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愛されることを知らなかった食いしん坊姫【書籍化】  作者: 守雨


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27 初雪

 冬が来た。

 夏の初めにこの世界に来て、半年近くが過ぎた。暖炉には薪がくべられ、寝具も衣類もすっかり冬の物に入れ替えられた。

 殿下は相変わらず忙しそうに執務に取り組んでいらっしゃる。その合間を縫って昼の休憩時と夕食後に二人でいろんな話をしている。

 今夜はずいぶん冷えるなぁと思っていたら雪が降り始めた。初雪だ。


「殿下、雪ですね」

「ああ、厄介だな」

「私は好きですよ、雪。私が生まれた夜、その年初めての雪が降ったのだそうです。前世の私の名前は『ゆき』と言って初雪から名付けられたのです」


 殿下が眩しそうな目で私を見ているので(変なことを言った?)と思っていると窓の外を見ている私の隣に来て、並んで一緒に外の雪を眺めている。


「あなたが自分から過去のことを話すのは初めてだね」

「あっ、そうかもしれませんね」

「きっと警戒して話さないのだろうと思っていた。だから僕からは何も聞かないでいたけれど、そうか、あなたの名前は『ゆき』と言うのか」


 金髪に紫の瞳の殿下の口から私の日本での名前が出てくるのは少し不思議な感じがする。


「前世に関しては、あまりいい思い出がないので話さなかったと言うのもあるのです。こちらで目が覚めてからはずっと、ばれないよう、ばれて酷い目に遭わないよう、ひたすら気をつけてきましたし」

「そうか。あなたはどんな世界にいたのか、聞いてもいいだろうか。戦争は初めてと言っていたね。その世界は平和な世界なんだろうね。そこでは人間を縫うのは普通なの?」

「普通です。私の傷くらいだと、リボン状の物を貼るだけの場合や、パチンパチンと金属の針で留めるだけの場合もあります。専門家ではないので詳しくはありませんが」

「文化も進んでいるんだね」

「とても進んでいました。でも私は不幸でした。この世界に来てからの方がずっとずっと幸せです」

「そうか。幸せと思ってくれているのか」


 急に王子が口を閉ざして難しい顔になった。二人で黙って初雪をしばらく眺めた。そして王子が再び口を開いたのは私の怪我の話だった。


「ロザリアの件だが、元はと言えば僕が原因だ。本当に申し訳ないと思っている」

「いいえ、殿下のせいではありません。あの方の問題です」

「あなたとは友達から始めると約束したから僕は待つつもりでいたが、こんなことが起きると自分の判断が正しかったか自信がなくなる。僕の婚約者になれば、その肩書きはいろんな意味であなたを守ってくれるから」


 うん。どう考えてもそれが正解だろうと私も思う。この世界でたった一人、私の秘密と本当の姿を知ってる人、しかもいずれ最高権力者になる人。守り手としては最高の人だ。

 だけど次の王妃って。想像がつかない。別の世界の人間の私にそんな大役が務まるのだろうか。


「自分が殿下の婚約者、そしていつかは国王の妻になるのかと思うと全く自信がないのが正直な気持ちです。ですがその他にも……」

「僕にはなんでも率直に言ってほしい」


 どこから話せばいいか。私が不安に思っていること。でも、勇気を出して聞いてみるべきか。


「この世界では『魔女』と言う言葉はありますか?悪魔と手を結び、怪しい技を使い、神に背く存在、と言う意味です。図書館にはそういった題名の本は見つかりませんが」

「いや。僕は聞いたことが無いが。なぜ?」


 殿下に椅子を勧め、自分も向かいに座った。長い話になるからだ。

 私の世界ではこの世界くらいの時代に魔女狩りが流行ったこと。怪しいと思われたら正しい手順を踏まずに死刑判決が下され、生きたまま火炙りなどで殺されたこと。


 ちょっとの知識が有るだけでも疑われたこと。酷い時は魔女だと誰かに言われただけで認めるまで拷問されて、結局は拷問で死ぬか死刑で殺されるかだったこと。その数は数万人から数十万人と言われていること。


 私の前世の知識をうっかり知られたら魔女と思われるのではないかと不安なこと。ドナート先生に消毒や縫合の知識を伝えたことも恐ろしく思っていること。

 私の世界での魔女狩りは長く続いたが、やがて知識階級の人々が魔女狩りとそれを利用した教会を批判し始めてやっと終わったこと。


 話し続けて喉がカラカラになり、声が掠れるまで話した。殿下はずっと集中して聞いてくださった。


「なるほど。魔女に男は含まれたの?」

「私が知る限りは女性でした。ただ、私の外国の歴史の知識は学校で習っただけのごく浅い物なので、実際は男性も少数ならいたかもしれません」


 最後まで聞いてくれたあと、しばらく殿下は考えこんでいた。やがて私の顔をじっと見つめながら話し始めた。


「あなたの話には三つの注目すべき点がある。

 ひとつは国王が魔女狩りを止めなかったことだ。国民は国力の源だ。麦のひと粒、肉のひと切れも民なくしては生まれない。なのに、それほど多くの民が殺される事態にも各国の国王が黙っていた。と言うことは、よほど愚かな王だったか神殿の力が王の力よりはるかに強かったか」

「なるほど」

「もうひとつは、女性が活躍することを面白く思わない者が男にも女にも多かったのではないか。そうでなければ女性たちばかりがそんなに殺されるのはおかしい。弱者を選んだのかもしれないが、あなたの話では殺された中で老人と子供という弱者は少ないように思う」

「たしかに」

「最後にもうひとつ。それが重要だ。多くの国民が強い不満を抱えている時、自分たちに不満の矛先が向かないよう、わかりやすい生け贄を作り出すのは昔から権力者が好む手口だ。その時、魔女狩りをさせた方が都合が良いことがあったのかもね」


 王族の目には、庶民の私とは違うものが見えるらしい。殿下は冷えてしまったお茶をコクリと飲んで話を続けた。


「ゆきの世界の話はとても興味深い。実は我が国でも神殿の力は年を追うごとに強くなっている。昔は王家の庇護のもとにあった神殿だが、今では王家も何かと配慮せざるを得ないほどに大きな存在になっている。王家だけではなく、政治の上層部の者たちも、かなり前からそれについては心配している」

「この世界もそういう流れなんですね」

「ゆき、あなたの話はとても参考になった。礼を言う。ちょっと父上と話をしてくる。もちろんあなたのことは言わないから安心して」


 そして殿下はそのまま戻って来なかった。深夜まで陛下と話をしていたことは翌日になって王妃様付きの侍女エルダさんから聞いた。

 何がどうなるのか、私には全然想像がつかないが、魔女狩りが始まらないようにすることなんてできるのだろうか。

 それができるなら、私は自分の持っている現代日本の知識を役に立てたい、と思うけれど。


 二日後、殿下が私の部屋を訪れた。


「まあ、任せておいて。我が王家は血筋によって本家分家の違いはあったものの、ずいぶん昔から統治者として生きてきた。僕たちは時間と手間をかけて牙を剥く相手を自分たちの中に取り込むことは得意なんだよ」


 そう笑顔で話してくれた。

 その時の笑顔がかなり黒くて、(わ、カッコいい)と思ったことは内緒だ。

 


読んでくださってありがとうございます。

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電子書籍『愛されることを知らなかった食いしん坊姫完全版1・2巻』
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