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16 クリスティーナ王女の誕生会

「面倒くさい。顔だけ出して部屋に戻りたい」

「クリスティーナ様、そうおっしゃらずに」

「だってみんな私の誕生日にかこつけてお父様やお母様に自分を売り込みたいだけじゃない」

「そんなことはございませんよ」

 

 王女付きの侍女ヨランダはクリスティーナの着替えを手伝いながら苦笑した。


(クリスティーナ様は賢い方でいらっしゃるけれど、その辺はまだまだ幼い)

幼い王女をしっかりお支えしなければと微笑んだ口元を引き締める。


 誕生パーティーは盛大で、ほぼ全ての高位貴族、大部分の下位貴族たちが参加していた。位の高いものから祝いの言葉を述べて、下位の者たちが祝いを述べる頃にはクリスティーナはすっかり飽きていた。


 今、挨拶と祝いの言葉を述べているのはコルシーニ子爵だ。ヨランダに名前を耳打ちされ、クリスティーナの脳にチカッと灯りがともる。


「もしやそなたは人形を送ってくれた者ですか?」

「はい。お気に召していただけましたか」

「ええ、とても。あれはどんな人が作ったの?」

「我が領地に滞在している女性です。あの人形は私の領民たちにも人気だそうで、私の娘もたいそう気に入っております。娘は人形用の家具や家も手に入れ、夢中です。それらの家具もその女性が指示して作ったそうです」


 子爵はモニカが男爵の娘であることもベルトーナ伯爵の大切な客人であることも、ましてや王子の想い人であることも知らない。


 王女クリスティーナは自分の人形が小さな家で小さな家具に囲まれているところを想像して、唇を緩ませた。


「コルシーニ子爵、私、その者に会いたいのですが、王都まで来てくれるよう手配してもらえますか?」

「王女様のご要望とあれば喜んで」


 隣に控えていたヨランダは(王妃様のご許可を取らねば)と思ったが、平民の娘ならば問題なく呼び寄せられるだろうと口を挟まなかった。


♦︎


 王女の誕生会から十日後の朝のことである。子爵が領地に戻った。



「ええっ!王宮に?私が?」

「王女様のご希望なのです」


 波止場亭を訪れた子爵の使いは「来るのは当然」という口調である。なにしろ王女様のご命令なのだから。


(どうしよう。今更どんな顔して王宮に?二度と現れませんと言っておいてジルベルト殿下にお会いしてしまったら、なんて言えば)


「明日朝迎えに来るので、準備をしておくように」

使者はそう告げて帰って行った。


「モニカ様、どうしますか」

「ここで私が逃げたら波止場亭にも子爵様にも迷惑がかかるわ。行くしかないわよ。まさか、まさか人形が王女様に届けられていたなんて」


 この世界にスマホがあれば伯爵に助けを求められるのに、と一瞬思うが(何を寝ぼけたことを。そんな泣き言を言ってる場合じゃないわ)と頭から考えを振り払う。


 地元の人達に人形が人気になり、毎日のように抱き人形を作っている。それはいい。


 領主の娘に人形が気に入られたことも良しとしよう。立て続けに人形のベッドとお布団、テーブル、椅子と注文され、家具職人に相談して作って届けた。最後は人形の家も欲しいと言われたが、どうにか対応した。


「それはこんな感じでよろしいですか?」と事前に図を描いて見せると子爵の娘は跳び上がらんばかりに喜んだ。壁を開くと家の中を側面から見られるドールハウスは人形がそれなりに大きいのでちょっとした大型犬の犬小屋サイズだ。これも家具職人を頼った。


 家具職人はドールハウスなんて見たことがないと言うのでモニカがザックリと図面を書いて指示して作ってもらった。


「まさかこんなことになるなんて」


 つぶやくモニカの顔を見てパオロも困り果てている。今日話を聞いて明日出発なので手の打ちようがない。クララもオロオロしている。自分がしっかりしなくては、とモニカは気持ちを引き締めた。


「王宮に行きます。仕方ないわ。王子様に会ったら会った時のことよ」

そう笑ってみせる。


(ここまで楽しく過ごせただけでも前世よりよほど幸せだった。もし何かあっても悔いはない、と思おう)


 パオロは早馬でベルトーナ伯爵へと事態を知らせる手紙を送った。


♦︎


「お母様、ジュリアを作った者を王宮に呼ぶことにしましたが、かまいませんよね?」

「ジュリア?ああ、その人形ね。いいわよ。呼び寄せるのは平民なの?」

「人形の家具などを作るのですからおそらくは平民ですわ」

「そう。ならその件はヨランダに任せます。護衛を忘れずに付けるよう」

「ありがとうございますお母様」


 翌朝子爵家の馬車が波止場亭まで迎えに来た。子爵家の使用人に『我が家の馬車に』と言われたが、それは丁重にお断りしてベルトーナ家の馬車に乗ることを許してもらう。


 コルシーニ家の当主も従者も平民と思っていた娘が侍女だけでなく護衛や馬車を抱えていたことに驚いて、今更のように身元を尋ねた。


「なんと、ベルトーナ伯爵とゆかりのあるお方か」


 いきなり言葉遣いも態度も変わるのがさすが身分社会だ。


「それで、貴方様は?」

「私はモニカ・タウストと申します」

「タウストと言いますと男爵家の?」

「はい。三女でございます」

「そうでしたか」


 格下の男爵と聞いて、そこは安心したようだ。


 馬車は急ぎながら進む。急ぎながらでもちゃんと宿場で休む。まさか野営は無いでしょうねと不安だったが、そこは大丈夫だった。


 最初の宿屋でクララちゃんに心配された。


「王子様にお会いすることになりますよね?」

「多分ね」

「叱られますかね」

「何を?私、罪を犯したわけじゃないわ。『美味しいお魚を食べたくなったもので』と、これでいいんじゃないかしら」


 クララちゃんが唇を噛んで考えている。


「王宮に着いたらパオロさんとクララちゃんは外で待っていた方がいいと思う。私と一緒だと伯爵様の手配で家を出たことがばれるもの」

「たしかにそうですね」

「まあ、なるようになるわよ。殺されることはないから大丈夫!」

「そうですよね!」


 二人が何の根拠もなく慰め合っている様子は、客観的に見たら滑稽だろうなと思う。実はずっと心臓がパクパクしている。


(ジルベルト王子は私の正体を見破っているのだろうか。そんな気がするけれど。でも心配したところで何ひとついい方向に行くわけじゃないわ)


 そんなふうに自分で自分を励ましているうちに馬車の旅は順調に進み、やがて王都まであと二日のところまで進んだ。



「モニカ様、王都までもう少しですね」

「そうね」


 クララちゃんが私の手を両手で包むように握ってきた。


「私、やっぱり王宮までご一緒します。モニカ様をお守りします」


 ちょっと目がうるうるしているクララちゃんを見て(そんなことはさせられない)と思う。


「大丈夫。何が起きても何も起きなくても私は大丈夫だから。クララちゃんは怪我をしているお父さんのことを第一に考えなきゃ。王宮の中には入らずに馬車か使用人控え室があればそこで待っていてね」


「モニカ様ぁ」


「やめて。泣かないで。殺されに行くわけじゃないんだから。平気平気。それに王子様だって公務がお忙しいでしょうから。広い王宮だし。顔を合わせずに出てこられるかもよ?」

「そうでしょうか」

「その可能性は高いわよ!」


 どこまでいっても希望的観測だけど、いいのだ。十五才のクララちゃんを安心させるのは私の役目よ。なんたって私は実は見た目よりずっと年上なんだから。


 同じ頃、ベルトーナ伯爵がモニカのことで追い詰められているとはモニカもクララも知るわけもない。


 馬車は順調に進んでいた。

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