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2話 教会 ☆

 意識が戻りとっさに振り返る。


「は……?」


 意識が戻りとっさに振り返る。

 俺の視界に飛び込んできたのは先ほどの路地とは違う打って変わって荘厳で静寂に包まれた教会だった。


 気付けば周りの環境は一変しており、先ほどまで感じていた初夏の蒸し暑さも電灯の明かりも消えていた。今感じるのは少しの肌寒さと、教会の窓から差し込まれる月明かりだけだった。


 ――どう、なっているんだ?


 周辺を見渡す。薄明りの中では少々見えずらいがどうやら見える範囲には誰もいないようだ。

 此処にいるのはさっきまでの自分だけだ。服装や荷物はまるまる同じ。しかし一緒にいたはずの桜はどこにもいなかった。


 心が疑問と不安に侵食されていくのがわかる。頭の理解が追い付かない。

 携帯のバックライト点ける。日付は同じ、時刻は桜と居た時間と数分と変わっていなかった。


 続けて地図アプリ開いてみるがGPSが位置情報を拾ってくれない。それ以前にアンテナの表示は圏外を表しており、外部との通信手段は断絶されていた。


 深呼吸をする。

 肺にひんやりとした空気が満ちていくのがわかる。オーバーショートしかかった頭に酸素が入り少しだけ落ち着いた。


 まずは周辺の確認をすることが優先するべきことだろう。何もわかっていないため考えても仕方ない。

 再度、周りを見渡す。どうやらなにか宗教の教会のようだが、より細かくいうなら礼拝堂のようだ。


 両サイドには長いベンチが並べられている。しかしキリスト教のそれとは違い中央に十字架はなく、代わりに高々と白い天使像が置かれていた。


 イスラム教もキリスト教も宗教偶像崇拝の禁止しているがこの教会には高々と天使の像が置かれている。

俺の知る教会はせいぜいイスラム教のモスクやキリスト教のチャペルくらいのものだが、おそらくそのどちらでもないだろう。


 俺は部屋の隅から中央の通路に進み、扉を見る。それは目測三メートルほどの大きな木の扉であり、(かんぬき)で閉められているのがわかった。


「随分と厳重な—―」


 ――いや、閂で閉められているということはこの中に占めた人間がいるということだ。


 振り返ると、天使の像の下に眠っている人間がいることに気付いた。天使に気を取られて見落としていたらしい。


 ステンドグラスに通して青くなった月の光がその人間を照らしだす。

 起こさないようにゆっくりと近づくとより細かな情報がわかってきた。


 少女だ。猫みたいにまるくなり、聖書らしきものを抱えている。


挿絵(By みてみん)


 格好は、少々ちぐはぐな格好をしていた。所謂シスターのような格好ではあるが白い部分が普通の修道服よりも多い。そして裏地や紐は赤い生地でできており、どちらかといえば白無垢に近い印象だ。


 きっとこの教会の信徒なのだろう。


 ベールの下にはパーマのかかった白髪が見え、白皙と相まって神聖なものの印象を受ける。だが体の丈と童顔な顔から考えるとせいぜい中学生といったところだろう。しかし目の下にはひどい隈ができており、あまり健康的とは言えなかった。


 そんな幼い少女に声をかけるべきか一瞬迷うが、この状況を説明できるのは彼女だけと考え、その肩を揺らす。


「すまない。少しいいか?」


 彼女はゆっくりと上体を起こし、青い瞳を開いた。

 彼女は俺をぼ~っと呆けた目つきで見た後、何かに気付いたようにすぐに立ち上がった。


「……あの、ごめんなさい、私その、本当に叶うなんて思っていなくて、だってこんな抽象的な祈りでなんて」


 怯えたような口調ながら少女は捲し立てるが、言いたいことがまったくもってわからない。

 若干混乱しているようだった。


「いや俺の方こそすまない。寝ていたところ起こして悪かった」


 すると少女はきょとんと眼を丸くする。


「お、怒らないんですか?あなたをここに呼んだのは私なのに」


 ――呼んだ?俺を?


 取りあえず彼女は何か知っていそうなので聞いてみる。


「すまない最初から、説明してもらえるか?」


 少女は真っすぐ俺を見つめ、自己紹介を始める。


「……はい。……すみません。私の名前はエイハ……、エイハ・オズといいます。見ての通り陽月教の修道女見習いです」


 陽月教。聞いたことがない宗教だった。新興宗教の一つだろうか?

 彼女の説明が止まる。そこで俺の自己紹介を待っているのに気が付く。


「俺の名前は柴咲しばさきだ。苗字が柴で咲が名前だ」


 自分的にはまったくもって好きではない名ではあるが。女っぽいし、氏名合わせて苗字と思われることは数えられないほどにある。


「えと、咲さん、でいいですか?」


「ああそれで。俺はエイハと呼ぶが構わないか?」


「はい。大丈夫です」


 お互い自己紹介が終わったが、残念ながら一ミリも打ち解けてはいない。取りあえずはこちらから色々と質問することにした。


「まず一つ目の質問。ここはどこか訊いていいか?」


「ここはキイランという村の教会です」


「キイラン?」


「聖都・オーサネアの東に位置しています」


「オーサネア?」


「……?」


 妙な沈黙が場を包む。


「……そうだな。国の名前は?」


「国名はノアニア。大陸名はスメルです」


 だめだ一つも頭に入ってこない。この際彼女が日本人かどうかは置いておくとして、キイランだのオーサネアだの、どう考えても日本じゃない。


「二つ目の質問。君が俺を呼んだと言ったがそれについて詳しく聞かせてくれないか」


「……!」


 びくりと肩を揺らす。


 その目が揺れる。本を胸に抱え、急にエイハは体が小さくなる。

 俺はこの姿を知っている。怒られることを察したときの桜だ。バツの悪そうな顔をしながら次の言葉におびえている。


「いや、別に答えなくても――」


 フォローしかかった俺の言葉をエイハは遮る。


「いえ!……いえ。答えます。――ですが、そのどこから話せばいいのでしょう」


 エイハはそのまま俯いてしまった。どうやら考え込んでしまったようだ。そしてそのまま一分、静寂が訪れた。


 自分がこの空気を破るべきか、それとも待つべきか悩んでいたところ彼女からその静寂を破った。


 きゅ~~。


 腹の音で。

 顔を真っ赤にしてお腹を押さえるエイハ。控えめに言って可愛い。


 ふと俺の手にコンビニ袋がぶら下がっているのを思い出した。


「食べるか?」


 袋を手渡そうとするが彼女はその手を控えめに押し返す。


「い、いえ!私にそんなあなた様のものを頂く権利などございま――」


 きゅ~~~。


 若干涙目になりながらさらに顔を赤らめるエイハ。

 袋の中からホットドック型の総菜パンを掴み、包装を開け、中身を半分出して彼女の前へ取り出した。


「ほら」


 その視線はパンと虚空を行ったり来たりしていて、受け取るべきか悩んでいるのがわかった。


「いた、だきます」


 結局、彼女は断ることを諦め、そのパンを受け取る。

 彼女はその小さな口であむっとそのパンを頬張った。


「座って食べな」


 俺は最前列のベンチに彼女を促す。彼女はてくてくと動いて座り、食事を再開する。

 彼女は時折肩を引きつかせながら静かにパンを口に運んだ。


 俺はコンビニ袋からペットボトルのお茶を取り出し、ふたを開けて彼女の隣に置いた。

 少々お節介しすぎなようにも考えられるが、彼女が『俺の』常識外の人間だと考えればこれくらいやっておいていいだろう。


 俺自身、人と話せて少しだけ落ち着いてきた。情報を整理する余裕も少しは出てきた。


 まずはこの場所。彼女の言葉を信じるのならばここは日本ではないらしい。にわかに信じられないがこの教会を見ているとそんなような気もしてくる。


 例えば灯だ。この教会には電灯がない。あるのは燭台だけだ。大抵こういう建物には緑色の非常灯があるのだがそれすらない。現代の日本の建築様式に当てはまらない。

 まあ、相当田舎の、加えて大昔の建物ならありえるかもしれないが、そんなド田舎に陽月教とかいうマイナーな宗教が教会を建てることもないだろう。


 疑問点もいくつかある。


 彼女の『俺を呼んだ』という発言だ。

 俺は呼ばれて出てきたつもりもないし、彼女もまさか本当に出てくるとは思っていなかったようだ。

 とはいえあの一瞬で移動しているという事実は認めるべき事実なのかもしれない。


「……ありがとうございます」


 エイハはパンを食べ終えたようで、若干の鼻声でお礼を口にした。


 そして考えがまとまったのか、彼女はまたぽつりぽつりと続きを話し始めた。


「私たちはもともと、リーハ村という小さな村の人間でした。ですが、一ヵ月ほど前に私たちの村にも避難の勧告が来ました。村の人間は避難先の聖都・オーサネアに向け私たちは馬車で向かいました」


「避難?」


「はい。すでに私たちの周りの村でもエンシシャが確認されていましたから」


 耳慣れない言葉だ。エンシシャ、というのは者というだけあって人なのだろうか。『炎使者』とかだろうか。


「ですが、来る途中で宿泊したこの村でもエンシシャが現れ、ここの村の人も避難してきた人も、私以外の人は、……全滅しました」


「全滅って……。はっきりと確認したのか?まだ残っているかもしれないだろ」


「そう……かもしれません。ですが、発生から今日で一週間です。生き残っていてもジュハツしているかもしれません」


 ――ジュハツ。わからない単語がまた出てきた。


「エイハは一週間ここで?」


「はい。持ってきた食料は三日前に尽きてしまい、死を、覚悟していました。」


 彼女は振り向き、天使の像を眺めた。


「そして私は祈りました。祈って、しまいました。誰でもいいから私を看取ってほしいと。一人は嫌だと」


「……それで俺がここに呼ばれたと?」


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。


「本来であれば、こんな曖昧で、複雑度の高い祈りが起きることはなかったはずです。少なくとも見習いである私には不可能なはずでした」


 ――『本来であれば』と彼女は言った。つまり祈りを叶える、言ってしまえば魔法のようなものが存在するとでもいうのだろうか?

 いや先ほどの『ジュハツ』という言葉は『呪発』――つまり呪いの発動という意味なのではないだろうか?


 祈りと呪い。現状は思っているよりもさらに常識の埒外にあるのかもしれない。


「君は魔法使いか何かなのか?」


 俺は疑問、というか推測を口にしていた。

 彼女は少しだけ時間を空けて口を開く。


「魔法なんて言う便利なものがあれば、この世界はもっと違う道を歩んできたのでしょう」


「君の言う祈りと呪いは魔法とは違うのか?」


 エイハは不思議そうにこちらを見た。今まで俺がそれら単語を知ったうえで聞いていたと思ったらしい。


「えと、あれ?……もしかして私の言っていることって伝わっていなかったでしょうか?」


「いや大丈夫だ。少々聞きなれない単語があったもんだからちょっと突っかかってしまっただけだ」


「そう、ですか?」


「あー、すまない。そのついでながらに聞きたいんだがエンシシャってのはいったい――」


 教会内に響き渡る破砕音。


 そしてすぐにそれを知ることとなる。



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