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1 夜会の片隅で

(おや?あんなところであの娘は何をしているんだ?) 


 夜会の会場の壁ぎわ、軽食と菓子類が並んでいるところで、見慣れない令嬢がこちらに横顔を向けて何やら動いている。見ていると次々と軽食と菓子を頬張っていた。


(ほお)


 軽食は昔からの習慣として形式上置かれているだけで、そこに置いてある物を食べる女性などいない。はしたないとされて誰も食べないのだ。なのにその令嬢は「お前はどれだけ腹が減ってるんだ!」と言いたくなる勢いで軽食と菓子を食べては、空中を睨んで首をかしげている。


 僕はいつものように退屈なパーティーに参加している。

 誰にでも完璧な笑顔を向け、会話もそつなくこなす。相手が女性なら息を吸うように相手を誉めるし、相手が男性なら領地の話や狩りの話、交易の話をする。ダンスをすれば美しく踊れるが、踊るのは一人につき一回だけだ。同じ女性と何度も踊れば意味が生まれてしまう。


 踊りながら先程の若い娘を目で探す。壁の端に移動してまだモグモグしながらちびちびとワインを飲んでいる。あんなに食べるレディなど初めて見たな。


「殿下。わたくしと踊ってる時はよそ見をなさらないでくださいまし」


 伯爵令嬢が愛らしく拗ねる。名前はたしかルーベルと言ったか。


「ああ、すまなかった。珍しい人を見かけたものだから。もう二度と君以外を見たりしないよ」

「まっ。殿下ったら」


 愛らしく拗ねて愛らしく恥じらっている伯爵令嬢の後ろには、ギンギラギンに宝石を飾り立てた中年の女の霊がいる。その影響を受けているのであろう、令嬢は若いのに豪華なダイヤモンドのネックレス、耳にもダイヤ、指にはルビー。


「素晴らしい宝石ですね」と話を振れば、目を輝かせて自分の宝石の話をし始めた。こんな人を妻にしたら王宮の金庫の底までさらって宝石を買い集めるのだろうな。恐ろしい。


 ダンスが終わり、互いに礼をして相手のダンスを褒め合う。気になる相手なら二人で話でも、となる流れだけど、僕は笑顔で離れる。すがるような眼差しを向けられるけど、いや、君とはもう十分だよ。


 あの子は? どこに行った? 

 さりげなく探すが、さっきの軽食コーナーに姿はない。

 ああ、あちらで男に話しかけられているな。あれは男爵家の次男か。ふむ。ちょっと行ってみるか。


「やあ、アーノルド、久しぶりだね。楽しんでいるかい?」

「これはこれはジルベルト殿下! 素晴らしいパーティーでございますね。楽しませていただいております」


 僕が近づくときから目を合わさないようにしていたその女の子は、今は視線を自分のつま先に向けている。僕が近づいたら迷惑ってこと? まさかね。


「こちらのレディをダンスに誘っても?」

「はい。私は挨拶をしていただけですので」

「では美しいレディ、一曲お願いできますか?」

「はいぃっ!」


 その娘は悲鳴の三歩手前のような声で返事をした。ふふふ。かわいいな。

 ということで今、僕は見慣れぬ少女と踊っている。

 彼女のダンスはあまり上手くない。いや、正直に言うとかなり下手だ。足を二度踏まれた。少女の手は、緊張のあまり冷たく汗ばんでいる。薄いとはいえ手袋越しでもわかるほど、彼女の指先は冷たい。


「そんなに緊張しないで?」


 とっておきの甘い声と王子スマイルで微笑むと、青ざめていた娘の頬が真っ赤になった。よし、それが普通の反応だ。

 少女は柔らかい茶色の髪と栗色の瞳の女の子で、少しだけぽっちゃりした体つき。ドレスから出ている二の腕がぷにぷにしていて、綺麗と言うより可愛い子って感じだ。


「さっきは何を食べていたの? リスのように可愛い食べ方をしていたね」

「あっ。そのっ、王宮で出されるお料理を食べたことがなかったので、全種類を味見しておりました」


 全種類? 思わず娘の胃のあたりを見れば、コルセットで締め上げているだろうに、たしかに少しふっくらしている。すごいな。締め上げられてもなお全種類かよ!


「そう。美味しかったかい?」

「まあま……いえ!たいそう美味しゅうございました!」

「ふうん。で、本当は?」

「本当? 本当は、えーと」


 少女は目をパチパチして困ってる。そこで音楽が終わってしまった。本当はどうだったのだ。王宮で出す軽食が不味いわけはないだろうに。


「君、名前は?」

「モニカ・タウストでございます」


 タウスト男爵? あそこには娘が三人いたはずだが、夜会に参加するのは初めて見るな。いつも不参加だったのに、なぜ今回初めて参加したのかな。


「このあと、少し話をしたいのだけど、いいかい?」

「う。話ですか? えっと、」

「取って食べやしないから、安心して。ちょっと話をするだけさ」

「えーと、殿下、私……」

「いいから、おいで」


 背中をそっと押せば大人しくなった。

 少女は時折僕を振り返って、「ほわぁ」とか意味不明の声を出している。この国では珍しい僕の真っ直ぐでサラサラしている金髪と紫の瞳に見とれているのかな。

 

 僕とモニカ嬢は落ち着いた内装の小部屋で二人きりになった。

 僕がこんなふうに女性と二人になるのは初めてなので、後にした会場の参加者たちも専属護衛のアントニオも驚いていたな。

 ドアを守る幼なじみのアントニオは片眉を持ち上げて、「気をつけ」の姿勢のままこっそり親指を立て「よくやった!」と合図している。

 うるさいわ! そういう意味で連れてきたのではないからな!


     ◇ ◇ ◇


「君が夜会に参加するのは初めてだと思うのだけど、タウスト領からだと王都に来るのも大変だったろう? 王都には一人で?」

「は、はい。ああ、いえ。ごく最近ベルトーナ伯爵家でお世話になることが決まったのです。私はタウスト家の三女ですが、伯爵様がタウスト領に旅行でいらっしゃった折、お怪我をなさいまして。そこがたまたま我が家に近かったので、数日間タウスト家で療養なさったのです」

「うん、それで?」

「我が家は、その、あまり裕福ではなく、料理は毎日私が作っておりました。ベルトーナ伯爵様が私の料理をたいそうお気に召されました。私が作りましたと申し上げたところ、伯爵様が『王都に来ないか、一日一度料理を作るだけでいい、うちに住めば良い』と言ってくださいました」

「料理が気に入って? あの食い道楽のベルトーナ伯爵が?」

「は、はい」


 その娘が少しだけ誇らしげな顔になる。頬がピカピカしていて健康そうな色艶だ。痩せて顔色が悪い令嬢よりよほどいい。


「ふうん。興味深い。どんな料理を出したのか聞いてもいいかい?」

「初日の夕食は、夏野菜のテリーヌ、青豆の冷たいスープ、香草を効かせた川魚のムニエル、鶏の赤ワイン煮、デザートはレモンチーズムースでした。私が作り慣れていて得意なものをお出ししました」


 え? なにそれ。知らない料理がいくつもあるのだが。

 以前の僕は食の細い子供だったから、心配した当時の養育係が好きな物なら食べるのではと、王宮の料理は朝からたくさんの皿が出されていた。

だから僕は料理には少し詳しいのだが。レモンチーズムースってなんだろう。


「伯爵様は次の日から『材料費は自分が持つから、思うまま腕を奮ってみなさい』と言ってくださいました」


 ふむ。まさにベルトーナが言いそうなセリフだな。


「それで、今までは家計に配慮して作らなかった料理をあれこれお出ししまして。数日後には伯爵様が私を王都に連れて帰りたいとおっしゃって。そのまま伯爵様にお供して王都に参りました」

「料理が気に入ったからと王都に? それはまた……」

「はい。私も父も『料理人かメイドとしてお屋敷で働かせて頂くだけで十分です』と申し上げましたが、伯爵様が『客人扱いにするから』と過分な対応をしてくださり、しばらくお世話になる運びとなりました」


 いや、どれだけ食い意地が張っているんだよ伯爵! 一生この子を手元に置いて料理を作らせる気じゃないだろうな。


 それよりも、だ。

 そもそも料理人も置けないような貧しい男爵家の娘が、なぜそれほどの料理を知っているのか。

 そして王宮の軽食は合格の味なのか違うのか。いろいろ気になるなぁ。

 もっとあれこれ質問して話を聞きたかったが、長く休憩室に引き止めれば他の連中に誤解される。

 僕はモニカ嬢を解放して休憩室を出て、会場の隅の方で仕事の話をしているらしいベルトーナ伯爵を見つけて近寄った。なに、軽い挨拶とちょっとしたお願いをするだけさ。


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