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愛されることを知らなかった食いしん坊姫【書籍化】  作者: 守雨


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47 食いしん坊姫の料理本

 モニカはソファーに座ってその童話の絵本を見ながら脚をジタバタしていた。


「モニカ様、コンスタンツォ様が見たらお妃教育は無駄だったかと嘆かれますよ」


 クララは苦笑しながら注意した。


「だって、絵本の殿下が素敵なんですもの」

「実物に毎日お会いしてるのにですか?」

「実物とはまた違うのよ。ほんっとうに素敵だからクララちゃんも見てごらんなさいよ」

「見ましたよ。私が買ってきた本なんですから」



 クララがその本を見つけたのはモニカに頼まれたお使いの時だ。買い物を終えた帰りに洋品店の前を通りかかったら、数人の女の子たちが店先に積まれた本に群がっていた。


 きゃあきゃあ言っている女の子たちは、お金を出し合って皆で一冊買うか一人一冊ずつ買うかを相談していた。


 王宮の勤めで財布が暖かいクララは、若い娘たちが騒ぐような面白い本ならモニカ様のために買っていこうとその場でパラパラと中を覗いて動けなくなった。


(これ、モニカ様とジルベルト様のことよね?)


 もし悪口でも書かれていたら大変とすぐに購入して道端で最後まで読んだが、それは優しく微笑ましい内容だった。


(これなら早くモニカ様に見せてあげたい)と急いで王宮に戻り、「良いものを見つけましたよ」と絵本を差し出して、今である。


「クララちゃん、これをあと五冊買って来てくれる?」

「五冊もですか?」

「ええ。一冊は私の分、一冊は綺麗なまま保存する分、二冊はタウスト家とベルトーナ家の分、最後の一冊は誰かに貸して愛読者仲間を増やす布教用よ」

「布教って」



 苦笑しながらもクララは早速先程の洋品店に向かったが、絵本は既に売り切れていた。他の店はどうかとあちこち探したが見つからない。


 がっかりして戻るとモニカが「ご苦労様だったわね。じゃあ出版元に問い合わせるしかないわね」と手紙を書いた。



♦︎



 呼び出されたウーゴはカチコチに固まっていたが、現れたモニカにお茶と菓子を勧められて少し落ち着いた。


(悪口は書いてない。不敬ではないはずだ)と自分に言い聞かせているウーゴに、モニカはニコニコしながら

「あと五冊都合をつけられませんか」

と切り出した。


 叱られると思っていたウーゴは拍子抜けした。


「あの、本日の用件はその件でしょうか」

「それもあるのですが、娯楽本を出して欲しいのです。国民の娯楽のためにも平民が気軽に読める本は必要だとずっと思っていたものですから」


 ウーゴはまさか自分と未来の王太子妃が同じ意見とは、と目をパチパチした。


「大人にも子供にも娯楽は必要です」


 きっぱりと言い切るモニカにウーゴはウンウンと首を縦に振り、バンバンと自分の腿を両手で叩いた。


「その通りです!娯楽を悪いことのように言う人が多いですが、僕は娯楽こそが民の生活を豊かに潤す物だと思っています」


「そう!そうです!ワクワクやドキドキ、しんみりしたり大笑いしたり。大切ですとも、娯楽。作りましょう、娯楽本!」


 熱く盛り上がる二人にクララは引いているが、それに気づかず二人の話は続く。


「それでですね、モニカ様。料理本を出しませんか。王子様のお心を掴んだお料理を披露するのです」

「え。お話の本じゃなくて?」

「料理本がいいかと」


 そのあと黙り込む二人の間に割り込むようにしてクララが口を挟んだ。


「氷の王子に食いしん坊姫が食べさせた料理を詳しく紹介する本はいかがでしょう。私、あの童話を読んでとても興味がありました。氷の王子様はどんなものを食べたのかなぁって」


「クララさん、それいいですね!でもそれならもっと多くの人に最初の童話を知ってもらわないと」

「そうでした。私もあと五冊必要です」



 王宮からの帰り道、ウーゴは踊り出したい気分だった。完売した千二百冊のおかげで追加の童話本は出しやすい。王都中、いや、スフォルツァ国中で自分が手がけた本が読まれる様子が頭に浮かんで顔がにやける。


「いや、いやいや。浮かれるのはまだだ。まずは童話を売らなくては」


 ウーゴは会社に戻り、勢いのまま退職届けを出した。上司はたいして引き止めもしなかった。後でそれを大変に後悔することになるのだが、この時はまだ『学者の契約も取れない役立たずが辞めていった』という認識だったからだ。


『氷の王子と食いしん坊姫』は重版されて最初に並べてもらった四十箇所の他にもパン屋、市場の八百屋など多種多様な場所に置かれた。置く側も一冊につきいくら、という小銭が入るのでみんなが喜んで置かせてくれた。


 次は千五百冊が二週間で完売した。そこで次の本である。今回はモニカの要望で『実際に作る人だけでなく見て楽しむ人にも買ってもらえるように』という意図で料理を美しく盛りつけた皿の絵をたっぷり載せることにした。


 そこで実際にモニカが料理を作り、皿に盛り付け、挿絵絵師がそれを見て絵を描くことになった。それぞれの料理に氷の王子と食いしん坊姫の愛らしいエピソードが添えられた。


 一皿目は二人でお茶を飲んだ時の手のひらサイズのカスタードタルト。


 二皿目は氷の王子が剣術の稽古をした後に差し入れられたハムと玉子焼きとキュウリのサンドイッチ。


 三皿目は雪の降る夜に二人が暖炉の前で食べた熱々の豚肉のシチュー。


 四皿目は湖に出かけて釣った魚を二人で協力して料理した川魚の香草焼き。


 五皿目は王子が山で仕留めた鳥を使った鳥のパリパリ焼きタルタルソース添え。


 六皿目は二人が夜会で踊ったあと、おなかぺこぺこで食べた三種のキノコのチーズオムレツ。


 七皿目は森を散歩しながら食いしん坊姫と王子が集めたクルミの入ったマフィン。


 料理はどれも身近な材料で初心者でも失敗しにくい物が選ばれた。高価なスパイスは使わないこともポイントだ。更に料理をアレンジをするときの材料も書いてあり、絵は七つだがアレンジを含めると数十種類のレシピが記載されている。


 モニカがどんどん作り、絵師がそれをどんどん絵にしていく。描き終わった料理はウーゴと絵師と王宮の料理人が少しずつ分け合って味見をした。最近ではモニカが料理をする時は料理人が何人か見学に来るのが当たり前になりつつあった。


 絵師の男は二十代の貴族の四男で、普段からそれほど食べ物に執着するタイプではなかったのに、出来立ての珍しい料理はどれもうっとりするほど美味しい。(この美味しさを絵で表現しなくては)と真剣な顔で食べていた。


(それにしても香草の飾り方、盛り付ける時の切り方、重ね方、野菜の添え方が美しい)


 絵師は絵心のある盛りつけ方に感心しながらスケッチした。


「綺麗に盛りつけた絵だけでなく、ひと口分が欠けているマフィンも描いてほしいです」

と言われて驚いたりもした。


 そして最後に出されたマフィンを焼く奇妙な板と、卵を白っぽくなるまでかき混ぜていた道具に気がついた。どちらも自分は見たことがない物だ。


「モニカ様、その道具がないと作れないのなら、どこで買ったらいいのかも書いた方が親切なのではありませんか?」


「あっ。そうだったわ。これが無いと作れないものね」

 という経緯でマフィン型と泡立て器を販売しているジャコモの店が巻末に記載されたのである。


 ウーゴの出版した料理本は最初の童話を知らない人も楽しめるものだったが、更に重版された童話も隣に並べて売られた。


 料理本は静かに流行り、平民の女性が楽しみながら料理を作るのに活用された。子供たちは字を読める大人に読み方を教わりながらどちらの本も楽しんだ。


 貴族の家でもこの料理本が読まれるようになったが、そちらは貴族が作るというより読んだ貴族が料理人にリクエストする方が多かった。


 この料理本は世間では「殿下の召し上がっている料理の本」として口コミで広がっていった。


 勢いがあるうちにと型を使う渦巻きパンのレシピとそのアレンジの二十種類の本も出版された。


 バタバタしていてうっかりジャコモの了解を得るための連絡をするのを忘れ、後日ジャコモに「うちの店が本に載っていると聞きましたが本当ですか」とクララが尋ねられた。


 モニカが慌てて不手際を深く謝り、逆にジャコモが恐縮するという場面はあったが、ジャコモの店は料理道具が充実していることで知られる存在になっていった。ジャコモの息子は配送の仕事を辞めてもう一度父の弟子になった。


 これら一連の本についてジルベルトは『二人仲睦まじく暮らしている』ことが絵になっているのがなんとも照れくさく、モニカの前では関心が薄そうに振る舞っていた。しかし彼の執務室の机の引き出しには、童話も料理本も大切にしまってある。


 たまに一人で幸せそうな顔で本を眺めているのを知っているのは、乳兄弟のアントニオだけだ。


 

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電子書籍『愛されることを知らなかった食いしん坊姫完全版1・2巻』
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