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10 私の表情

 ダフネ奥様は今も夜会に誘われ続けていて、私も同行して今夜も夜会だ。ありがたいと思うべきなのだろうが、知らない男性に声を掛けられて踊るのはいまだに苦手だ。


 それに私はお屋敷でやるべきことがある。

 荷造り。静かに素早く出ていくための。


 そんなことを考えながら踊り、疲れて隅っこの軽食コーナーでお菓子をつまんでいたら、入口の方がざわついた。


 「んん?」と振り返れば、そこには騎士さんたちに囲まれたジルベルト王子様がいた。


 う。


 私はこっそりと移動して、背の高い男性の背後に隠れた。作業小屋でのあの日以来、私はこの王子様に会わないよう祈ってきたのだ。


 私は王子様に背中を向けて小さくなっていた。



「やはりここにいたか」

 ああ。その声は。


「また食べていたのか。ん?少し痩せたか」

「王子様、お久しゅうございます。少しスッキリしたかもしれません」

「ベルトーナがいたからもしやと思ったが」


 そこまで言ってチラリと軽食コーナーを見て笑った。今、食い意地が張ってると思いましたね?仕方ないですよ。私はバイキングコーナー見ると張り切っちゃう日本人なんだから。



 王子様は夜会の参加者たちに囲まれてすぐに連れて行かれた。良かった。ホッとして顔を上げたら、参加者達の隙間を縫ってベルトーナ伯爵と目が合った。


 にっこり笑ってみたけど、伯爵様は笑わなかった。えっ。どうしたんだろう。



 帰りの馬車の中で、話題の中心だったダフネ奥様は少しお疲れのようで目を閉じていらっしゃる。伯爵様は無言だ。


 お屋敷に戻り、化粧を落としたり歯を磨いたりして、さあ、覚悟を決めて抜け出すための準備をしなくちゃね。ご夫妻に手紙も書かなくちゃ。


 そしたらクララちゃんが「旦那様がお呼びです」と呼びに来た。


 急いで伯爵様の部屋に向かい、クララちゃんと部屋に入った。クララちゃんは一礼してすぐに出て行った。


「モニカ、殿下と何かあったのかい?」

「いいえ。どうしてですか?」


「君は、殿下を見た時の自分がどんな表情をしているか、自覚してないようだ」

「私の表情、ですか?」


「ほんの束の間だが、君は怯えた顔をしていたよ」

「……」


 なんて言えばいいのだろう。


「私が知る限り、殿下は女性に無体なことはなさらない方だ。だが何か困っているのなら正直に言いなさい。助けてあげられるかもしれない」


「本当に何もありません。ですが、できればあの方にお会いするのは避けたいです。理由は言えません。伯爵様にはお礼のしようもないほど良くしていただいてるのに、申し訳ございません」


 本当にごめんなさい。言えないんです。こんなに心配してもらってるのに。前世ではどんなに辛い時でも泣かなかったのに、この世界に来てからは嬉しくて泣くことが増えた。伯爵の優しさに溢れそうな涙は堪えた。泣けば伯爵様に心配をかける。


「言えないのなら言わなくていい。だけどモニカのあんな顔を見てしまっては知らん顔はできないんだ」

「……」


「殿下が君に関心を持っていらっしゃるのは気づいていたよ。殿下に見初められたと言うなら喜ばしい話だが、君の顔からするとそう単純な話ではないのだろう?」

「……」


「行きたがらなかった君を夜会に連れて行って、結果的に君と殿下を引き会わせてしまったのは私だ。君がどうしても殿下と関わりたくないと言うのなら、助けよう。手はある」


 伯爵様はロマンスグレーの髪をかき上げると、「ダフネ!」と声を掛けた。


 続き部屋のドアが開いて、部屋着に着替えた奥様が悲しげな顔で入って来られた。


「モニカ、何があったのか私たちに話してはもらえないの?」

「ほんとうに、殿下は悪くはないんです」


 こればかりは言えないんです。私が本当はモニカちゃんじゃないなんて。王子様にそれを知られているかもしれないなんて。


 お二人は顔を見合わせてため息を吐き、奥様が首から下げてるルビーのペンダントを外して私の手に握らせる。

 

 そして私の手をご自分の両手で包んでくれる。


「あなたにあげるから、困った時は売りなさい」

「えっ?」


 旦那様がリンリンとデスクの上の鐘を鳴らし、すぐにクララちゃんが入って来た。


「こんな話を聞いたことがある。とある貴族が才能のある娘を田舎から連れて来て、たいそう可愛がっていたが、娘は王都の暮らしに疲れて出て行ってしまったそうだ。仲良くなったメイドと一緒にね」


「?」


「しっかり者のメイドはそんなこともあろうかと前もって貴族に頼まれていてね。二人で仲良く出て行ったそうだよ。まあ、そんなことはままあることかもしれないね」


「?」


「私たちはもう寝るよ。今夜は疲れたから、何かあっても気づかずにぐっすり眠ってしまいそうだ。さ、もういいよ、部屋に戻りなさい」


「はい」


 ドアのところで振り返ったら、奥様は旦那様に肩を抱かれて泣いていた。

 

 よくわからないまま部屋に向かうと、クララちゃんが黙って後をついて来る。


「クララちゃん、もういいわよ。ありがとうね」

「何を仰ってるんですか。さあ、王子様から逃げますよ。出かける用意をしてくださいまし」


♦︎


 私は大急ぎで手紙を書いた。一通は伯爵ご夫妻に。もう一通は王子様に。


「早く早く」とクララちゃんに急かされながら平民風のワンピースドレスに着替える。


 料理する毎に積み立てられて月末にまとめて渡されていたお金を、リュックに突っ込んだ。


 暗い廊下を大荷物を背負ったクララちゃんに先導され、私もリュックを背負って歩く。使用人用の出入り口に着くと、ラザロ料理長がいた。


「ほとぼりが冷めたらまた戻って来てくださいよ。まだまだ教わりたいレシピがあるんです」

そう言って包みをグイと押し付けて来た。


「弁当です」

「ラザロさん……」


 うるっとしてたらクララちゃんが腕を引く。

「モニカ様、急いでください」


 クララちゃんは足早に庭を進む。弱い月の光を頼りに塀まで進むと、石造りの塀の目立たぬ場所に、植木に隠れるようにして小さな鉄の柵があり、鍵は開いていた。


 一体いつから話が進んでいたんだろう。手際が良すぎてちょっと怖いんですが。


 私たちは塀の外の林を慎重に歩き、やっと馬車道に出る。そこには小型の馬車が用意されていた。私が先に馬車に乗り、クララちゃんが乗ろうとするのを止めた。


「クララちゃん、もう大丈夫だから、あなたは帰りなさい」


 するとクララちゃんは両足を踏ん張り腰に手を当てて宣言した。


「嫌でございます。伯爵様がこの仕事をこなしている間はお給金を三倍にしてくれるって約束してくれました。うち、お父さんが大工ですけど、屋根から落ちて今は働けないんです。お給金三倍の仕事、手放すわけにはまいりません!」


 そう言うとグイグイと馬車に乗り込んできた。クララちゃんて、思ってたよりずっと強い。


 馬車は何時間か走ると小休憩、また走る、を繰り返し、街道沿いの町や村で宿屋に泊まりながら南に向かった。やがて海が見えた。キラキラと光をはね返す明るい色の海には、たくさんの小舟が浮いていた。


「目的の町に入りました。この町に旦那様のお知り合いがいらっしゃるんですよ」


 御者役を務めてくれたパオロさんが笑顔で告げた。

読んでくださってありがとうございます。

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