15 クリスティーナ王女のお気に入り
このところ王宮には日々多くの贈り物が届けられている。王女クリスティーナの誕生日が近いからだ。王女は王子誕生の後、だいぶ間が空いて生まれたので今回の誕生日を迎えてやっと八歳である。
送る側は背後の国王陛下と王妃に注目してもらいたい気持ちがあるので送る品物はどうしてもそちらを重視した品になりがちだ。
「はぁ。宝石を貰ってもねぇ。私はまだまだ夜会に出られるわけじゃないし。貰っても使う場所がないじゃない?ねえ、ヨランダ」
「左様でございますねぇ」
届けられた品は全部女官たちの手によって開けられて安全を確認され仕分けされて部屋に陳列されている。高価な茶器、高価なアクセサリー、高価な織物。どれも興味を惹かれない。
「みんな結構な年でしょうに」
(お前の周りには子供がいないのか)と問い詰めたい品ばかりだ。
やさぐれ気分の王女の視線が一箇所で止まった。箱詰めされているが蓋は外され、中の贈り物と目が合った。
「おや。あれは?ヨランダ、あれを取って」
「これでございますか」
「そうよ。まあ、なんて愛らしい。それにふわふわね。中は羊毛かしら。ヨランダ、これよ。私が欲しかったのはこういう物だわ!」
王女が抱いているのはモニカが丁寧の上にも丁寧を心がけて仕上げた人形である。
海辺の領主は昔ながらに領主様と呼ばれてはいるが現在は子爵である。子爵は毎年贈り物に悩んでいたが、今年はこれだ!と二体注文したうちの一体を毎年贈っている真珠のネックレスに添えて送り届けたのだ。
有能なヨランダは送り主の名前を控えておくことを忘れない。王女様に「これをもっと欲しい」と言われた時に素早く応えるためである。
その夜、家族四人で晩餐を楽しむ時もクリスティーナ王女は人形を晩餐室に持ち込んで隣の椅子に座らせていた。
「クリスティーナ、それはなにかしら?」
「贈り物でございます、お母様」
「ほう。面白い人形だこと。ずいぶんと頭の大きな」
「そこが愛くるしいのです。名をジュリアと付けましたの」
「そう。ヨランダ、それは誰から?」
「コルシーニ子爵からでございます」
「ああ、海辺の。毎年真珠だったけれど、今年は趣向を変えたのね」
そこで話はクリスティーナの誕生祝いの会の話に移っていった。
クリスティーナの向かいではジルベルトが人形にはひとかけらの興味も無く食事をしている。あまり美味しそうには食べていない。
貴族は地面の下の食べ物は下賤の者の食べ物として食べず、野菜もたいして食べない。一番上等とされるのは空を飛ぶ鳥の肉だ。
しかし、モニカが作ってくれたキノコと豚肉の煮込みは土に近い食材だったが美味しかった。土に近いかどうかなど、くだらない慣習だと再確認させられた経験だ。
煮込みを包んでいるサクサクのパイ生地と具を合わせて食べると、キノコのツルッとした舌触りと柔らかい豚肉の噛み心地、濃厚なソースの全てが混じり合ってうっとりするほど味わい深かった。
(元気にしているのだろうか)
あれから頻繁にベルトーナ伯爵に使いを出している。モニカの行方がわかったら教えてほしいと伝えてあるが、芳しい返事はいまだに来ない。「居場所がわかったら連絡します」という旨の返事が来るばかりだ。
(また直接訪れて伯爵と話をしなければなるまい)
と思う。伯爵があんなに落ち着いているのだから、きっとモニカの居所を知っているはずだ。
(焦るな。また間違えてはならない)と焦りそうになる自分を戒める。
食事を終えて隣室に移動して連続殺人犯のことを思い出す。
オズワルドは処刑された。
王国の民を六人も殺害し、遺体は森や空き家に雑に隠されていたが、全て発見された。表向きはオズワルドが自白したことになっている。
彼の家族は無関係ではあったが領地は辺境の地にされて男爵への降爵となった。被害者が平民だったから降爵で済んだが一人でも貴族の娘を殺めていれば全員処刑されていただろう。
斬首刑になる直前までオズヴァルドの背後にいたあの霊は、処刑人の剣がその首に振り下ろされるほんの僅かな間に、いなくなっていた。
奴はどこへ行ったのか。霊が向かうべき正しい場所へ去ったのか。それともまた別の人間に取り憑いたのか、ジルベルトにはわからない。二度とあの霊に出会わないことを祈るだけだ。
考え込んでいるジルベルトを王妃がチラリと見たが、ジルベルトは気づかない。
兄がそんなことを考えているとは知らずに、王女が母に話しかけた。
「お母様、この子に新しいドレスを着せたいの」
「ああ、作らせるといいわ。ヨランダ?」
「はい。縫い子たちに申し伝えます」
翌日、王宮のお抱えの縫い子達は皆はしゃいでいた。
「これはまた珍妙な」
「しっ。クリスティーナ様のお気に入りなんだから!」
「でも、頭は大きいけど、よく見るとなんとも言えず可愛いわよ」
「首がほとんど無いから立ち上がった襟は無理ね」
手渡された王女様のお気に入りを触るために白い手袋をした縫い子達が人形を見ながら賑やかにおしゃべりしている。
「見て。ちゃんとドロワーズも履いているわ」
「あらほんと」
「凝ってるわねぇ」
「どんな人が作ったのかしらね」
人形は大切に採寸される。デザイン担当の女性が手早くデザイン画を描く。どんどん描いて次々に型紙係に渡す。
型紙係はいつもとは違う大きさとバランスに目を白黒させながらも型紙を描き、人形に当てては修正し、型紙を起こした。
型紙を元に裁断係が裁断してどんどん十人の縫い子たちに渡す。技術自慢の縫い子たちがデザイン画を見ながら仮縫いし、手直ししては本縫いをする。口も動かすが手はその何倍も動かすから仕上がるのも早い。
靴の担当者は小さな靴をニコニコしながら縫っていた。小人か妖精の靴のようだ。履き口にレースを付けたり甲の部分に小粒な宝石をひと粒縫い留めたりの作業が、いつもよりずっと楽しい。
朝、注文が出されて午後のお茶の時間には八枚のドレス、八足の靴、レースショールが三枚、人形サイズの本物の真珠のネックレスが仕上がって王女の元へと運ばれた。
「まあ。早かったわね。ヨランダ、何か褒美を渡しておいて」
「かしこまりました」
「むふぅ」と少々品のない声を出しながらクリスティーナは人形を着替えさせた。大満足だ。
♦︎
「伯爵がモニカちゃんを隠しているなら定期的に安否を問うはずだろ?または向こうから連絡してくるとか」
「そうだな」
「あの家を見張っていれば安否を知らせる者が必ず来る、と俺は見たね」
ジルベルトが呆れたような目で乳兄弟を見た。
「なんだよ。モニカちゃんの行方を知りたくないのかよ」
「そんな手を使って彼女の居場所を知ってしまったら、居場所を教えなかったベルトーナを処罰しなければならなくなるだろうが」
「仕方ないだろ?王家に嘘をついてるんだから」
「元はと言えば僕が悪かったんだ。だから伯爵を処罰したりしてこれ以上モニカに嫌われる事態は避けたい」
こいつ、本気だな、とアントニオがにやつく。
「なんだ?」
「良かったなぁと思ってさ。お前は小さい頃からろくでもない物を見続けてきてるからさ。普通に誰かを好きになるのは難しいんだろうと、俺としては心配だったわけよ」
ジルベルトがフッと小さく笑った。その好きになった娘には、どこか知らない遠い国の娘の霊が入り込んでるんだがな、と。
「おいおい、思い出し笑いか?」
「僕は時間をかけてベルトーナにモニカの居場所を教えてもらえるよう努力するよ。王子の権力を振り回さずとも誠実に向き合えば理解してもらえるさ」
「行き詰まったら俺に相談しろよ?経験豊富な俺が力を貸してやらんでもない」
「偉そうだな」
「ああ、なにしろ俺はお前より先に生まれている。言うならお前の兄貴だからな」
「十日しか違わないだろうが」
元気を出せよ、とアントニオは優しい目で王子を見ている。