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森の砦 1

 アリシアは森の中を突き進む。

 森の中は低木や草が生い茂っているイメージがあったが、そんなことはなかった。

 かわりに、(こけ)(つる)が木々に巻きついており、ジメジメとした空気が満ちていた。

 太陽の光も木々の葉っぱで隠されており、それがまたより一層暗く陰湿な空間にしている。

 そんな森の中をアリシアは黙々と歩く。

 初めこそ碧眼を輝かせながら森の景色を楽しんでいたが、一向に変わる事のない景色に彼女の瞳はどんどんとくすんでいった。


 「はぁ……」


 息を吐くのと同時に、溜息が漏れた。猫背になり、右に左に揺れながら森の中を歩く。

 揺れる視界に映るのは、木の幹だけだ。

 魔法の方も反応はなく、虚しさだけが積もっていく。

 何も起きないというのは良い事だ。アリシアもそれは分かっている。

物語の主人公たちは異世界転生初日に山賊やらゴブリンやらが出てきたり、何かしらトラブルに巻き込まれたりするが、全くそんな気配やフラグはない。

 色々と情報が不足しているのでアリシア的には嬉しいのだが、心の隅でトラブルに巻き込まれるのを期待している自分がいた。それは、自分の中で渦巻く力を試してみたいという探究心と、残虐的な思考からきていた。

 しかし、何も起きない。

 当たり前だ。

 アリシアの近くに何も居ないのだから起きる訳がない。魔法でその事がわかってしまうのが辛かった。

 

 見たことない鳥が、枝の上で鳴いている意外に変化はない。

 アリシアの履いている黒いブーツが枝葉を踏む音が虚しく響く。その音に警戒した頭上の鳥が、彼女が歩いてきた道を戻るように飛び去っていった。

 死んだ魚の目で鳥が見えなくなるまで見送る。

 そして、一度溜息を零して前を向いた―――すると。


 「明るい……!!」


 まだ少し遠いが、森の先が太陽の光で明るくなっているのがわかった。

 ずっと足元ばかり見ていたので気付かなかったが、待ち望んでいた変化である。

 アリシアはその場で小さくガッツポーズをすると、飛ぶように駆け足で明るい場所へと向かう。

 徐々に開けていく景色に目の色は輝きを取り戻し、自然と笑みが溢れた。


 「ぶふぇっ!?」


 あと少しという所で、アリシアの顔に何かが巻きつく。

 情けない声を挙げた彼女はその場に(うずくま)って顔についた何かを必死に取る。

 それは木々の間にあった蜘蛛の巣で、見事に彼女は顔面で受け止めた。

 幸い巣は古いもので蜘蛛は居なかったが、それでも巣としての機能は健在であった。


 「いぃっ!? 何ですかこれ!! ひぃい……」


 ベタベタと顔にまとわり付くゾワゾワとした気色の悪い感覚に、アリシアは若干涙目になる。

 何これ! 何これ! と慌てながら蜘蛛の糸を取る。

 そこに人殺しが趣味のアンデッドの面影はなく、年相応の女性の姿があった。


「酷い目に逢いました……」


 蜘蛛の糸を取り終えたアリシアは、ふるふると頭を振って立ち上がる。

 そして、今度こそ明るい場所へと出た。


 そこは森の中に存在する朽ちた砦だった。

 砦の周りを覆う外壁はなく。その残骸が苔にまみれて埋もれている。

 砦にも苔や蔦が生えており、森の一部となっていた。

 自然に崩れたのか、それとも何者かによって破壊されたのかはわからないが、放棄されてかなりの年月が経っている事がわかる。

 森から出れなくてちょっとだけ残念だが、砦があるということはそれを造った者たちもいるという事だ。

 アリシアは、まだ見ぬ生命体に期待を胸に踊らせていた。

 

 「お邪魔します」


 誰に言うまでもなく、森に埋もれた砦の内部へと入る。入るといっても半分以上は崩れている為、入口を抜けた先は森が見えていた。

 ハリボテという感想を抱き、アリシアは内部の探索をする。

 石畳と若干の壁を残しただけの砦の内部は、外壁と同じく苔や(つた)が蔓延っていた。

 誰も手入れをする者がいないので、植物たちは好き放題に伸びていたが、そこには自然特有の美しい光景が広がっていた。

 つる植物の花が満開に咲き乱れ、足元の黄緑色の苔は水滴でキラキラと輝いている。

 踏んでしまうのを申し訳なく思いながら優しく歩いていると、目の前を白い蝶が通り過ぎる。

 ふわりふわりと飛ぶ姿はのんびりとしており、この景色と相まって平和な印象を与えた。

 しかし。

 

 (蜘蛛の巣は―――ないですよね)


 蝶がいるなら蜘蛛がいるかもしれない。

 先程の蜘蛛の巣の感触を思い出したアリシアは、ゾゾっと鳥肌が立った。

 蜘蛛が顔に付いているイメージをしてしまい、堪らず両手で顔を掻くように覆う。

 そして、そのままの格好で進む。

 指の間からきょろきょろと碧眼を左右に向け、時よりビクっと身体を反応させながら進む姿は間抜けを通り越して哀れに見えた。


 そうして砦を探索していると、一箇所だけ不自然な場所があった。

 そこは、アリシアが入った場所から一番奥の所―――砦の外壁―――と隣接している場所で、そこだけ石が積まれて部屋のようになっていた。

 両手で顔を覆うのをやめて近づいてみると、部屋の入り口には明らかに人が出入りしたのであろう痕跡を見つけることが出来た。


 「なるほど……」 

 

 アリシアは部屋の中を覗く。

 野営地だと直ぐにわかった。というより入口の壁の所に木札で書いてあった。

 三メートル四方の部屋の中心には黒く焦げた跡があり、焚き火をしたというのがわかる。

 奥の角には焚き火で使うのであろう薪が積まれており、何か書かれた木札が壁にかけられていた。

 あとは、何に使うかわからない黒焦げになった直方体のブロックが置かれている。

 部屋の中に入ると周りの景色が見えなくなった。

 屋根はなかったが、アリシアの身長以上の壁に囲まれているので妙な安心感がある。

 そのまま薪が積まれた角まで行って、木札の内容を確認する。


 「使ったら補充すること……うーん?」


 入口にあった木札もそうだったが、書かれている文字は日本語ではない。

 それなのに理解できるのは、不思議な力が働いているからだろう。

 言葉が通じるかは現地人とまだ会話をしていないのでわからないが、それはぶっつけ本番で検証するしかなかった。

 

 「やっぱり、ここは異世界で間違いなさそう」


 初めは半信半疑であったが、今は異世界としか思えない。

 知らない文字、知らない場所、魔法に、ゲームキャラになっている自分。

 これだけ判断材料があれば、充分だろう。


 「異世界……異世界かぁ」


 これからどうしようとアリシアは考える。

 「うーん」と言いながら空を見上げると、何時の間にか空は朱色に染まっていた。

 直に夜が来るのだろう、辺はひんやりとした肌寒い空気が満ちていた。


 「どうしようなんて……まだ考えてる暇はないか」


 異世界だったとしても、まだわからない事だらけだ。

 将来の事を考えるにはまだ早いと判断したアリシアは、きょろきょろと周りを見渡す。

 

 「とりあえず、座りましょうか……」

 

 いい加減座って考えたいと思い、何処かいい場所がないかと探す。

 すると、先客が残したのかそれともこの野営地に完備されているのか、丈夫な布が置いてあった。

 アリシアは手に取って持ち主の名前がないか確認する。

 使い込まれており枯葉の様な茶色だったが、どこも破れておらず名前もなかった。


 (持ち主さんごめんなさい。使いますね)


 アリシアは布を折りたたんでその上に座ってみた。

 座り心地はあまり良くなかったが、直に石畳の上に座るよりはマシだろうと自分を納得させる。

 ホッと一息ついている間にも、辺はどんどん暗くなっていく。

 

 (どうしようかな……魔法を使えば夜でも動けるけど)


 これまでずっと森の中を歩き続けてきた。

 不思議な事に肉体的な疲労感はこれっぽっちもないが、精神的な疲れはある。

 休みたい所である。そして、ここは幸いにも野営地だ。

 そこから導き出される答えは一つ。

 

 「初めての……キャンプですね!」

 

 アリシアはごくりと唾を飲み込む。

 見知らぬ土地でキャンプ。

 不安もあったが、それよりもワクワク感が彼女の心を支配する。

 想像するのは楽しくキャンプをする自分の姿だ。やったことはないが、動画でなら見たことはある。

 キャンプ飯は何を作ろうか、定番のカレーやシチュー。それとも焼肉か魚の串焼きもいいな。

 夜は友達と焚き火を囲って談笑―――そこで冷静になる。


 「誰と……?」


 この場所には誰もいない。

 アリシアはボッチだった。つまり、ソロキャンプだ。

 いや、道具も食料も何もないのでキャンプというよりサバイバルの方だった。

 

 「うっ……泣くな私。キャンプじゃなくて初めてのサバイバルでもきっと楽しいよ」

 

 朽ちた砦で一人寂しく焚き火を囲む自分を思い浮かべ、アリシアは途端に虚しくなる。

 ふるふると頭を振って虚しさを霧散させると、サバイバルってどうすればいいのかと考える。

 

 まず大事なのは水だ。人間は水なしでは数日しか生きることが出来ない。

 早急に見つけるべきだろう。

 ただ、アリシアはアンデッドで死んでいるので水はいらない。

 じゃあ食べ物はどうだろう。

 食欲はある。焚き火で料理をしてみたい。

 だが、森の中から食材を見つける知識がない。というより死んでいるので不要だ。

 拠点づくり! と思ったが、この野営地以上の立派なものを作れる気がしない。


 「困らないからいいけどさ……なんでしょう……こう……」


 つまらない。

 アリシアは拗ねた子供の様に口を尖らせ、傍にあった小石を投げる。

 放物線を描いて対面の壁に当たると、カーンと小さく音が鳴った。

 溜息をついて黒く焦げた地面を見つめる。


 「焚き火っ!!」


 ガバッと勢いよく顔を上げたアリシア。

 焚き火だ。やることがあった。それも、キャンプやサバイバルの定番とも言えるものだ。


 「でも、どうすれば?」

  

 焚き火を起こした事がないアリシアは、考える。

 こんな時の為の知識だ。

 何か使える知識はないかと、記憶を辿ると―――何故かスキンヘッドの外国人がジャングルで火起こしをしている動画を思い出した。

 彼は木の棒を使った原始的なやり方で火を起こし、歓喜の雄叫びを挙げる。

 これだ!とアリシアは目を見開き、立ち上がる。


 (まずは必要な物を揃えて……)


 それから火起こしだ。

 やってやるぞとグッと拳を握り締める。

 やる気という炎が勢いよく燃え上がり―――。


 「…………魔法でいいですね」

  

 一気に鎮火した。 

 へにょりと背筋が曲がり、長い溜息をつく。

 火の魔法を使えばいいだけなら、時間と労力をかけて火を起こす必要なんてない。


 アリシアはふらふらと薪が置かれている角まで行く。

 大小様々な薪が、大きさ毎に綺麗に並べられている。

 一抱え出来る程度の薪を適当に選ぶと、焚き火の後に数本並べる。

 

 「《火球(ファイヤーボール)》」


 並べた薪に向かって魔法を唱える。

 アリシアの掌に赤色の魔法陣が浮かび上がり、サッカーボール程の火の球が薪に向かって発射された。

 

 「これ、大丈夫ですよね? 火事になったりとかしないよね?」


 着弾と同時に激しく燃え上がる火を見て、アリシアは若干後ずさる。

 これじゃあ焚き火じゃなくてキャンプファイヤーだ。

 異世界の木はこんなに燃えるのか、それとも魔法のせいなのか。

 多分後者だろうなと呆然とした表情で、自身の身長ほどある炎を見つめるアリシア。

 暫く眺めていると、次第に炎は落ち着きを取り戻していった。


 朽ちた砦の一角で、ぱちぱちと音を上げながら焚き火が燃える。

 火の粉が舞い上がり、夜空に溶けるように消えていく。

 火の温もりがアリシアの冷たい身体を優しく温める。

 ただ木が燃えているだけなのに、見てるだけで心が安らげた。

 そして、空を見上げれば満天の星空。

 アリシアはその美しさに心を奪われる。この感動を言葉で言い表わすことなど不可能だった。

 キャンプじゃなくてサバイバルだった時はどうなるかと思ったが、この景色を見ればそんなものは憂鬱だと思えた。

 

 「―――む?」

  

 宝石のように美しい夜空と心安らぐ火の音。

 アリシアは初めてのサバイバルを満喫していた。

 しかし、それを邪魔するようにこちらに向かってくる反応が三つ。

 アリシアは直ぐにこの場を離れようとするが、思い止まる。敵意を感じ取れなかったからだ。探知系の魔法を使っている気配もない。

しかし、反応は迷うことなくこちらに近づいて来ていた。

 アリシアは考える。

 相手の目的がわからない以上、下手に動けば刺激してしまうかもしれない。

 相手が何者なのかも実力もわからない状態だ。

 それに。


 もしも襲ってきたら―――戦えるかも。


 「この感情は……何?」


 逃走ではなく闘争を望む自分に戸惑うアリシア。

 更に、その先の事も期待している自分がいる。

 ドス黒く、どろどろとしたものだ。

 初めて芽生えた感情(殺意)に、言い様のない不安と拒絶が起こる―――かと思ったが、そんなことはなかった。

 平和ボケした日本人では有り得ない事だが、一つ心当たりがある。というかそれしか考えられない。


 「これ、(アリシア)の設定が影響してますね……」


 人殺しが趣味。

 ゲーム内では面白い設定だと思ったが、現実だと厄介以外の何者でもない。


 「とりあえず……」


 この姿は不味いだろうとアリシアは苦笑い。

 金髪碧眼の美女だが、今の彼女はアンデッド。

 左胸には大きな刺し傷があり血が溢れている。

 服装も黒の軍服ワンピースだ。どうみてもこの空間では不釣り合いだし、所々血で赤黒くなっているおまけ付きである。

 このままの状態で人に合ったら速攻でヤバい奴だと判断される。絶対に。

 どんなにアリシアが親しみを込めて挨拶をしても、返ってくるのは敵意とか恐怖だろう。

 最悪の場合は、そのまま戦闘に突入する。

 それはそれで良いかも。等と一瞬思ってしまうが、今はそうじゃないと抑え込む。

 異世界に来て初めての知的生命体との接触だ。

 なるべく慎重にいきたい。


 「《擬態》」


 アリシアは魔法を発動させる。

 すると、彼女の姿が一瞬で変わった。

 左胸にあった傷はなくなり、血によって赤黒く染まっていた軍服ワンピースは、平凡な茶色のローブに変わっていた。

 アリシアはイメージ通りの姿に笑みが溢れる。

 これなら人間の旅人という設定でいける―――と誰もいないのに見せびらかすようにその場で一回転した。


 「ふふ……早く来て下さいね」

 

 アリシアは焚き火の前に座り、まだ見ぬ三つの反応に優しく語りかけた。

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