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8 市場にて

 俺はこのところずっとジルベルトの警護から離れている。今日も混雑した市場であの男の尾行中だ。


 人混みに紛れて尾行しているんだが、あの野郎、そろそろ尻尾を出してくれないかな。ジルベルトの護衛はなるべく他の人間には任せたくないんだよ。今回は事情が事情だから仕方ないんだが。


 男はフラフラと市場の中を歩き回り、いろんな店を覗いている。いや、あれは商品じゃなくて獲物を探しているのか。


 やがて男が同じ店にいた女に話しかけた。


 ん?あれ?あの娘、見覚えがあるような。あの娘はもしやジルベルトが気に入ってる娘じゃなかろうか。


 ……平民風の服を着てるけど、そうだ、そうだよ!間違いないぜ!


 いやいやいや、まずいだろこれ。どうする俺!

 くっそぉ。ここまでの手間が全部台無しになるが仕方ない。割り込むか。


♦︎


「やあ、こんにちはお嬢さん」

「はい?」

「やだなあ、覚えて貰ってないんですね。僕ですよ、先日お会いしたはずですが」


 彼女の隣にいた男はいなくなった。


「こんな所で買い物ですか?モニカ様」


 買い物なら使用人にさせなさいって全く。


「何を買ったんですか?オリーブオイルとスパイスをあれこれ?ほほう。お供はどこです?はぁ?一人で来た?貴族の女の子が一人で来たら危ないですって。いや、着替えてもひと目で平民じゃないのはわかりましたからね!」


 どういうことだよ。貴族の女が一人で市場なんか。狙われるだろうが。山奥では貴族も一人で歩くものなのか?


「オイルの瓶は重いでしょう。俺が持ちますよ。伯爵邸まで送りましょう。乗り合い馬車を使う?乗り方を知ってるんですか?乗り合いの仕組みはわかってるから大丈夫って、何言ってんのかよくわからないけど。じゃあ俺も一緒に乗ります。送り届けますよ。でないとジルベルトに叱られます」


 使用人たちもなんでこの娘を一人で出すかな。今、かなり危なかったぞ。


 仕方ない。今日の尾行はここまでだな。


♦︎


「なんだと?モニカ嬢が独りで市場にいた?しかもあいつに話しかけられてた?」


「残念だが尾行はそこで終わらせた。そのままにするわけにもいかなくて」


「そりゃそうだ。モニカ嬢の身元はばれてないだろうな?」


「ああ、大丈夫だ。身元がわかるような話は男がいなくなってからしたよ」


「次の獲物として狙われたのかもしれないな。アントニオ、悪いが、明日以降も奴の尾行を頼めるか?」


「勿論だ。そうそう、ジルベルト。彼女はちょっと見ない間にスッキリして綺麗になってたぞ。あの年頃は一日ごとに綺麗になるってのは本当だな。あと、肌と髪がツヤッツヤでいい匂いだった」


「アントニオ、やめろ」


「あれは早くしないと他の男に取られるぞ。気をつけろ」


「だから……」

 そんなんじゃない、と言い返そうとして口を閉じた。


(犯人が僕の予想通りなら、もしかしたら今頃モニカ嬢が殺されていたかも)と思ったら、胃の辺りをギュッと掴まれたようになった。



 その理由くらいわかっているよ。



 モニカ嬢に入り込んでいる黒髪の娘の心残りが、僕が見てきた悪しき霊たちとは違うものであって欲しい。


 母上はモニカ嬢を気に入ったらしく、毎日のように煩く『会いに行け、王宮に誘え』と言うのだが、あの黒髪の娘がこの世にいる理由を知るまでは、僕は前に進むわけにいかないんだよ……。


♦︎


 アントニオとモニカ嬢が市場で顔を合わせてから二週間。やっと男を現行犯として捕まえることができた。


 男はサヴィーニ伯爵家の三男オズヴァルド。だいぶ前、年に一度の狩り場の会場で見かけた。背後に暗い表情の男の霊が憑いているのは気付いていた。


 しかしオズヴァルドには一年間も監視を付けたが、これといって気になることが無かった。だから監視は外されたのだ。伯爵の息子に監視を付ける理由を見つけるのが難しくなったからだ。特務隊だって暇じゃない。


 奴が監視から外れて二年。

市場や繁華街を訪れていた若い女が立て続けに行方知れずになり、見つかった時には細い紐のような物で絞め殺されていたと聞いて思い出した。


 あの背後の男の霊は、左手首に黒く細い革紐を飾り紐風に巻き付けていた。宝石も金銀の飾りも付いていない紐だけのそれは、何のために?と思ったから覚えていた。霊に影響されたオズヴァルドが同じように細紐を使ったのだな。


 あの霊は女を締め殺したいという欲望に囚われていたのか。


 伯爵家の息子なら証拠も無しに尋問も拘束もできない。仕方なく僕はアントニオに奴の霊のことを話して尾行させた。現行犯で捕まえるためだ。宝石好きの女の霊とは緊急度が違うから、毎日気を揉んでいた。


 さあ、ここからは僕の出番だ。


 知られていない余罪も、見つかっていない遺体の隠し場所も、霊に尋ねればいろいろわかる。霊は話し相手に飢えてるからね。


 オズヴァルドには僕の力を知られてしまうが、彼は処刑されるまで外の人間に会うことは無いから気にしない。彼の背後に取り憑いている霊も牢屋にいる彼を操って僕を害することができないからだ。


 オズヴァルドが処刑される日までは、いつものように悪しき霊の話し相手になる。できる限り被害者の遺体の場所を聞き出さなければ。これは両親とアントニオだけが知っている僕の役目なのだから。


♦︎


「モニカ様、何を作ってるんですか?」


「あら、クララちゃん。化粧水を作ろうと思うの。試しに少しだけ作ってみたら、使い心地がいいの。だからもっと量を増やして作るの。上手く出来たらクララちゃんにもお裾分けしてあげるね」


「わあ。よろしいんですか?化粧水なんて使ったことありませんよ。楽しみです!」


「うふふ。待っててね」


 小さな作業場を作ってもらったのはお屋敷の裏庭。使用人さんたちの仕事を邪魔せずに作業ができるのは嬉しいなぁ。


 レモンとオレンジを沢山買ってきたから、種を取り出して蒸留酒に漬け込んで化粧水を作っている。


 市場の石鹸屋さんを覗いたらグリセリンらしいものが売っていたのは幸運だったわ。


 獣脂で石鹸を作る時に副産物としてグリセリンが出来るって、知らなかったわ。この世界ではわりと常識なんだって。


 グリセリンがあれば化粧水にも使えるし、ハンドクリームや肌に優しい石鹸も作れるのではないかな。


 前世の友達がオリーブオイルやグリセリンを使って石鹸を手作りしてたのよね。薬品無しでも作れるかな。フランスのあの有名な石鹸は確か大昔から作られてたんだから、何か手はあるはずよ。


 今の私には時間がたっぷりあるんだからあれこれ試してみたい。


 肌に優しい石鹸ができたら、まずは奥様にプレゼントしよう。次はクララちゃん達にも。それから一番大きな桶にお湯を溜めて石鹸で身体を洗おう。髪も!


 ここは乾燥してるからお湯で身体を拭くだけでも済むけど、いい香りの石鹸でワシャワシャ洗いたい。作れるかなぁ、日本で使ってたような石鹸。作れるといいなぁ。




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