこなかった。
大きな汽笛が鳴り、金属がゆっくりと動いて擦れる音がしている。
窓から顔を出した。
向かい風を真っ向から受け、髪が暴れる。
青々とした空の黒板に散りばめられた星空を太陽光に似た山吹色が侵食している。
ちょうど山吹色と青い星空の頭上にある境界線は薄い鈍色をしている。
まるで空に川が流れているようだ。
星空に見惚れる最中、ゆるやかにブレーキが掛かる。
耳に響く鋭い音と一緒に車輪から火花が出ていた。
窓から顔を戻すと、目の前の扉から車掌と思われる女性がこちらへ向かってくる。
全身は青1色。
所々のワッペンに黄色が見える。
制帽にシングルジャケットと白手袋、スカートにタイツ。
いかにも車掌が着ている服装だ。
身長は平均くらい。
ロングヘアーからは大人のお姉さんの雰囲気を感じた。
化粧は全体的に薄く、顔立ちはどちらかと言えば整っている方で真っ直ぐな瞳に少し心がザワついた。
「乗車券を確認します。」
声は少し低めな方みたいだ。
まじまじと観察していて乗車券を出す準備を忘れていた。
服のポケットを探ってみるがどうにも見つからない。
そもそもこの列車に乗った記憶すらないのに乗車券なんか持ってるわけがなかった。
仕方ない、正直に言って下車しよう。
「君は・・・もう解ってるね。私は三琴 真愛、よろしく。君、名前は?」
「舞乃 優介です。あの、すいません。乗車券ないんですけど・・・。」
突然の自己紹介で焦ってしまったけど、乗車券がないことは伝えられた。
自分がなんで乗車券を持たずに列車に乗っているかすらかわからないのに、解ってるってなんだ?
「君は特別だから、乗車券なんて要らないのよ。ちょっと着いてきて。」
どういう事なのか聞く暇も無いまま、ぐいっと車両の外に引きずり出された。
冷たい風が吹く中で、大きな両開きの扉が「ここは通さない。」と言わんばかりにトンネルの穴を塞いでいた。
「なんだこれ・・・。」
「見てのとおり、この扉があって列車が先に進めない。
扉を開くには君が君を振り返らなきゃいけないの。」
「え?」
突然過ぎて声が漏れてしまった。
僕が僕を振り返る?
この人、何言ってるんだ?
なんでそれで扉が開くのか理解できない。
僕の頭を置いてけぼりで真愛さんは続ける。
「まずは君のこれからやるべき事を解ってもらいたいの。
あなたがこの列車に乗る条件を獲得した日を思い出して貰うわ。」
真愛さんは付箋を取り出して、何かを書き留める。
はい、これ。と僕のおでこに付箋を貼り付けた。
「これから君はたくさんの過去を振り返る。扉、お願いね。」
真愛さんに急に背中を押されて扉に触れる。
「わっ!ちょっと!!!」
触れた瞬間、扉が強い光を放つから目を瞑ってしまった。
大した説明もされずに仕事を押し付けられてしまった。
冷たい風が消えた。
誰かの話し声が僅かに聞こえる。
聞き覚えのある、大好きな声だ。
あの人がいるのかもしれないと思い、目を開く。
そこは僕の自室だった。