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6話 エイハの身の上話

 まるで人間の悪意と狡猾さを煮詰めたような呪いだ。こんな呪いを作った人間がどんな奴か見てみたいものだ。

 だが考えてみれば、この世界に俺の両親はいないし俺に子供はいない。俺が警戒するのは血液感染だけでいいだろう。


「エイハは大丈夫なのか」


 深く考えず放った言葉を俺は後悔した。


「一週間前、この村に初めて延死者が出たっていいましたよね」


「ああ。避難中だったと聞いていたが」


「その延死者というのは、私の祖父なんです」


「……」

「私の父は私を守るために戦って、そして亡くなりました。私の母は祖父と私の感染経路を絶つために自死を選びました」


 言葉が出なかった。


 冷めてると言われがちの俺にだって同情とか、そういう感情はある。あるがそれを口に出すかと言われるとダメだ。一週間前に家族を亡くした少女になんて声を掛けろというんだ。


 俺が言葉を選んでいる間にも、彼女は話を続けていった。


「私自身まだ子供です。ですから私には子供もいませんから大丈夫です」


 それまでの空気を払いのけるように、彼女は努めて明るく言い放った。


「それに私には姉がいます。アイハっていうんですけど。姉は私より先に聖都に向かいました。ですから、大丈夫なんです」


 なにが大丈夫なのかわからない。その「大丈夫」は自分に言い聞かせたいだけの「大丈夫」なんじゃないのか。そんなことを考えて、けど口に出さない。


「じゃあ、そのお姉さんに会いに行かなきゃな」


 こんなことしか口に出せない。本当に口下手な自分が嫌になる。


「はい!」


 その笑顔は、ひどく危ういものに感じた。


「取り敢えずの目的として俺たちは聖都・オーサネアに向かうってことでいいか?――いや」


 大事なことを聞き忘れていた。


「エイハ。俺と共に行動してくれるか?オーサネアまででもいい。とにかく安全が確保できるまでだ」


「もちろん!あ、その、私はもともとそのつもりだったといいますか、私はあなたを呼び出したのでその責任を取るつもりでしたので」


「そうか」


 彼女の罪悪感に付け入っているようで自分がまた嫌になる。なんで彼女と話しているとここまで自己嫌悪に陥らないといけないんだ。

 わかっている。彼女が誠実で、優しくて、そして正しいからだ。どこまでも聖女な彼女には何一つ落ち度はない。


 そんな何とも言えない気分を払うように立ち上がる。


「取り敢えず、朝御飯でも食うか」


 今度は俺が明るく言い放った。


 それから俺たちは九本百八十円のスティックをかじった。水入りの瓶が置いてあったので、口がぱさぱさにならずに済んだのは助かった。

 他人の食料(というか水だが)に手を出すのは少しだけ躊躇われたが、この際もう向こうでの良識を持ち続けることは諦めることにした。


 もう形振り構っている状態ではない。


 大体向こうでのゾンビものでは、死んだ警官遺体を漁って銃を奪ったり、力にものを言わせてヒエラルキーを作ったり、ホームセンターでやりたい放題していたがあんなのはすぐには無理だ。理性がストップをかける。


 ただそれ以上に拒否していたのはエイハだった。

 「人様の物を勝手に頂くのはよくありません」とか「頂くにしてもなにかお礼や代わりの物を」とか、律儀で誠実なの子だというのは勘づいていたが、如何せん少しばかり融通がきかない。

 俺が外で代わりの物をもってくるということで何とか説得して飲ませることができた(それでも「そしたらあなたになにかお礼」をとか言っていたが)。


 問答、というほど激しくない妥協点の探し合いが終わり、結局食事をし終えたのは11時くらいだった。


 それから俺は村の探索を行うために使えそうなものがないか、時計塔の中を探し始めた。


「咲さん」


 しばらく経つと意を決したようにエイハが口を開く。


「なんだ?」


「やっぱり私も行きます」


「だめだ」


 即答する。


「でもあなただけに危険なことを押し付けているようで!……その」


「君の罪悪感を減らすために連れて行けというのか?余計危険になる。足手まといだ」


 俺がそう言い放つと、エイハはぎゅっと唇を噛み、押し黙った。


 俺の言っていることは厳しいかもしれないが正論だ。むしろ俺が言わなくても理解してくれるだろうくらいには彼女の頭を評価していた。

 別に彼女の頭がいいかは知らない。ただ昨日の襲撃時の対応を見て察しの良さと咄嗟の理解力はあると思っていたのだが。


「そう、ですよね。私の、勝手なわがまま、なんです」


 ぎょっとする。彼女は目に涙をを浮かべていた。


 ――ああそうか。寂しいのか。


 今更理解する。彼女が俺を呼んだ理由を。


「安心してくれ!俺はこう見えて運動神経はいいんだ。昨日も見ただろう?あのパルクールで鍛えた動きを!」


 少々大げさな動きを付け、明るく口にする。


「パル、クール?」


「俺たちの世界のスポーツだ!まあそんなことはどうでもいい!とにかく君の方こそ俺が外を見ている間にしっかり休養を取っておいてくれればいい!いざというときに寝不足で倒れられたら敵わないからな」


「すごか、たですもんね」


 エイハは小さな笑顔を作る。


「必ず戻ってくる。だから泣くなよ」


「……はい!」


 彼女は小さな笑顔を無理やり笑顔に変えた。


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