5 王宮の庭
伯爵家で用意されたドレスはウエストがかなり細かった。モニカちゃんは現代の基準で言えば健康的な体つきだけど、こちらの貴族令嬢と比べるとすこしだけぽっちゃりさん。ドレスはサイズを測って作ったから、体を締め上げる前提で作ってるんだろうな。
そもそも他の令嬢たちは紐付きのコルセットで侍女に死ぬほど締め上げられているらしい。ウエストなんて中にある内臓が心配になるほど細い。不健康だわ。
実際彼女たちは運動はしないし摂生しすぎて見た目でわかるほど低栄養な人もいる。人種的なこともあるんだろうけどお肌が乾燥してるし顔色も良くない人が目立つ。やたら白塗りしてるけど貧血気味な感じの肌色だ。
なぜ私がこんなことを考えているかというと、その手の令嬢とお茶会に参加している最中だから。
私の他に三人の令嬢、王妃様、ジルベルト王子の六人でお茶会。男爵家の三女としては破格の出世と言える席だけど出世は興味ないし、したくない。
王妃様は美しく若々しいがお肌の乾燥が目立つ。人種が違うんだから日本人と比べちゃ駄目なのはわかってるけど。私はこっそり現代日本の知識を使って手入れしているからお肌は艶ピカよ。モニカちゃんの体は大切にありがたく使わせて貰おうと思ってる。
「本日はようこそ。私の茶会を楽しんでもらいたいわ」
王妃様、迫力あるわぁ。オーラ凄すぎて眩しい。そして美形の王子様とそっくり。
モニカちゃんの記憶には王宮でのもてなされ方なんてのが無いから、私は他の令嬢を見習っている。そしてその手のことに敏感な令嬢たちは私をあからさまに馬鹿にしてるのがわかる。
ちょっとした目の動き、唇の動き、眉の上げ方が絶妙よ。絶にして妙。勉強になるわ。くだらないプライドは捨てて観察させてもらってる。だって私、ほんとに庶民だし。
出されたお茶は流石に美味しい。料理教室で先生が淹れてくれたお茶と同じくらい美味しい。しかしお菓子は私にはバターと砂糖が多すぎるけど、まあ、仕方ない。
「モニカ嬢、モニカ嬢!」
「は、はいっ!申し訳ございません。なんのお話でしたか」
令嬢たちがクスクス笑ってる。
「そなたが作ってくれたあの菓子はたいそう美味であった。どこであのような物の作り方を学んだのか?」
うわ。この場で一番聞かれたくないことを。
「はい。私は生まれつきの食いしん坊なので、美味しい料理をいつも考えておりました。我が実家は慎ましい男爵家でしたから、手に入る食材でいろいろ工夫しているうちに思いついたのでございます」
どうだ!
「まっ!モニカさんは料理をなさるの?すごいわね。わたくしなんて厨房に入ったこともございませんわ」
「わたくしもです。そんなところに足を踏み入れたら叱られてしまいます」
ええ、そんな言葉は想定済みです。
「我がタウスト男爵家は皆様方のご実家とは比べ物にならない慎ましい暮らしぶりでございます。まことにお恥ずかしい限りでございます」
この子たちと仲良くなりたいわけでなし、馬鹿にされても全然気にならない。まずは生き残ることがだいじ。なら敵は少ないほどいい。
「モニカ嬢の作った菓子は陛下もたいそうお喜びでした。また作ってくれるかしら?」
「はい。喜んで作らせていただきます」
ああ、助け舟のつもりかな。いいのに。ご令嬢たちが奥歯を噛み締めてますよ。
「君が作ったレモンチーズムースは絶品だよ。豚肉ときのこの煮込みのパイ包み焼きも美味しかった。妹に兄様だけずるいと羨ましがられたよ。今度王宮の料理人たちに教えてやって欲しいんだけど、レシピはもしや門外不出なのかい?」
うわわ。そんな情報出さないでくださいよ。まるであなたと私が親しいみたいに聞こえるじゃないですか。
「門外不出などではありません。あのような物で宜しければ喜んでお教え致します。光栄でございます」
静かに参加して密やかに退出して印象を残さず消えるはずのお茶会だったのに。まるで私が主役みたい。なんでこうなる。
令嬢たちには『目で殺す!』的な睨まれ方されてるし。王宮で料理を教えるなんて社交辞令よね?
そんなこんなでメンタル削られてヘトヘトになるお茶会が終わり、やれ嬉しやと帰ろうとしたら王妃様に呼び止められた。え。帰っちゃ駄目なの?
「モニカ嬢は王宮の庭園を見たことは無いであろう?ジルベルトに案内させるゆえ、ゆっくり見て来るがよい」
案内は侍女さんじゃ駄目なのかな。
庭園は興味あるけど王子の案内とは。失言したら困るからお断りしたいなぁ。何よりも今はトイレに行きたいのに。早く帰りたい。王宮で穴空き椅子使うのは嫌だ。使ったバケツの始末を知らない女性にさせるのは苦痛すぎる。
しかしさすがは王宮。
上品なメイドさんが寄ってきてさりげなく別室に案内されたら穴空き椅子とバケツがありました。お茶飲んだらこうされるのがシステムとして確立してるのかしらね。わぁぁん。
泣く泣く穴空き椅子を使って部屋を出て、茶会の場所に戻ると、件の令嬢たちはおらず、ジルベルト王子だけが座っていた。
「お待たせいたしました」
「うむ。では参ろうか」
え。差し出されたその手に私の手を乗せろと?洗ってないばっちい手なんですよ王子。
今度、消毒用に蒸留酒を持ち歩こうかな。いやそんなの携帯してると知られたら、アルコール依存症と思われるわ。
♦︎
王宮のお庭は素晴らしいのひと言よ。人海戦術なんだろうね、どこもかしこも完璧で。東京で植物園巡りや庭園巡りが好きだった私は感動しきりです。
「気に入ったか?」
「はい。素晴らしさに言葉もありません」
「そうか。良かった」
さっきから気になってるんだけど、王子が私の全身をチラチラ見るのはなんだろう。背中に値札は付いてないはずだし、下着の後ろにドレスは挟んでないし。なに?
「そなたは階段から落ちたことがあるそうだな」
「はい。数日寝込みましたが、おかげさまでこうして元気になりました」
「そこからなのだろう?料理が得意になったのは」
「……」
落ち着け。王子に真実がわかるはずもない。慌てて失言するな。
「ええ、そうですわね。頭を打った影響かどうか。料理に興味が湧いたのでございます」
「そう。いきなりあんな料理ができるようになったとは、不思議なこともあるものだ」
「……」
気付かれてる気がするのは私が気にしすぎ?
「死にかけた人間が生まれ変わったように信心深くなったり粗暴になったりすることは、まれにあると聞きました」
聞いた話じゃなくてネットで読んだ話だけど。
「なるほど。君は、生まれ変わったのかい?」
「……殿下、それはどういう……」
う。緊張して吐き気が。
ジルベルト王子は何も言わずに私を見ている。白人男性の顔は、私、まだ表情を読み慣れてない。ピンチ。全くもってピンチ!
頑張れ私。だてに毒親とモラハラ夫の元で三十年も生きてないだろう、しっかりしろ。頭を働かせるんだ!
「死にかけましたのに無事に健康な体に戻れましたことを神に感謝しております。心新たに自分の人生に向かい合おうという気持ちになったことは、確かに生まれ変わった、と言えるかも知れませんね」
にっこり。そしてドキドキ。
王子は「なるほどね」と呟いて庭園の案内を続けてくれた。
セーーーーフ!!!