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5話 延死

「大丈夫ですか?」


 目覚めると俺の顔を均整の取れた顔の少女が不安そうにのぞき込んでいた。

 その温かくて小さな手は俺の震えていた手を包んでいた。


 ――ああそうか。


 情けない。悪夢にうなされていた俺を彼女が見守ってくれていていたようだ。


「すまない。大丈夫だ」


 エイハは「そうですか」と短く返し、その手を離した。

 手以外の体は冷えきっていたが、無理やり堅い床から身を起こす。


 スマホのロック画面を起こすと時計は九時を表示していた。学校には完全に遅刻である。


 顔を洗いたい気分だったがそうも言ってられない。


 昨日の夜はわからなかったが、この時計塔の中は限定的ではあるが日が当たるらしく、割と明るかった。 この部屋には歯車とか振り子以外にも、ごちゃごちゃと様々な機械や工具が散乱していた。

 彼女は窓から地上の様子を眺めていた。


「すまなかったな」


 俺の口から出た言葉はまた謝罪だった。

 エイハは困惑したようだった。


「その、なにがですか?」


「昨日のことだ。いや君と初めて会ったのが昨日なのだからそれ以外ありえないのだが……」


「……?」


 エイハは俯き考えこむ。


「その、だな、一つは君を運ぶ際に何も説明せず肩車をしたことだ。二つ目は君の信仰する宗教の教会に彼らを呼んだこと。三つめは君を一人にして寝たことだ。申し訳ない」


 謝罪した三つはどれも「仕方ない」と言ってしまえばそうなのだが、俺自身謝っておかなければ気が済まない。それに結局選択肢として行動を起こしたのは自分なのだから。

 そういうと彼女は、なんだそんなことかといった顔をする。


「確かにその肩車するときは事前に言ってほしかったですけど。でもあの時、私を置いていかなかったことはうれしかったです」


 彼女は微笑というか安堵の表情を浮かべる。


「それに教会だってあの場を脱するには仕方なかったと思います。確かに起きた時に一人だったのは凄く寂しかったですけど、それは私と一緒に寝るのを避けてくれたんですよね?」


 ……深読みしてくれているが俺としては全くそんな気はなかった。単純に安心して寝落ちしただけだ。

 とはいえ真実を漏らすわけにはいかないため適当に返事をしておく。

 すると今度は彼女の顔が曇った。


「……私の方こそ申し訳ありませんでした。あなたにも一緒にいた家族がいたはずですのに」


「そのことか」


 昨日も言っていたが、彼女が俺をこの世界に呼んだ張本人らしい。まあ本人にその気はなかったようだが。


 正直腹が立っていないかと言われればまったくもってそんなことはない。俺にそこまでの心のゆとりはなかった。

 だがその苛立ちを今の彼女にぶつける気にはなれないし、苛立ち以上に困惑の方が先行するためそれについて彼女を責め立てることはしなかった。


「色々聞きたいことがあるんだ。いいか?」


「私に答えられる範囲なら全て偽りなく答えます」


 昨日はこのような会話をしたせいで邪魔が入ったが、今は時計塔の上だ。地上までの距離があるし、彼らはまだ教会にいるだろうから気にしなくともよいだろう。


「そうだな。その延死者はこの世界全土にいるのか?俺の知っている限り彼らの存在は『ゾンビ』という呼び名が付いていたが架空の存在だったはずだ」


「……どうでしょう。延死者の出没していない地域もあると聞いていますがそれでも極一部のはずです。延死者の存在はどこの地域でも危険視されているはずですから。それに私は『ゾンビ』という呼び方は初めて聞きました」


 俺の住んでいた世界とは違うようだ。少なくとも俺はあの世界でゾンビが出たとは聞いてなかったはずだ。

 次の質問に移る。


「延死者とはなんだ?やはり噛まれると彼らと同類になったりするのか?」


 一番気になるところだ。これによっては対策のしようがある。


「……少し長いお話になりますがよろしいですか?」


「かまわないさ。時間はたっぷりある」


「わかりました。私の知る限りのことをお話しします」


「頼む」


 俺はスマホのメモアプリを立ち上げる。


「彼らは三年前、とある国で現れ始めました。最初は病気の一種だと考えられていましたがやがてそれは呪いによって広がるものだとわかりました」


「待ってくれ。話の腰を折って悪いが、祈りとか奇跡とか呪いとかっていうのはなんだ?昨日も言っていたが、俺のいた世界ではそれも架空の存在なんだが」


 この際、科学的か非科学的かはどうでもいい。この世界のそれらの概念を知っておきたい。


「貴方がいた場所にはないのですか?」


「概念としてはあるけど、使える人間は誰一人として使える人間はいなかったよ。というか知っていて呼んだのではないのか?」


 エイハは首を捻る。


「何がですか?」


「何がって、俺がこの世界の人間ではないことを、だが」


 彼女は昨日の合点がいったようだった。


「そうだったのですね」


 エイハは少しだけ考え、その話を続けた。

 エイハの言ったとおり少々長い話になったため詳細は省くが、この世界には願いを叶える神様がいるらしい。人を癒したり守るように願うことを<祈り>、体調を壊したり攻撃したりするように願うことを<呪い>と便宜上分けているらしい。また祈りによって起きる作用を<奇跡>、呪いによって起きる作用はそのまま<呪い>というとも。


 その祈り手を育成する機関の一つが陽月教らしい。いや陽月教の活動の一環として育成しているというほうが正しいか。その祈りの手順をマニュアル化することである程度再現性をもって使えるようにしているらしい。だがしかしより強力な願いは個々の祈り手の技量によって適性が変わるそうだ。


 逆に呪いを育成する機関は表立っては存在しないらしい。とはいえ<祈り>も<呪い>も根本的には同じであるため<奇跡>が使える人間はたいてい<呪い>も使えるとも言っていた。


 そしてその彼女の祈りによって呼び出されたのが俺なわけだが、まあそれは後でいい。


「その呪いの一種が<延死>ということか」


 俺の知る空想上のゾンビはウィルスだったり寄生虫に起因することが多かった。

 しかし元来のゾンビの概念はそういうものではない。腐りかけの死体を掘り起こし名前を呼び続けることで死者を復活させるのだ。そのあとは魂を壷に入れ、奴隷として農園に売りに出すらしい。実にインスタントで便利な呪術だ。


「はい。延死は人の死の期限を延ばす代わりに思考力を奪う呪いとされています。彼らの血などの体液を体内に取り込むことで呪いは広がると言われていました」


 やはりそこはもといた世界と変わらないらしい。

 だがこの世界には奇跡という対となるものの存在があるはずだ。なぜ手こずっているのかがわからなかった。


「なぜここまで延死者は増え広がったんだ?」


 鎖国なり、都市の封鎖なりすれば、いやそんなことをしなくとも入国時に傷があるか調べればわかるものだが。


「呪いの経路がそれだけではなかったんです」


「……動物感染か?」


 そうとしか考えられない。人は弾けても鼠や鳥はどうしても入ってくる。だがそうではなかった。

「いえ。先ほどの感染経路が<血液感染>だとすると、もう一つ、<血縁感染>というものがあったんです」


「血縁感染?」


「はい。この呪いは、呪発した感染者の親と子に感染するのです。もっと正確に言うとこの感染経路だと感染から呪いの発動まで一週間の潜伏期間あります。当人が呪発した場合、その時点でその親と子に感染、そして一週間後に呪発します。そしてその時点で初めの感染者からみて祖父母と兄妹、妻、そして孫に感染します。そしてまた一週間が経過すれば、先ほど挙げた人達は全員延死者になってしまうのです」


 つまり、いくら自分が感染しないようにしたところで親か子が発症した時点でアウト。大陸が離れていようとお構いなし。


「咲さん。もしあなたに子供がいるとして、あなたの妻が呪発したとき、あなたは感染経路を断ちますか?」


「……?言っている意味が――」


「あなたは自身の子を殺せますか?」


「――っ!?」


 言葉に詰まる。そういうことか。自分の親と子を殺せば感染経路は絶たれる。いや、感染する前だって同じようにすれば周りのことを気にしなくて済む。


「この世界は破滅の一途を辿っています。もちろんこの延死の呪いによるものもありますが、それによって人々が他人を信じられなくなり、世界の協力体制は崩れかけているのです」


「そういうことか」


「もちろんその選択肢を取らない人間もいました。英雄クローザもその一人です。彼の妻が呪発したとき彼は己の娘を殺しませんでした。もちろん彼が娘を殺さなかったところで既に彼女は感染しているのですから、助かりはしませんでした」


 どんな優秀な人間も家族を人質に取られてはなす術がなくなる。情が深ければ深いほど囚われる残酷な呪いだ。


「だからこの呪いは、たった三年でこの世界をここまで崩壊させたのです」



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