8話 開いた扉
ようやく一人分の大きさの穴が掘ることができ、彼を埋葬した。
建物に戻り、俺は壁に掛かっていたマスケット銃を手に取る。銃があるということは、思ったよりもこの世界の文明は進んでいるようだ。暴発に注意しながら構造を把握していく。
弾が装填されていないことを確認し、その銃口を覗いた。中はまっさらなパイプだった。銃弾を回転させるためのライフリングもなく、抑制器が取り付けられているわけでもない、シンプルな銃だ。たまたまこの銃に備わっていないのかもしれないが。
とはいえこれを発砲しようものなら良い的になるだろう。男としては魅力を感じる武器の一つではあるのだが、現時点での実用性は決して高くはない。
この武器が役に立つ状況としては、強力な一撃がほしい時、遠距離攻撃が有効な時、すでに居場所がばれている時、そしてわざと音を出したいとき、そんなところだろう。挙げてみればあるようにも思えるが、普段使いはできない。ライフリングがないせいで命中率は低いし、弾にも限りがある。
視点をその下へと移す。
この部屋には刃物がいくつかあったが、そのほとんどは少々の装飾がされているものの大量生産のものであった。
俺自身、剣には多少の知識があるのだが、刃は薄く、しなりも悪い。これでは力の方向を間違えれば簡単に折れてしまう。手入れの状況も悪く、ひどいものだと先端が折れてしまっているものもすらあった。グリップも工夫されているわけでもなく、柄が細い。
だが銃の下に掲げられたそれは他とは違った。
無骨でシンプルなデザインの鞘。だが差されている刃は良質な鋼でできていた。暗い部屋の中でも怪しく光を反射させている。
とはいえ、村の駐屯所に飾ってあるくらいだ。他の剣がお粗末故、この剣が良く見えるのもあって、それほどの業物ではないのも事実だ。
俺は飾ってあるその一本と一挺を手に取る。
落ちていた剣帯を装備し、掲げられていたマスケット銃とロングソードを差し込む。
そこそこの重さが腰に掛かった。銃と剣を交互に抜き差しし、抜きやすさや握りやすさなどの使い勝手を確認する。久しぶりの金属の擦れる感覚に寒気を覚えつつも、二度三度、空を切った。
スマートフォンを確認すると時刻は午後二時。地面を掘るのに思ったよりも時間がかかってしまったようだ。
屯所の外に出る。できればここで食料なんか手に入ったらよかったのだが残念ながらそううまくはいかないらしい。
今来た道を思い出しながら俺は西へと歩き出す。
先ほどのようなことが起こってもたまらないため、今度はより慎重に進む。
それからさらにニ時間ほど村の探索を行った。大通りや裏路地を確認し、いざとなったときに逃げ込める場所や経路を確認したり、時には屋根の上に登り、上からの経路の確認も行った。
時計塔はその時点での最良な逃げ場ではあったが、窓は上部にしかなく扉も一つしかないため、いざ延死者に襲われたときに追い詰められかねない。
なによりあの教会からの距離だ。ふとした拍子に雪崩れてきても対応しきれない。
もともとこの村に長居する気はないのだが、念には念を入れということだ。
それに、用意しておきたいこともある。
その一つが馬だ。だが西側しか探索を行っていないのだが、馬がいないことに気付いた。死骸があるわけでもどこかの納屋に繋がれているわけでもない。
これほど大きな村だ。収穫物や人を運ぶ必要もあるのだから、馬がいないはずもない。第一、エイハが馬車でやってきている時点でいないわけがないのだ。
そこで考えられるのは、すでにこの村からある程度の人数が脱出しているということだ。前向きに考えればだが。逃げた人たちが取り残された人たちの下に軍を派遣するようにしてくれているかもしれない。
だが、考えようによってはエイハ達を見捨てて逃げたということも考えられる。。自分たちさえよければそれでいいという人間たちならば、わざわざ他の人のことを報告したりはしないだろう。生き残りは自分たちだけだと言うかもしれない。
嫌な考えばかりを頭に浮かべながら歩くと、やがて村の端にたどり着く。そこには扉のない門があった。門と言っても別に壁があるわけでもない。区域を表すためだけの門のようだ。
ここまでたどり着くまでに見かけた延死者は十六人。内戦闘になったものは一人。十分に気を付ければエイハを安全に連れて来れるだろう。
既に日は落ちかけている。急いで帰らなければエイハも心配するだろう。
俺は踵を返し、最適なルートを思考しながら足を運んだ。
◇ ◇ ◇
帰ってくる時間自体はそれほど掛からなかった。
扉を三回ノックする。これは出る前に決めといたエイハとの合図だ。俺と間違えて延死者を招いたら大変だ。そんなヘマをエイハがするとは思えないが。
「…………」
時計塔の扉は沈黙していた。寝ているのだろうか。
もう一度同じ手順を繰り返す。
「…………」
再びの沈黙。
不安に思い、ドアノブに手をかける。
「?」
開いていた。
ゆっくりと扉を開――
「オ゛オォォォァァ」
――く前に中から一人の男が出てきた。
その場から飛び退き、銃を構える。
――なぜここに延死者がいる?!
嫌な予感と想像が頭を過ぎる。
その男は見るからに血だらけで延死者であることは明らかだったが、その血は嫌に新しい。
「止まっ…………!この意味は分かるな?」
大声で警告を発そうとして、小さな声に変える。
「ア゛ア゛ァァ」
男は虚ろな目でふらりふらりと近づいてくる。
「……だめか」
襲い掛かってくる延死者にそのまま回し蹴りを入れる。
マスケット銃を腰に戻し、剣の柄を握る。息を整え、そのまま抜刀。勢いのままに首に一太刀入れる。
倒れていく男をそのままに時計塔に走った。
「エイハ……!」
扉を開け放ち、声を上げる。
心臓が波打つ。顔を左右に振って探すがここにはいない。
ならばと螺旋階段を駆け上がる。心臓の鼓動が加速する。
――エイハは無事なのか?壁が壊された形跡も、窓から侵入された形跡もなかった。残すは扉だけだ。ならばどうしてエイハは扉を開けたんだ?
疑念が浮かんでは消えていく。呼吸の仕方も忘れ最上階へひたすらに駆け上がる。
だが、たどり着いた最上階にも彼女の姿はなかった。