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森の砦 3

 「誤解してしまい。申し訳ありません」


 魔法を解除した彼女が、深く頭を下げる。

 穏やかでやわらかい仕草だ。

 顔も美人だと、行動の一つですらこんなにも美しいものなのかとアルゼンたちは感心するように見惚れる。

 先程の殺気など嘘のように彼女からは何も感じない。こちらを心配する顔は、まさに慈悲深い女神の様だ。

 既に彼らは自分たちが目の前の美女に殺されそうになっていたことなど気にもしていなかった。

 ふわりと漂ってくる彼女の優しい甘さの香りに、花に群がる虫の様に引き寄せられそうになる―――が、鋼の心でその誘惑を押さえ込んだ。


 「いや、こちらこそ誤解を招くようなことをしてすまなかった」

 

 アルゼンは立ち上がり、深く頭を下げる。

 釣られるようにアルゼンの仲間―――テポトとルーツが立ち上がって頭を下げた。

 前にも似たようなこと―――女性に頭を下げた事―――があったなと、アルゼンは頭を下げながら思い出す。

 あの時は、男が女に頭を下げるなど有り得ない。銀級冒険者のプライドはないのか。と他の冒険者に言われたことがあるが、アルゼンたちからすればそんなプライドは何の役にも立たないとわかっている。


 「顔を上げて下さい……」


 美女に言われるがまま頭を上げると、彼女が困ったように微笑んでいた。

 そんな顔もまた美しく、また見惚れそうになる所を美女の言葉が阻止した。


 「私の名前はアリシア。貴方の名前はアルゼン・スートンさん……でよろしいでしょうか?」

 「ッ!! あぁ、アルゼン・スートンで間違いない。アルゼンと呼んでくれ、後ろに居るのは仲間のテポトとルーツだ」

 「よろしく!」

 「どうも」


 茶髪で長身の男―――テポトが親しみを込めて手を挙げ、無精髭を生やした丸刈りの男―――ルーツが静かに頭を下げた。

 そんな二人に対しアリシアは、テポトには彼と同じように手を挙げ、ルーツには微笑みながら頭を下げた。

 彼女の丁寧な対応に、アルゼンは目を丸くした。

 外見もそうだが、内面ですら美しい女性(ひと)だと感じ、豪快な酒場の女将とは違う彼女のなれない反応にどう対応すれば良いのかと困ったように笑みを浮かべる。

 とりあえず、本来の目的を彼女に伝えようとアルゼンは声を発した。


 「アリシアさん」

 「はい?」

 「今日っ! ここで野営をするつもりなんだが……その、一緒にしても大丈夫だろうか?」

 

 緊張のあまり、初めは大きかったアルゼンの声がみるみる内に萎んでいく。

 頬は熟した果実のように朱を帯び、身体がぼんやりと熱くなる。それは、初々しい青年が想い人に告白する時のようで、微笑ましかった。

 だが、アルゼンは青年ではなく良い歳したおじさんである。この時ばかりは銀級冒険者なのに情けないと思ってしまった。

 何故自分はこんなに緊張しているんだとアルゼンは心の中で自問するが、彼の答えが出る前にアリシアが口を開く。


 「はい、勿論大丈夫ですよ! 大勢でキャンプする方が楽し……じゃなくて……野営する方が安心ですからね!!」

 

 彼女は右手で握り拳を作り、今日一番の笑顔で答えた。

 花が咲いた笑顔とはこういうものかとアルゼンたちは思い、アリシアに礼を言ってから自分たちのバッグを取りに戻った。その足取りは羽のように軽く、リズムよく下草を踏んでいく。


 「アリシアさんめっちゃ美人だなっ」

 「あぁ、お伽噺に出てくる聖女の様な女性だ……庇護欲を掻き立てられる」

 

 テポトとルーツが興奮気味に話す。

 子供の様にはしゃぐ姿に、アルゼンは苦笑いだ。


 「しっかし、アルゼン……いや違うな。()()()()()も可愛かったぞー童貞みたいでなっ」

 「てめぇ、テポト! この野郎!!」


 テポトがアルゼンの前に出て意地汚く笑う。先程のアリシアとの問答の事を言っているとわかったアイゼンは、顔を赤くしてテポトに拳を振り下ろした。

 それを軽やかに避けたテポトは、舌を出して彼を挑発した後に一目散にアリシアの待つ砦の野営地へと駆ける。


 「待てやこらっ!!」


 跳ねるように走るテポトの背負ったバッグから挑発するような音が鳴る。それに触発されたアルゼンが、少し遅れて彼の後を追いかけた。


 「やれやれ、二人共子供(ガキ)だな……」


 そんな様子を、ルーツは冷めた目付きで眺める。

 しかし顔は笑っており、彼らの周りは和気藹々とした雰囲気に包まれていた―――彼らを監視する目など気にもせずに。


 「微笑ましいですね……とっても……あぁ、目の前で仲間が殺された時、貴方たちはどんな顔をするのでしょうかぁ」

 

 野営地からでも聞こえてくる彼らの楽しげな騒ぎ声に、蕩けてしまう程顔を歪めたアリシアが、肩を抱いて悶える。

 《擬態》の魔法がかかっているので血色のない頬は色気づき、我慢するように吐息が漏れたその姿は、老若男女全ての者が欲情してしまう雰囲気を醸し出していた。

 だが、考えていることは物騒極まりない。

 アリシアは、人を殺したくて仕方が無かった。

 例えそれが設定だとしても、そして中身が日本人であっても、この湧き上がる渇望を抑えることは出来ない。


 「あぁ、殺したい。殺してあげたい。殺させて欲しいぃ……」


 アリシアは顔を手で覆う。

 指の間から青紫色の瞳が狂気の光を宿し、妖しく光る。

 空腹で獲物を探す肉食獣の様にぎょろぎょろと瞳が動き―――焚き火の前で止まる。

 そのままじーっと炎を見つめていたアリシアは、ふと冷静になる。それは、荒波から一瞬で凪に変化するほどの違いがあった。


 「彼らを殺したら、()()()のキャンプが出来なくなるし情報も聞けない。それはダメ」


 その言葉はアリシアの衝動を抑えるには充分な力を持ち、納得のいくものだった。

 ()り方は迷うが、殺すのは簡単だ。

 しかし、彼らは貴重な情報源でこれから一緒にキャンプをする人間だ。それを失うのは悲しい。


 それにとアリシアは考える。

 上手くいけば、彼らが拠点としている街や国に行けるかもしれない。

 そうなれば、そこには沢山の人間が居るだろう。彼らの言う冒険者にもなれるのかもしれない。

 冒険者。とても興味を(そそ)られる言葉だ。

 異世界の定番ともいえる職業に、アリシアは期待する。

 だから、今は彼らを殺さない。趣味は後回しだった。

 

 (ちょっとは抑えれた気がする……たぶん、きっと)


 我慢だと抑えてもひょっこり出てきてしまう殺意さんに軽くめまいがするが、大丈夫だろうと楽観する。

 それに、今は彼らとの野営を楽しむのが最優先事項だ。

 色々と聞きたい事はあるが、情報収集は程々にしようとアリシアは考える。


 (へへ……冒険談とか恋バナとか聞けるかな)


 ぶっちゃけた話、情報よりもそちらの方が聞きたいアリシアは、先程とは違う理由で頬を緩めてだらしない顔をしていた。美人も台無しの顔である。


 (どんなお話が聞けるかなぁ……楽しみだなぁ)


 暫くの間にへらとしていたアリシアだが、彼らが近づいてくる気配を察知する。

 はっとして何時もの美人顔に戻ると、誤魔化すように薪を数本くべた。

 

 「ふぅ、えらい目にあった」

 「お前がいらん事を言うからだ」

 「ふふ、アルゼンさんにテポトさんおかえりなさい」


 丁度その時、テポトが痛そうに頭を押さえながら野営地に入ってきた。その後をアルゼンが続く。

 喧嘩をした子供の様だとアリシアは思い、くすりと笑って彼らを出迎えた。

 恥ずかしそうに手を挙げた二人は、焚き火の周りを囲うように座る。

 アリシアの右側にはテポトが、焚き火を挟んで正面にはアルゼン。そして、最後にやって来たルーツが彼女の左側に座った。


 「ふぅ……」


 背負っていた荷物の重さから解放され、やっと心身共に休めると三人は安堵の溜息をつく。

 しかし、直ぐに立ち上がって野営地から出ていこうとする。

 不思議に思ったアリシアは、三人に声をかけた。


 「アルゼンさんどうかしましたか?」

 「いや、万が一に備えて砦の周辺に警戒網を敷いておこうと思ってな」

 「なるほど……手伝いましょうか?」

 「大丈夫だ」


 警戒網というのに興味があったが、断られては仕方がない。

 本当は魔法があるから何か接近してきても大丈夫だと言いたかったが、それだと彼らの接近に気付かないのはおかしいと思われてしまう。だから、アリシアは黙って彼らを見送った。

 数分で戻ってくるだろうと思い、膝を抱えるように座り直した。


 「ふう……」

 「おかえりなさい」

 「あぁ……ただいま。警戒網は敷き終えたからこれでとりあえずは安心だろう」

 「ありがとうございます」

 

 何もやることがないのでボーッと焚き火を見ること数十分。

 アルゼンたちは帰ってくると、どかりと自分の荷物がある場所に座り込んだ。 

 そして、アルゼンとテポトが忙しなくバッグに付いている食器を外して並べ始めた。

 隣のルーツが調理器具をバッグから取り出す。


 「焚き火を少し借りても?」

 「っ! はいっ!! 勿論です!!」


 ルーツはアリシアにお礼を言うと、黒焦げのブロックを積んで簡易的な(かまど)を作った。

 

 (なるほど、あのブロックはああやって使うんだ)


 アリシアは感心しながらルーツを観察する。

 彼は作った竈の上に鍋を置くと、ガチャポンのストラップの様な小さくて可愛い急須を皮袋から取り出した。

 何に使うのだろうとアリシアは目を輝かせて見ていると、ルーツはそのまま急須を鍋の上で傾ける。

 すると、急須から水が出てきた。じゅぅと熱しられた鍋から音が鳴り、暫くすると聞こえなくなる。

 アリシアは鍋の中を覗くように身体を傾ける。

 そこには水が溜まっていたが、どう見ても小さな急須に入っていた量と違う。

 どういう事だと直接聞きたいが、不思議な急須がこの世界で一般常識として知られている場合不審がられる。


 「それはどちらで買われたんですか?」

 「ん? あぁ、この水を生む魔道具か。これは、城塞都市バルツェンの大通りにある魔道具屋で買ったな」


 よし!と内心で喜んだアリシアは、知りたかった情報以上の事を聞けて大満足だった。


 「そうなのですね! デザインがとても可愛いので私も欲しいなと思いまして……そのお店では他にも可愛いデザインの()()()を売っていますか?」

 「可愛いかどうかはわからんが、冒険に必要な魔道具はある程度そこで揃えられるな」

 「なるほど……」


 この収納袋もそのお店で買ったものだとルーツはアリシアに皮袋を渡す。

 それは、先程急須を取り出していた皮袋だった。

 巾着袋程の大きさで、持った感触だと中には何も入っていないと判断できる。

 特にこれといった特徴もないので一通り眺めた後、お礼を言ってルーツに皮袋を返した。

 アリシアから皮袋を受け取ったルーツは、そのまま袋を開けて中に手を入れた。そして、()()()()()()()()を取り出すと、腰に差していたナイフで肉を削って鍋の中に落としていく。


 「えっ?」

 「うん? どうかしたか?」

 「あっ、いえ! 何でもありません」

 

 ルーツが一瞬怪訝な表情をしたが、アリシアは誤魔化すように笑う。

 そうかと言って、また肉をそぎ落とす作業に戻った彼を見て、危なかったとアリシアは内心胸をなでおろした。そして、ルーツの目の前に置いてある皮袋に疑心の目を向ける。

 あの袋の中には何もなかった。

 しかし、ルーツは袋と同じかそれ以上の大きさの干し肉を中から取り出した。


 (ルーツさんは魔道具屋で買った収納袋と言っていた……つまり、あの袋は四○元ポケットみたいな魔道具かな?)


 きっとそうだなとアリシアは頷く。

 そして、アリシアがゲームの中で所有していたアイテムは一体何処にあるのだろうと考える。武器や防具、ポーションや魔法石等の消費系アイテム。それらをアリシアはアイテムボックスに入れていた。収納袋を見るまで思い出さなかったが、無くなったとなると精神的なダメージを受ける。

 いや、まだ決まった訳じゃない。

 アリシアは試しにアイテムボックスを開く映像を思い出しながら、自分の手をローブに隠すように入れてみる。すると、何か手応えを感じることが出来た。

 そして、アリシアの目の前にゲームで見慣れたアイテム欄が浮かび上がる。異様な光景に、一瞬鳴らないはずの心臓がドキリとするが、アルゼンたちは気にもしないで夕食の準備をしている。


 「アルゼンさん」

 「どうした?」

 「あっいえ、何でもありません……ごめんなさい」

 「おぅ!」


 アリシアは試しにアイテム欄を開いたままアルゼンの名前を呼んでみる。

 手元で作業をしていたアルゼンが、手を止めてアリシアに視線を移す。

 今、彼の視線にはアイテム欄が浮かんでいるアリシアが見えているはずだが、それが見えていないとわかる平凡な反応を示した。残りの二人も同じで、一瞬アリシアを見たが、そのまま自分の作業に集中する。

 自分にしか見えないとわかったアリシアは、安心してアイテムボックスの確認をする。

 そして、ほっと安堵のため息を付いた。

 そこには、ゲームの時と全く同じだけのアイテムが綺麗に保管されていたのだ。森の広場で出した大鎌もその中にあった。

 取り出せる物が武器だけではない事を確認するため、アリシアは試しにポーション(体力回復薬)を一つ取り出してみる。すると、ローブで隠された右手に細長い容器に入ったポーションが握られていた。

 結果に満足したアリシアは、そのままアイテムボックスにポーションをしまうと、誤魔化すように大きく伸びをした。


 「ふぅ……」


 瞳を閉じながら二度三度ほぐす様に首を大きく傾け、深呼吸する。

 すると、アリシアの鼻腔を美味しそうな匂いが通り抜ける。

 食欲を唆る匂いの発生源を突き詰めるべく彼女の瞳が勢い良く開かれ、周りを見渡す。

 発生源は直ぐに見つけることが出来た。

 匂いの正体は、アルゼンたちの夕食からだった。

 アリシアが思考の海に沈んでいる間に作り終えた様で、美味しそうな湯気が鍋から上がっている。

 そして、タイミング良くアルゼンがアリシアに声をかけた。

 

 「夕食ができたんだが、アリシアさんも食べますか? あ、もう食べたんなら無理にってわけじゃ……」

 「食べます!! いただきます!!」

 「おっおう」


 アルゼンが言い終わる前に、アリシアは言葉を被せる。

 そして、目を爛々と輝かせて身を乗り出した。


 「とっても嬉しいです!! ありがとうございます!!」


 アリシアの声が、夜空に元気いっぱいに散っていった。

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