13 サンドラちゃんの自慢
波止場亭の看板娘サンドラちゃんは十二歳だそうな。
燃えるような赤い髪と目尻がキュッと上がった緑の瞳の勝ち気そうなお嬢さんで、数年後には美人間違いなしの顔立ち。食堂でクルクルと小気味良く働いている子だ。波止場亭のご夫婦の一人っ子で、両親、特に父親には溺愛されている。
そのサンドラちゃんが私達の部屋に遊びに来た時に、クララちゃんの抱き人形を見つけてしまった。
「え!え?これはなんですか?可愛い!こんな可愛いお人形、初めて見ました!」
興奮して抱き上げ、頬ずりする年下のサンドラちゃんから人形を取り返すクララちゃんは十五歳。私が目で(やめなさいって)と合図するが手放さない。まったくもう。
「サンドラちゃんにも作ってあげようか?」
と言うと食い気味に
「嬉しいです!ありがとうございます!代金はちゃんとお支払いします!」
と緑の目をキラキラさせて喜ぶ。
「代金はいいわよ。こちらにはよくしてもらってるんだし。髪の色は何色がいいの?瞳の色も好きな色を言ってね」
「私と同じのをお願いできますか?」
「もちろん。ドレスはここにある布の中から選ぶ?それとも好きなのを自分で用意する?」
「わっ!選ぶなんてことができるんですかっ!」
まあ、以降はクララちゃんと同じ会話ですよ。大喜びしてました。
結局私の手持ちの端切れの中から自分の瞳の色と同じ緑の布を選んでたわ。緑の無地は地味だから、白で小さなお花を刺繍したら可愛いかもね。
人形作りに勢いが付いている時だったので二体目の人形はあっという間に縫い上がった。髪の毛も縫い込んで、緑の縦長楕円形の目を刺繍して濃いめのピンクで口を刺繍したところでサンドラちゃんが様子を見に来た。
「はわわ!もう出来てる。可愛い。私にそっくり」
裸の人形にほっぺをスリスリしているサンドラちゃんは自己肯定感が強い。いいことだわ。
「ドレスは緑のワンピースだけど、これから刺繍するね。白い小さなお花でいいかな」
「もちろんです!」
ああ、こういうリアクションはハンドメイドの励みになるわ。
深い緑のワンピースの裾と襟元に白い小花の刺繍を施して、完成!
このお人形は髪をサンドラちゃんと同じように癖のない直毛のままにして、白い小さなリボンを頭の片側に結び付けた。緑の瞳は少しだけ目尻を上げて刺繍した。
「はい、どうぞ」
「わああっ!ありがとうございます!」
サンドラちゃんは自分に似た人形を抱きしめて階段を駆け降りて行き、しばらくしておかみさんがお茶と焼き菓子を持ってお礼を言いに来た。
「モニカ様、可愛いお人形をありがとうございます。お客様にこんな貴重なものを頂いてしまって、どうお礼をすればいいか」
「ではお礼は、私の名前と身分は内緒にしてもらうこと、でいいですか?」
「内緒、でございますか?お安い御用でございます。そんなことでよろしいのでしたら、承知いたしました」
女将さんはちょっと怪訝そうな顔をしたが何も言わずに納得してくれた。まあ、サンドラちゃんが大切に可愛がるくらいなら大丈夫だろうけどね。
と、思った私はサンドラちゃんの社交性を甘く見ていたのだ。
サンドラちゃんは私がいない時に食堂のお客さんたちほぼ全員に「見て!私にそっくりのお人形よ!可愛いでしょう?」と見せまくっていたらしい。そりゃそんなに見せたら、見せられた人の中から「うちの娘にも欲しい。それはどこで買ったんだい?」と尋ねる人が出てくるわよね。
サンドラちゃんに人形を手渡して四日目のこと。
私たちの部屋に女将さん、ご主人、サンドラちゃんがやって来た。
「モニカ様、申し訳ありませんっ!」
ご主人にいきなり頭を下げられた。
「何事ですか?」
「サンドラが嬉しさのあまり、人形を自慢しまくってしまって、同じものを欲しいという人が八人いるんです。皆さん食堂の常連客で、お断りしにくいのです。モニカ様にこんなお願いをして申し訳ありませんが、人形を八体、作ってはいただけないでしょうか」
「どうかお願いします!ほら、あんたも頭を下げなさい!」
女将さんも頭を下げ、サンドラちゃんの頭をぐいっと手で押し下げた。
「ああ、そんな。大丈夫ですよ。私の名前は出さないでくれたのでしょう?いいですよ、作ります」
「いいんですかっ?ありがとうございます。代金はきっちりお支払いしますんで。よろしくお願いいたします」
「ああー、そうですね。それでは材料費程度を……」
するとクララちゃんが
「手間賃も頂きましょう。それが筋です」
と言い切った。しかも結構強気な値段を提示して。
「勿論です。そのお値段でいいかどうか、確認しますんで」
クララちゃん、サンドラちゃんを睨むのはやめなさいって。もういいから。
結果、クララちゃんの強気の値付けにもかかわらず八人全員が「やはり欲しい」ということになった。
それから連日チクチクチクチク頑張った。八体全部仕上げて、服や髪や目の色はお任せにさせてもらって全部違う人形を作った。
「ふぃぃ。終わったぁ!これでもう安心ね」
首をコキコキ鳴らしながらそう宣言した私にクララちゃんが不吉なことを言う。
「あれを見てまた欲しがる人が出なければいいんですけどね」
「結構お値段が高めだからどうかしら」
「いいえ。もっと高くてもいいくらいですよ!」
「もう、強気ねぇ」
などと笑っていたのも懐かしい。
それから二週間ほど経った今、領主様から私に「なるべく贅沢なドレスを着せた抱き人形が二体欲しい」と注文が入っている。
二体それぞれ細かく髪の色、目の色、ドレス、靴、全てに指定が入っている。再び波止場亭のご主人が頭を下げ……以下同文です。
この世界の情報伝達はノロノロ、と思っていたらそうでもなかった。人と人との関わり方が現代日本からは想像もつかないほど強いのだと、最近少しずつわかって来た。
宿屋から出発した人形の情報が二週間でなぜ領主様にまで届くのか。
八体売られていった人形のうちのひとつが領主様の屋敷で働いている庭師さん行きだったらしい。宿のご主人に聞いた。
通いで働いている庭師さんが愛娘のために人形を買って、それを抱えて仕事終わりのお父さんを迎えに来た娘さん。娘さんの抱いている見慣れぬ人形に目を留めた散策中の領主様。
波止場亭の奥さんに聞いたら領主様にはやはりサンドラちゃんくらいの娘さんがいると言う話だった。なるほど。二体というのは人形のお友達もほしいってことかな?
期待されると頑張ってしまうのは前世から。これでどうだ!というくらい高価な生地、高価なレース。飾りボタンも高価な品。針目も細かくミシンに負けないくらい細かく縫った。
気合を入れて仕上げましたとも。二体それぞれ特に丁寧に縫っただけでなく、今まで着せなかったフリフリの下着まで着せました。頭が大きい四頭身人形、この世界の人にも受け入れられたのは嬉しいし。
今回はそれそれらを木箱に入れ、絹の布でふんわりと包み、木箱には赤いリボンを華やかに結んで届けてもらいましたよ。
豪華バージョンの人形を納品してからは少しのんびり。
また化粧水を仕込んだり、海の幸を堪能したり。生計を立てる道筋を考えながら町の中を歩き回った。
海辺の町ならではの魚醤があるのに歓喜して、何でもかんでも魚醤をかけてはクララちゃんに「私、その臭いソースは苦手です」と鼻をつまんで避けられたりしてた。
人形作りが一段落したので、いつかは海の幸を使って美味しいものを作りたいな。魚醤を使ってね!想像するだけでおなか空いちゃうよ。
『次に食べたい、作りたい料理』を考えていたら、ふと、私の作ったレモンチーズムースを美味しそうに食べていたジルベルト王子の麗しい顔が浮かんだ。
ブルルル。思わず首を振る。忘れなさい私。それどころじゃないわ。ここで生活の基盤を作らなくちゃ。
いつまでも宿ぐらしに付き合わせては、クララちゃんにもパオロさんにも申し訳ない。そろそろお屋敷に帰ってもらわないと。