森の砦 4
星が瞬く夜空の下、焚き火を囲んで少し遅めの夕食が始まる。
今日のメニューは干し肉と豆のスープ、パンに炙ったチーズと干しベリーだ。
アリシアは、木彫りのコップに入ったスープを見る。
美味しそうな湯気が上がり、コップを持ってみるとほんのりと温かい。具沢山というより少し質素な感じだが、そんな事など気にもしない。
初めてのキャンプ飯なのだ。
アンデッドだから食事は不要だが、今はこの幸せな時間を堪能することだけを考える。
ゴクリと喉を鳴らし、手を合わせてからアリシアはスープを一口飲む。
少ししょっぱい味が舌を刺激し、隠し味の香草の香りが微かに香る。そして、丁度良い温かさのスープがアリシアの冷たい身体を温めた。
「美味しい」
アリシアは無意識の内に言葉を溢し、目を閉じて口の中に残るスープの余韻に浸る。
「ルーツの作るスープは旨いっしょ!」
「はい!」
アリシアの隣に座るテポトが自慢する様に親指を上げた。
肯定の意味も込めて親指を上げると、二人はにやりと笑ってルーツを見た。
「ハーブ? 香草? あまり知識はありませんが、お肉との相性が抜群です!」
「うんうん、わかるぞー。味は少ししょっぱいが、汗をかいた後にはこれくらいが丁度いい!」
「何杯でもいけちゃいますね」
「二人共やめてくれ、何だか恥ずかしい」
手を前に出して恥ずかしがるルーツ。
顔はむすっとしたままだが、口元は緩んでいたので満更でもなさそうだった。誤魔化すようにスープを飲み干す姿を見て、テポトとアリシアは笑い合う。
「はい!!」
暫く、全員が食事に夢中になっていたが、テポトがいきなり手を挙げた。姿勢よく、優等生の様に真っ直ぐとしたものだ。
何事だと全員がテポトに視線を向けると、彼はわざとらしく咳払いしてアリシアを見た。
「えー、出会いはお互いに誤解しておりあまり良いものではありませんでしたが、同じ飯を食う者同士、ここらで雑談でもしましょうか!」
そう言ってアリシアの方に向き直った彼は、にっこりと笑った。
待ってましたとアリシアも、ルーツを見る。
そして、お互いに無言のお見合い。
言いだしっぺのテポトは黙ったままだ。アリシアの言葉を待っている。
何を話せばいいんだとアリシアは心の中でツッコミをいれて、アルゼンたちに視線を送る。
だが、アルゼンは申し訳なさそうに頭を下げるだけで、ルーツに至っては目を閉じて聞く態勢に入っていた。
「そうですね……じゃあ、皆さんは私に聞きたいこととかありますか?」
「はいっ!」
またも勢い良く手を挙げるテポト。
質問があるなら初めから言えやとアリシアはジト目で訴えるが、当の本人は意に介していない。
諦めたように溜息をついてテポトを指名した。
「アリシアさんは何処に行くつもりなんですか?」
「とりあえずは城塞都市バルチョンに行こうと思っています」
覚悟はしていたが、いきなり返答に困る質問がきたアリシアは先程聞いた都市の名前を言っておく。
だが、都市の名前をしっかり思い出せない。
ごにょごにょと誤魔化して出た言葉は、少しだけ間抜けな響きをしていた。
(大丈夫だよね。今のであってるよね?)
余裕の微笑みの裏では冷や汗だらだらなアリシアは、確認するようにアルゼンたちを見る。
三人とも頷いているので伝わっていることに安堵したが、何故か微笑ましいものを見たときの温かい表情をしていた。
「そういえば! 皆さんはどうしてあんなに震えていたんですか?」
何だか恥ずかしくなったアリシアは、誤魔化すように質問する。
アリシアの問いかけに三人は顔を合わせると、アルゼンが恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。
「上級魔法が使えることにも驚いたが、それよりもアリシアさんの殺気が恐ろしくって……」
アルゼンの発言で、この世界にも魔法があることがわかった。
ついでに、殺気で屈強な男三人を震え上がらせることが出来るらしい。全然嬉しくない。
ムスっとした表情をしたアリシアを見て、アルゼンが慌ててフォローをいれる。
「じょ、上級魔法が使える人間は冒険者の中でも僅かなのに、アリシアさんは凄いよなー……ははは……」
「そうなのですか? ではその上のランクの特級魔法、更に上の超級魔法を使える人はいないのですか?」
フォローが下手くそだと思ったが、アリシアの予想外の食いつきに胸を撫で下ろすアルゼン。
そして、顎に手を当てて考える。
「そうだな……特級魔法を使える冒険者は俺が知ってる限り白金級冒険者チーム「紅の星空」の『炎姫』の一人だけだな。超級なんて御伽噺の中に登場する魔法だろ?」
「なるほど……」
アルゼンに礼を言って微笑んだアリシアは、心の中で随分と冒険者の質が低いのですね。と付け加える。
彼女の認識からすれば、下級から特級魔法まではキャラのレベルを上げていけば簡単に覚えられる魔法で、超級魔法もレベルがカンストした時に受けられるクエストをクリアすれば覚えられるものだった。
勿論アリシアはカンストキャラだったので、超級魔法を二つ覚えている。
つまりアルゼンの発言は、近くにアリシアの驚異となりうる存在がいないと言うことを意味していた。
気になるのは白金級冒険者チーム「紅の星空」の『炎姫』だが、今は気にしなくて大丈夫だろう。
「教えて頂きありがとうございます」
「あー、いえいえ」
「ちなみに、私が冒険者になる場合は一番下の階級からのスタートですか?」
「いや、冒険者になる前に簡単な実力検査をやるからその結果次第だな。良い結果だと最高で銀級冒険者―――俺たちと同じランクまで一気に上がることが出来る」
まぁ、アリシアさんなら楽勝だろうよ。と付け加えたアルゼン。
(銀級冒険者かー……なるほどなるほど。わからん! それって凄いことなの? 教えて欲しいぃ。でも、聞いたら怪しまれるよね……)
「ま、いきなり銀級なんてめったにいないけどな! いたらそいつは天才だってことになる」
(テポトさんぐっじょぶ!)
アリシアの知りたかった情報を偶然教えてくれたテポトに、彼女は心の中で賞賛を送る。
とりあえず、冒険者についてはこの辺で良いかとアリシアは思う。もっと聞きたい事はあるが、冒険者になる機会があればギルドの人が教えてくれるだろう。
あとは何を聞こうかなとアリシアが考えていると、ルーツと目があった。
そういえば彼はずっと黙ったままだと思ったアリシアは、彼に話を振ってみる。
「ルーツさんは、何か聞きたいこととかありますか?」
「むっ……」
まさか振られるとは思わなかったのか、腕を組んで考えるルーツ。
一瞬で答えが出たのか、真一文字に結んでいた口を開けた。
「アリシアさんは、彼氏とか居るのか?」
「いません」
思いもよらぬ質問だったが、反射的に答える。何でその質問なんだ! とルーツの頭をスパンッと叩きたかったが、アリシアは寸前の所で我慢した。
かわりに、アルゼンが彼の頭に拳骨を落とす。ゴツンと良い音がして痛そうに頭を押さえ、それを見たテポトが笑っている。
「申し訳ないアリシアさん」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
アルゼンが頭を下げ、気にしていないとアリシアが手を挙げる。
ルーツがどういう意図で質問したのかはわからないが、恋バナを期待していたのなら、それは無理な話だ。彼女に恋愛経験はない。
こっちの世界でもアンデッドだから無理なんだろうなー。とアリシアは遠い目をした。
「さて、そろそろ寝るかなー」
「えっ!?」
突然の就寝宣言に、アリシアは目を丸くして驚く。彼氏の話からどうすれば寝る話になるんだと考えるが、心当たりはない。
夜はまだ始まったばかりだし、雑談だって全然してない。それなのに、アルゼンは寝ようとしている。
他の二人も同意見なのか、誰が初めに見張りをするのか三人で話していた。
「俺らで交代で見張りはするので、アリシアさんは寝てて大丈夫ですから」
「えっ……」
「気にしないでゆっくり寝て下さい。では、おやすみなさい」
「えっ……あ、はい……おやすみなさい」
流れるような速さに待ったをかけれなかったアリシアは、呆然とした表情で横になる。
何でこうなった。どうすればよかったの。と考えるが答えは出なかった。
話し足りない。不完全燃焼過ぎる。だが、睡眠を邪魔してまで話が出来るかといえば、そんなことない。
しょうがない。明日に期待しようとアリシアは自分を無理やり納得させて、眠ろうとする。
(忘れてた……私はアンデッドだったよ)
アンデッドは睡眠を必要としない。
アリシアの長い長い夜が始まった。
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