神様は宛に出来ない
はじめに。
小説は読むだけでしたが、初めて物語を書いてみました。
ど素人作者が書いているので矛盾点やご都合主義と感じてしまう事が多々あるかもしれません。
もし、そういった展開等に不快に思われた方は、直ぐにページを閉じてお気に入りの作品を読んで下さい!
深い森の中にぽっかりと空いた空間があった。
新緑の草が生えたその広場には、太陽の光を浴びて黄色や白色といった花々が嬉しそうに咲いている。
花の蜜を求めて色とりどりの蝶が舞う光景は、平和でのんびりとした印象を与えた。
しかし、そこに不純物が混じっていた。
草花で出来た広場の丁度中央に立っている彼女は、黒い軍服ワンピースを着ている。滑らかな黒い生地に金の刺繍が施されており、誰が見ても上質な作りの物だとわかる。
そんな軍服ワンピース―――軍服を着ている彼女は、超がつくほどの美女だ。
緩くウェーブした金髪は肩ほどまで伸びており、ふんわりとした印象を与える。
透き通るような青紫色の碧眼は、どんな宝石の輝きにも負けないほどの美しさがあった。
非の打ち所がない絶世の美女。
だからこそ、彼女の異様さが目立ってしまう。
彼女の丁度左胸―――心臓の位置に付けられた白い花のブローチ。
それを貫いて付けられた大きな刺し傷から、紅い血がとめどなく溢れていた。
ブローチには血痕が飛び散り、流れ出た血は黒い軍服を赤黒く染め上げている。
ぽたりと血が一滴ブローチから落ちて、白い花を紅く染めた―――かに見えたが、直ぐに血は消えて元通りの色に戻っていた。
傷からくる痛みはない。しかし、誰がどう見ても致命傷であった。
彼女の種族はアンデッド。一度死んで蘇った存在だ。
そんなアンデッドの金髪碧眼の美女が、間抜けな顔をして立ち尽くしていた。
微笑むだけで女神と見間違うほどの顔は、だらしなく口を開けている。冷徹な輝きを放つ瞳は上下左右に忙しなく動き、見知らぬ場所の情報収集をしていた。
「ふぁーい?」
魂の抜けたような声が、森の広場に響き渡る。
それが、この世界に来た彼女―――アリシア・ホワイトが初めて挙げた声であった。
きっかけも、原因も、ここが何処なのかすらわからない。
気が付いたらここに居たのだ。そんな不可解な現象にアリシアの思考は混乱していた。
誰か居ないかと迷子が親を探すようにぐるぐると辺りを見渡すが、勿論誰もいない。手つかずの自然が広がっていた。
小鳥のさえずりが聞こえ、アリシアの心に虚しく響く。
どうしようもなくなり、その場に座り込む。
ふわりと軍服の裾が持ち上がり、草花の上に綺麗に広がった。その際に生じた小さな風に蝶たちが驚いて、一斉に空へと羽ばたく。
色とりどりの蝶たちが舞う景色は幻想的で、アリシアは暫くの間眺めていた。所謂現実逃避である。
森の広場が落ち着きを取り戻した頃、アリシアも落ち着きを取り戻した。
そして、自分の置かれた現状を確認する。
まずは自分自身についてだ。このキャラの名前はアリシア・ホワイト。
あるゲームで自分が分身として使っていた、人殺しが趣味のアンデッドという設定のキャラだ―――そこで再び思考が停止する。
「えっ?」
第二声も疑問形だった。
自分が人殺しが趣味の金髪碧眼美女アンデッドになってしまった。笑えない冗談であり、現実であった。
否定したいのに、否定できない何かが自分の中に存在する。そんな気味の悪い何かを押さえ込み、記憶をたどる。
しかし、思い出せるのはこのキャラの名前と設定だけで、本来の自分―――このキャラを作った自分が何者なのかわからなかった。思い出せないというよりも、その部分だけすっぽりと抜けて失われている様だった。
しかも、思い出せないのは自分自身の事だけで、知識は残っているのが不思議で不気味だった。
つまり、自分が金髪碧眼のアンデッドだということ以外は全くわからない。
疑問が尽きない。現状を確認して一歩前進しようとしているのに、十歩二十歩と一気に後退している気分だった。
そこで、アリシアは一つの賭けに出る。
一世一代の大博打ではないが、これからを決めるターニングポイントだった。
自分自身、もしくは世界に起こっている不可解な事象を起こした存在―――つまり、神様が居るのではないのかと。
そして、神様が居るのなら出てきて説明してくれるのではないのかと。
アリシアの知識にある、よく読んでいた転生物語にも神様の存在はあり、決まってその存在は主人公に起こった変化や出来事を親切丁寧に教えてくれる。
「神様……」
アリシアは静かに呟き、両手を重ねて神に祈りを捧げた。
ついでに、自然と使える魔法で綺麗な氷の結晶を降らせてみる。
森の広場。色鮮やかな花々が咲き乱れ、その上を蝶が舞う。
そこで神に祈りを捧げるのは金髪碧眼の美女。神の祝福なのか、彼女の周りには美しい氷の結晶が優しく光を反射している―――アリシアから見れば完璧だ。
しかし、祈りを捧げるのは聖女ではなく人殺しが趣味の極悪アンデッド。
一向に神様やそれに近い何者かが現れる気配はない。
日頃の行いが悪いのか、はたまた信仰心が足りないのか、それとも種族が悪いのかはわからないが、とりあえずわかったことは一つ。
神様は宛に出来ないということだ。薄々感じていたが、残念である。祈りの時間を返して欲しい。
だが成果もあった。それは、アリシアが魔法を使えるという事実だ。
魔法。心躍る言葉だ。ファンタジーの定番とも言える。
この世界がどうであれ、魔法を使えるのは色々と有利だとアリシアは考える。
目を閉じて記憶を探れば、設定通りの魔法を覚えている事がわかる。
そしてそれは、問題なく顕現する自信があった。
アリシアが覚えている魔法の全ての効果が、使い方が把握できた。同時に絶大な力の奔流ほんりゅうを感じ取ることが出来る。大満足だった。
それと同時に疑問も浮かび上がる。
アリシアが設定通りの魔法を覚えているのはわかった。
では、もしこの世界に魔法が存在し、尚且つアリシアの知らない魔法だったのならその魔法は覚えられるのだろうか。
普通は覚えられると考えるのが妥当だが、アリシアは設定されたキャラクターだ。
設定されていない魔法は覚えられない可能性もある。その可能性も、設定以外の魔法が覚えられないのか、それともこの世界の魔法の原理が、アリシアの知る魔法の原理と異なるから覚えられない。他にも超常的な何かが作用して覚えられないなど、色々な可能性が出てくる。
「はぁ……この話は止めましょう。キリがありません」
アリシアは首を振って要らぬ思考を排除する。今のは憶測でしかない。
この世界に魔法が存在した時に考えれば良い事だし、優先順位もかなり低い。
ぶっちゃけた話、魔法の原理とか世界の理とか言われても理解できる自信がない。使えるならそれで良かった。
それよりも、今は自身と世界についてだ。
アリシアが次に確認したのは、自分の武器だ。
手元には何もないが、魔法の時と同じようにそこにあると感じ取ることが出来た。
「出てきて下さい」
優しく柔らかな声が森の広場に静かに響き渡る。
瞬間。アリシアの手には、大鎌が握られていた。
光さえ届かない漆黒の刃は両刃。そこに、血管とも蔓とも言えるような紅い刺繍が掘られていた。
まさに人殺しにぴったりの武器だ。
その場で右足を軸にして一回転。
空気さえも切り裂いた様に静かに大鎌が回る―――が、強風が吹いたかの様に花びらが高く舞い上がった。
花びらの雨が降り注ぐ中、アリシアは微笑む。
女神の様に慈愛に満ちたものだが、禍々しい大鎌を持っている為違和感が凄い。
しかし、アリシアはそんな事など気にもしないで満足そうに頷く。
やはり武器の方も、魔法と同じように何の障害もなく使うことが出来ると確信した。たった一回の素振りだったが、それだけで充分だ。
「さて、これからどうしましょう」
大鎌をしまったアリシアは、その場にもう一度座って考える。
口に出して言ったのは、自分の気持ちを切り替えるためだ。決して、頻繁に独り言を呟く変人ではない。人殺しが趣味ではあるが。
そもそも、自分が本当に人殺しが趣味なのかとアリシアは疑問に思う。
今のところそう言った感情は芽生えていないが、確認するすべがない。
人を殺す機会があれば確かめることは出来るが、肝心の人が居ないので無理な話だった。
今はそれよりも、ここが何処なのか知ることが優先すべき事だろう。
色々と後回しにしている気がするが、気にしない。
アリシアは立ち上がり、周囲を見渡す。
うん。森だ。森が広がっている。
それ以外の感想が出てこない。頑張って搾り出すとしたら、緑が濃くて深い森だろうか。
生えている植物を見てここがどういった気候の場所なのかわかる人間もいるが、生憎アリシアにそんな知識はない。
情報が圧倒的に不足していた。
しかし、それを得る方法がない。
この世界に知的生命体が居ればこの世界について色々と聞けるが、森の中ではどうすることも出来ない。せめて村か街があればそこに行って現地人に聞くことが出来るだろう。
だが、この場所から移動しようにもどっちに行けば良いのかすら見当がつかない。
全方向森なのだ。わかる訳がない。
アリシアの頭に遭難という単語が浮かび上がる。
その場合、その場を動かず救助が来るのを待つのが良いが、そんなものは来ないと断言できた。
誰が異世界転生―――まだ不確定だが―――初日に森で遭難している者が居るからと助けに来てくれるのか。いたらそれはそれこそ神様だけだ。そして、神様は宛に出来ないと既にわかっている。つまり、アリシアはこの状況を自分でどうにかして乗り越えないといけないのだ。
この森の木を片っ端から伐採して丸裸にすれば村か街が見えるのでは。等という乱暴な考えが頭をよぎるが、直ぐに考え直す。
アリシアにしてみれば知識はなくても全ての木を伐るのは容易い。それだけの力がある。
しかし、勝手にそんな事をすればこの森の地主、或いはここに住んでいる者、もしくは所有国を敵に回すのと一緒だ。情報が不足しているのにいきなり敵対行動を取るのは避けたい。
ただでさえアンデッドでこんな見た目なのだ。誤解を招く行為は控えるべきだとアリシアは一人頷く。
つまり、森を抜ける。もしくは森の中にある村を探す。或いは森の中にいる知的生命体を探すしかなかった。
しかし、広大な森の中で会話が可能な生命体を見つけるのは難しい。だが、アリシアには魔法がある。
「《周辺探知》」
アリシアは魔法を発動させる。
彼女にしか見えない淡い緑色の波紋が、彼女を基準として一定の範囲に広がっていく。
幾つかの纏まった生体反応があるが、求めているものではない。
「えぇ……どこ行くの……」
魔法に敏感な生物なのか、アリシアの魔法の範囲から逃げるように移動して消えていった。
一目散という言葉が似合うほど速く、迷いがなかった。
何者かの気配―――それも、自分より強者の気配を感じ取ったら逃走するのは野生生物には当たり前の行動だが、アリシアは知らないのでショックを受ける。
そして、何故か可愛がっていた愛犬から突然逃げられるというイメージを浮かべたアリシアは、更にショックを受ける。
そしてそのまま動かない。
別に今更死後硬直になった訳ではないが、勝手に自分で増幅させた被害妄想を心の中で必死に処理していた。
「こほん。それでは行きましょう」
出鼻をくじかれた気分だったが、気を取り直して森の広場の出口―――森の入口に向かう。
全方向が森であるため出口も入口も明確な目的地もないのだが、とりあえず真っ直ぐ進むことにした。
軍服のスカートの裾が歩く度に草花に当たり、蜜を吸っていた虫たちが迷惑そうに飛び立つ。
そうして広場の境へと着いたアリシアは、一度止まる。
目の前には、未知の森が広がっている。
一度入ったら戻ってこれなそうな深い森だ。
きっと、ゲームでしか見たこともない生物もいるだろう。そんな場所に、アリシアは一人で進まなければならない。
自分だったらとてもじゃないが恐ろしくて動けなかった。
しかし、自分なら大丈夫。
「よし。行きましょう!」
元気よく呟いたアリシアは、森の広場を後にした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
また良ければ暇潰しにでも読んで下さい。