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愛されることを知らなかった食いしん坊姫【書籍化】  作者: 守雨


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34 パン作りと殿下の不安

 新たに私の厨房に来たのは黒髪黒目の三十代の男性だ。縦にも横にも体が大きい。


「ブルーノと申します。パン部門の主任です。昨日ヤコボが持ち帰ったパンを食べて、あまりの美味しさに驚きました。あれを是非教えていただきたいのです」

「ヤコボ君は下働きの仲間にパンを食べさせると言ってたわよね?」

「俺、やっぱりパンはパンの主任に食べてもらうべきかと思ってひとつ食べてもらったんです」


 う。やっぱりええ子や。


「食べてみてこれは、と思いました」


 ブルーノさんもクララちゃんみたいなギラギラした意欲が漲っている。

 パン係のチーフが来たのだから、今日はクロワッサンの他にハーブ入りチーズパンとシナモン味のドーナツも作ることにした。

 ブルーノさんは生地を捏ねる動きが力強く無駄がない。ヤコボ君が食い入るように見ている。


「下働きだと部門に限らず主任の手元を見る機会などありませんので」


 人数が多いものね。ここで見たら勉強になるね。

 生地が捏ねあがったら私の出番。生地を少し置いてから延ばし、ニンニクの切り口をこすり付け、溶かしバターを塗る。イタリアンパセリ、バジル、チーズ、松の実をたっぷり散らし、刻んだローズマリーを少量散らした。端からくるくる巻いて直径十センチほどの太巻きみたいになった生地を型に入れたら発酵だ。


 ちなみに型は鍛冶屋さんに注文を出して作ってもらった特注品。これひとつ有るとこの先のメニューが大幅に増える。


「パンにこんなにたくさん具を入れるのは初めてです」

「尊い血筋の方々はあまり野菜類を召し上がりませんものね。せめてハーブだけでも、ね。焼くとある程度は香りが飛ぶのでそれ程香りが強くはないですよ」


 発酵させてる間にまた別の作業。

 暖炉の前に置いたバターが溶けている。そのままテラスに出す。分離したまますぐに固まるだろう。今日はとても寒い。


 少し取り分けておいたパン生地をナイフで均等な大きさに切ってどんどん丸めて揚げる。

 オリーブオイルで揚げると少々クセが出るけど、ゴリゴリと頑張って粉にして作ったシナモンシュガーをまぶせば大丈夫か。いや、そもそもパンドーナツを食べたことがなかったとしたらこれがスタンダードな味になるか。

 大ぶりのピンポン玉のようなドーナツには熱いうちにたっぷりのシナモンシュガーをまぶしてお皿に並べた。

 揚げる作業はブルーノさんとヤコボ君が「モニカ様に火傷はさせられません」と言って担当してくれた。

 さあ、ハーブ入りチーズパンが倍近くに膨らんだ。


「じゃ、これを普段焼いてる大きいパンと同じようにかまどで焼いてください」

「普段と同じ、ですか」

「はい」


 かまどの温度管理は慣れていない私にはちょっと難しい。ブルーノさんは様子を見ながら型の位置と向きを少しずつ変えて完璧に焼き上げてくれた。さすがだ。

 焼けたチーズ、ハーブ、小麦粉の豊かな香りが辺りに漂う。二人ともクンクンしている。


「なんとも腹の減る匂いですね」

「僕もおなか空きました」

「私もぺこぺこ」


 三人で笑ってしまう。

 かまどから出した型を自作のミトンをはめた両手で持ち上げ、ダンッ!とテーブルに落としたらびっくりされた。


「これをやるとしぼみにくくなるんです」


 二人の目が真剣で、脳にメモしていることがよくわかる。パンを型から出して水分を飛ばしてる間にクロワッサンの準備に入った。


 手順は前回と同じ。今日の量は半分。クロワッサンの生地を作る時に「これは捏ねすぎると失敗します。サクサクしなくなるんです」と念を押した。

 三人で黙々とクロワッサンを成形し、二次発酵させて、これもブルーノさんが焼き上げた。


「じゃ、みんなで味見をしましょうか」

「いいんですか?」

「もちろん」


 最初は表情が硬かったブルーノさんも最後には柔らかい顔になっていた。焼きたてクロワッサンにサクッとかぶりつくブルーノさん。


「美味い。これだけひたすら食べたいくらい美味いです」


 ブルーノさんが目を閉じてクロワッサンを味わってる。ヤコボ君は輪切りしたハーブ入りチーズパンを気に入ったみたいだ。ひと口ごとに断面に顔を出す具を確認してる。


「松の実の歯応えが楽しいです」


 ではお茶でも、と思ったのに「すぐに厨房に戻ります」と言う。「すぐ戻って今作った物をもう一度作ります」と。

 あー、わかるわかる。私も料理教室で習ったことは帰宅してすぐにもう一度挑戦していたっけ。それが仕事なら尚更よね。


 ブルーノさんとヤコボ君は、後片付けをして風のように素早く調理場へと戻って行った。しかしすぐまた戻って来て「この型を今日だけ貸してください」と言って特注の型を持って行った。厨房でも十個は注文すると言う。


 私は出来立てのパンを味見サイズに切って籠に入れ、ハンドクリームの作業部屋に運んだ。

 向かう途中で私つきの騎士さん二人に「甘いパンと甘くないパン、どちらも好きだといいのだけど」とパンが山盛りの籠を差し出した。


「はっ。ありがとうございます」


 二人はモグモグと食べた後、「美味い……」とため息をついた。いつも匂いばかりで申し訳ないと思ってたのよ。美味しかったなら良かった。


♦︎


「おいひい!」

「顔が緩んでしまいまふ!」

「この薬草と松の実がチーズと合うこと!」

「揚げた甘いパンもなんとも」


 新しい作業部屋に美味しい香りとため息と歓声が溢れる。どれも小さく切ったから全員が全種類味見できた。


「美味しいものを食べると幸せな気持ちになるわよね」


 私が独り言のように呟くと皆がウンウン!と頷く。「美味しい」の力は万国共通ね。「どれが一番好き?」と尋ねると見事に分かれた。


 シナモンシュガードーナツ、クロワッサン、ハーブチーズパン、どれも人気だった。喜んでる顔が見られて私もほっこりした。

 なんだかんだで半日以上調理場で動いてたけど、喜んでもらえると疲れなんて吹き飛ぶよ。


♦︎


 夜、神殿で受ける祝福のことで殿下の部屋に相談に行った。


「ハンドクリームはある程度の数が出来上がりましたので、神殿で祝福を受けたいのですが、いつにしましょう」    

「そのことだけど……」

 

 殿下の表情が優れない。

 

「代理の者を行かせて、ゆきは顔を出さない方がいいと思うんだ」

「そうなんですか?私が直接顔を出した方が手っ取り早く友好関係を築けるように思いますけれど」

「神殿長はお飾りの老人なのだが、副神殿長がね、なかなか食えない男なんだよ」

「食えない、とは」

「副神殿長は抜け目がなくて頭が切れる。そして女好きと言う噂なんだ」

「うふふふ」


 思わず笑ってしまった。


「何がおかしいの」

「殿下、もしやそれはやきもちでは」


 すると殿下は憂いを帯びた顔で立ち上がり、椅子に座る私の後ろにやって来て私の頭にご自分のおでこをコツンと載せた。


「副神殿長は四十過ぎの体格のいい、なかなかいい男なんだよ。まさにゆきの好みなんだ」


 ため息をつきながら頭の上で愚痴る殿下。

 先日「私の前では感情を抑えなくていいんですよ」と伝えてからは、殿下は甘えることを覚えた。大きな体で微笑ましい。

 甘えなさい甘えなさい。不憫だった今までを取り戻しなさい、と思う。


「僕が一緒に行けたら一番いいのだけど、当分忙しくて無理なんだ」

「殿下、殿下より麗しい男性なんてそうそういません。それに自分で言うのも無念ですが、私は前世でも今世でも見目が平凡です。すれ違った人が十歩も歩いたら忘れるような平凡な女ですよ。食えない男とやらに興味を持たれる心配など無用です。もう、こんなこと私に言わせないでくださいよ」

「ゆきは自分の評価が低すぎる。それも心配だよ。何も起きないといいが。どうしても自分で行くのか?」

「はい。殿下、大丈夫ですよ。何も起こりはしませんて」



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電子書籍『愛されることを知らなかった食いしん坊姫完全版1・2巻』
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