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ゴブリンの村 1

サブタイトルが間違ってたので変更しました!すみません……

 「アリシアさん、また会いましょう」

 「えぇ、また何処かで」

 

 早朝。手を挙げて別れの挨拶をするアルゼンたちに、アリシアは優しく微笑みを浮かべた。

 友人の門出を祝う親友の様な顔を()()()彼女は、彼らが見えなくなるまで小さく手を振る。

 そして、彼らの反応が感知できなくなると、アリシアは大きく息を吸って吐いた。

 新鮮で綺麗な空気が彼女を満たす。

 色々と溜まっていたものを全て吐き出すように数回繰り返すと、両手を挙げて伸びをした。


 「《解除》」


 手が降りる瞬間に魔法を解いたアリシアは、元の姿に戻る。

 黒の軍服ワンピースに血で紅く染まった白色の花のブローチ。左胸の傷口から溢れ出る血が、じんわりと服を赤黒く染め上げる。

 本来の姿に満足げに頷いたアリシアは、アルゼンたちの消えていった方角を見て目を細める。

 その瞳には冷徹な光が宿り、炎の様に揺らめいた。

 抑え込む様に瞳を閉じたアリシアだが、この感情が消えることはないとわかる。


 「どんなに良い人間でも、人間なら殺したいと思ってしまう……ある意味呪いですね」


 人殺しが趣味のアンデッド。

 ロールプレイを楽しむキャラ設定のつもりが、まさかこんな形で響くとは思いもしなかった。

 

 ゲームキャラになって異世界で大冒険。

 冒険者になり、街を救い、英雄として慕われる。


 王道とも言える展開を、アリシアは少しばかり期待していた。

 それだけの力が自分(キャラ)にはあると自信を持って言える。

 しかし、人間(アルゼン)たちと野営をしてわかった。

 自分は―――人間を殺したいと思っているから無理だと。

 どんなに抑え込んでも、どんな正当な理由があろうとも、例え人間の心を持っていたとしても―――人間という種に対して湧き上がる明確な殺意を消し去る事などできやしなかった。


 「はぁ……やめましょう」


 アリシアは首を振る。

 ネガティブな思考を追い出そうと、別のことを考える。

 結局、アルゼンたちと同行出来なかったので振り出しに戻ってしまった。彼らは冒険者ギルドの仕事があるらしい。

 だがそれなりの成果はあった。

 冒険者。魔法。魔導具。城塞都市バルツェン。まだまだ情報は不足しているが、有るのと無いのとでは全然違う。

 

 アリシアの当面の目標は、城塞都市バルツェンに行くことだ。

 その後の事は着いてから考える。ただ、都市に滞在するのであればお金も必要になってくるだろうし、それを稼ぐための職にも就かないといけない。

 そうなると、実力があればなれそうな冒険者という職業はアリシアにとって天職だろう。

 まぁ、冒険者になるにしろならないにしろ、まずはバルツェンだ。


 アリシアは周りを見渡す。後ろには砦、前には森が広がっている。

 うん。バルツェンってどっちにあるんだろう。

 完全に振り出しに戻っていた。


 

 暫く森の中を歩いていると、小川発見した。

 小川に沿って行けば森を抜けられると判断したアリシアは、下流に向かって歩き出す。

 暗く陰湿な森の中とは違い、川沿いは太陽の光が差し込んで暖かい。

 きらきらと水面が反射して、時より魚が元気に飛び跳ねる。

 そよ風が新緑の木々を揺らし、アリシアの金髪を優しく撫でた。息を吸うごとに、清涼な空気が肺の中に溜まる。

 耳を澄ませば小川が流れる澄んだ音が聞こえ、鳥たちが陽気に歌う。散歩するには丁度いい日和だ。

 平和だなぁとのんびりと自然を満喫していると。


 「ひぇあぁぁああっ」


 不意に、悲鳴が響く。

 かすれた女性の声だ。

 今にも事切れてしまいそうな程か細く、小川の流れる音にでさえかき消されてしまいそうな力のないものだった。

 しかし、その声の主は明確な危機を知らせていた。


 (急がないとっ)


 気づけば、アリシアは声の聞こえた方角に走り出していた。

 ごろごろとした石が乱雑に敷き詰められているが、その上を器用に進んでいく。

 悲鳴は上流から聞こえてきたので来た道を戻る形になってしまうが、また下ればいいだけだ。

 そんなことよりも悲鳴の主だ。


 小川を逸れて森の中に入る。

 その時に蜘蛛の巣が行く手を阻むように立ち塞がるが、アリシアは大鎌で乱暴に退けると、そのまま一気に森の奥へと加速した。


 (いた!)


 数十メートル離れた先の大樹の根元。

 そこに、悲鳴の主とアリシアの身長以上ある四足獣がいた。



 「ひぇあぁぁああっ」


 人間の子供程の体格をした小さな亜人―――ゴブリンが悲鳴を挙げる。

 彼女の目の前に、巨大な魔獣がいたからだ。

 長年愛用していたお手製の(かご)を無造作に落とすと、中に入っていたキノコたちが衝撃で飛び出して散らばった。

 キノコの出す芳醇な香りがふわりと漂う。その匂いをフゴフゴと嗅いだ猪の様な魔獣は、彼女の目の前でキノコを食べ始めた。

 汚い咀嚼音が辺りに響く。

 今は大好物のキノコを頬張っているが、それが終われば彼女の番だ。

 

 強靭な顎で骨ごと喰われる未来を想像したゴブリンの女性―――モッペは腰が抜けてしまった。ずるずると重い体を引きずる様に後ずさる。

 こんなことなら一人でキノコ狩りなどするんじゃなかったと後悔するが、後の祭りだ。


 干し柿の様な皺だらけの顔をもっとしわくちゃにして、モッペは自身に訪れる明確な死を覚悟した。

 抗うことはしない―――というより出来ない。それはモッペが高齢であり、ゴブリンだからだ。

 脆弱で、群れでしか生きていくことが出来ないゴブリン。

 それも高齢のモッペが武器もなく一人で立ち向かった所で、村の若いゴブリンが数十人でやっと倒せる魔獣をどうにかできる訳が無い。癇に障って死が早まるだけだった。

 

 「誰かっ助け……誰か! 助けて」


 大声で助けを呼ぼうとするが、上手く声が出ない。

 かろうじて出た言葉も、目の前の魔獣の鼻息で無情にも消されてしまった。

 

 「ひぃいいっ」


 魔獣と目が合う。

 少量のキノコでは満足できなかった魔獣が、モッペを食べようと涎を垂らしながら近づいてくる。

 彼女が逃げれないとわかっているのか、その足取りは遅い。

 ゆっくりと、だが確実に迫ってくる死に、モッペは逸らすように目を閉じた。

 そして―――。


 「間に合いましたね」

 「えっ?」


 モッペの頭上から声が聞こえた。優しげな若い女性のものだ。

 恐る恐る目を開けると、目の前には黒色の変わった服を着た美しい女性が立っていた。

 怪我はありませんか。と心配の声を挙げた美女は、モッペの前に跪く。

 青紫色の澄んだ瞳が上下に動き、やがて安堵の色に染まる。


 「怪我は無いみたいですね。良かったです」


 美女が微笑む。女神の様に美しい顔だと、モッペは同性であるにも関わらず頬を染めた。

 

 不意に濃厚な血の臭いがモッペの鼻を抜ける。臭いの元を探すように美女の後ろに目をやると、そこには魔獣の真っ二つの死体があった。

 

 「えぇと……」


 状況が飲み込めず、困惑するモッペ。

 彼女の表情を見た美女が、一瞬だけ考える素振りを見せてまた微笑む。


 「私の名前はアリシア。貴女の名前わ?」

 「あたしゃモッペ。これは……あんたがやったのかい?」


 魔獣の死体を指差す。

 それ以外に考えられないが、聞かずにはいられなかった。


 「はいっ! モッペさんを襲おうとしていたので殺しました」


 そう言って無邪気な子供の様に笑った美女―――アリシアは、自慢する様に握り拳をつくった。

 モッペは、驚きのあまり目を丸くした。

 アリシアが魔獣を倒せる事には驚きはない。女性であっても、人間種はゴブリンなんかよりずっと強く恐ろしいからだ。だが、人間がゴブリンを助けるなど聞いたことがない。

 だから、モッペは聞かずにはいれなかった。


 「人間のあんたが、どうして亜人の……それもゴブリンなんかの命を助けるんだい?」


 アリシアはきょとんとした顔をする。

 そして、また微笑んだ。


 「どうやらモッペさんは一つ間違えているようですね」


 何を。と言う前に彼女が立ち上がる。

 その様子を目で追っていたモッペは、限界まで目を見開く。

 彼女の左胸に付いている花のブローチ。そこには大きな傷がついていた。流れ出た血が雫となって落ちる。

 

 「あんた! あたしを庇って怪我したのかいっ!!」 


 モッペが慌てて立ち上がり、背伸びをする形でアリシアの傷を手で塞ごうとする。

 血が止まらない。致命傷だ。モッペはそう判断するが、諦めない。

 何か手はないかと小さな頭で考えていると、またも頭上で声が聞こえた。


 「モッペさん、よーく耳を澄ませてみて下さい。手で感じ取って下さい」

 「何を……っ!?」


 モッペはアリシアに言われて気づく。血は出ているが、彼女の心臓の音が聞こえない。鼓動を感じ取れない。そしてなにより、生命のぬくもりを感じない。

 侵食してくるような冷たさが、モッペの手を伝って身体全体にまとわりついてくる。

 いやでもわかる明確な死という感触に、モッペはある種族を連想して声を上げる。


 「あぁぁっ……あんた、まさか」

 「はい。私は、人間ではなくアンデッドです」


 アリシアが優しくモッペに微笑んだ。



 「そこの大樹に付いている印を右に曲がっておくれ」

 「わかりました」

 「そろそろ近くなったし、あたしゃここらでいいんだが……」

 「いえ、心配ですから村まで送らせてください」

 「そうかい……あんたがそういうなら」


 一つ溜息をついて、モッペはどうしてこうなったのかと彼女に背負われながら考えていた。

 あの後、再び腰が抜けて立てなくなったモッペを心配したアリシアが、村まで送り届けると言い出した。

 命の恩人にこれ以上は迷惑をかけれないと断ったが、どうしてもと言われて根負けする。

 そして、今に至る。

 遠い昔、母に背負われていた温もりを思い出すが、アリシアの背中は冷たい。氷の上に寝そべっている感じだった。


 「あんた、ホントに死んでるんだね……」

 「何か言いましたか?」

 「なんでもないよ」

 

 不思議なアンデッドだとモッペは思う。

 生きるもの全ての敵であると知られているアンデッド。知能はなく、ただひたすらに生者を襲う存在だと認識していた。

 しかし、アリシアは違う。普通に意思疎通が出来るし、敵意も感じ取れない。

 そしてなにより、彼女は聖女のように優しい。亜人であり最弱のゴブリンであるモッペの身体を心配して、村まで送り届けてくれているのが何よりの証拠だ。

 

 (何にでも例外はあるもんだねぇ……アリシアちゃん然り、亜人と共存している帝国然り……っとそろそろ村だね)


 ここらで下ろしてもらおうかと思った時、アリシアがモッペに言う。


 「前方に複数の反応がありますが、もしかしてそろそろ村につきますか?」

 「あんたよく分かったね。そうだよ、あと少しであたしの村だ」


 そうですか。といったアリシアは、なにか考え事をする。

 

 「良ければ村に滞在したいのですが……」

 「あんた、筋金入りのもの好きだね」

 

 モッペは考える。

 アリシアはアンデッドであるが、美人だ。言葉使いや仕草から見ても育ちが良いのはわかる。

 そんな彼女が、亜人の村―――それも、ゴブリンの村に泊まりたいと言い出すとは夢にも思わなかった。

 本気で言ってるのかと疑いたくなるが、きっと本気なんだろうなと何となくわかってしまった。


 「あたしゃ構わないよ。でもね、村の皆があんたを迎え入れるかはわからない」

 「そうですよね……アンデッドでは厳しいですよね」

 「あー……それもあるかもしれないねぇ。でも、そうじゃない」

 「えっと、どういうことですか?」

 「皆、あんたが美人過ぎて泊めるのを申し訳なく思っちまう」

 「ふぇっ!?」


 アリシアはきょとんとした顔をする。

 そんな顔もするのかと、彼女の初めて見せた年頃の少女らしい表情に、モッペは温かい笑顔を向けた。

 

 「あんたが良ければ、泊まっていくと良い。歓迎するよ」

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