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1話 ゾンビ映画

「ゾンビ映画?」


「そ!好きでしょ?」


 桜は弾けるような声と少しばかりあざとい動きと共に笑顔を俺に向けた。


 容姿端麗・成績優秀・温柔敦厚と揶揄される妹の唯一の弱点は、ホラー好きという趣向だ。いや、好きならばまだいい。問題は好きという次元ではないことだ。


 カモフラージュのためか部屋には女の子らしいぬいぐるみやクッション、少女漫画が置かれているが、PCの閲覧履歴は亡霊にパニック映画にスプラッタと阿鼻叫喚と化している。

 なんなら押し入れには限定版のDVDや得体の知れないマスク、石膏でできた腕などちょっと事件になりそうなものまで詰め込まれていた。


 さすがの俺もベッドの下からウィジャ盤が出てきたときは驚いた。というか絶叫した。

 もちろん、そんなとがった趣味を友人に言うこともできず、結果兄である俺が彼女の趣味に付き合うこともしばしばある。


「桜さぁ、もっとかわいい趣味持てよ」


 兄としてはそんな妹が心配になる。友達とはちゃんと話が合うだろうか、ついていけているだろうかと思い、わざわざ今どきのCDをプレゼントしたこともある。あまり好きじゃないと言われたが。


「え、かわいいじゃん?骸骨とか」


「かわいいかな……?」


 兄は女子の可愛いがさっぱりわからなかった。


「で、なんていう映画なんだ」


 桜はふふんと鼻を鳴らす。


「ゾンビ3D」


 地雷臭しかしない。それはそれで面白そうではあるけれど。

 まあ元来ホラーの半分はB級な気がするし別にいいだろう(失礼)。


「いいでしょ?兄さん、どうせ今暇なんでしょ?」


「まあ、暇だけど……」


 痛いところをついてくる。いつもの休日は大体外に出ているのだが、訳あって今日、というか最近は暇なのだ。退屈過ぎて死んでしまう。


「で、いつ行くんだ?」


 桜は携帯を取り出し、手際よく操作する。


「映画は三時からだって。一時間前、今からだと二時には家を出ないといけないね」


 時計を見ると、ちょうど一時を指していた。


「ああ」


 生返事で返す。


「あ、前売り券は私が買ったんだから飲み物とポップコーンはお兄ちゃんね」


「塩でいいか?」


「えーこの前も塩だったじゃんキャラメルがいいー」


「じゃあハーフのやつにするか」


「えーあれだと強制Lじゃん。今日くらいキャラメルにしようよー」


「はいはい」


「いやしかしかき混ぜることで塩キャラメルになる可能性が微レ存……?」


 ――普段は頭いいんだけどなぁ。


「じゃあ兄さん、一時間くらいしたら出かけるからそれまでに支度しといてね!」


 そういうと彼女はばたばたと出ていった。


「まったく……」


 俺ものそのそと支度を始めた。

 



    ◇   ◇   ◇




 二時間の鑑賞が終わり、俺たちは帰路についた。


 途中、明日の朝食用のパンを買い、桜は買ったソフトクリームを幸せそうに頬張る。

 そんな顔を眺めているとそれを物欲しそうな顔を受け取ったのか、彼女は食べていたソフトクリームをプラスチック製のスプーンですくいそのまま俺の口にねじ込んだ。


「――うま」


「やっぱ夏はアイスだよねー」


「そうだなー」


 適当に返事をしつつ、携帯で帰りの電車の時間を確認する。


「んで、兄さんはどうだった?」


 アイスをぺろりと食べ終わった桜が話を振ってきた。


「あー。正直駄作だったね」


「いやいやそうじゃなくて」


「あん?」


「久しぶりの妹とのデートは?」


 その口元は緩んでいるがその目は笑っていない。


「……怒ってるか?」


「怒ってないよ!拗ねてるんだよ!」


 拗ねてるのかよ。


「……だって兄さん、最近すぐ外行っちゃうし。一緒にもっと映画とか見たいのに」


 俺が知らない間に妹はひどくブラコンになっていた。


「兄さん。私がホラー好きなの隠しているのわかってるくせに」


「まあそう拗ねるなって」


「拗ねてないし」


 どっちだよ。

 だが、確かに最近はあまり桜とあまり遊んでいなかった。彼女は彼女で友達と遊んでいたためあまり気にしていなかったが、どうにもホラー的欲求が溜まっていたらしい。


「一人で見たりはしなかったのか」


 俺を待たずともコンテンツは見ることはできるはずだ。だからそう訊いた。


「……一回だけ見ました。ごめんなさい」


 桜はしゅんとして落ち込んでしまう。


「謝ることでは全然ないだろ」


「いや、なんか罪悪感が半端なかったんだよ」


 考えてみれば見に行こうねと約束した映画も、プレイしようねと話したゲームもできていない。

 俺は自分の事情で勝手に離れていった。自分がやりたいと思えることが見つかって夢中になってしまった。


 謝るのは俺のほうだ。


「悪かったな。最近はかまってやれなくて」


「……いいよ。言い方がちょっとむかつくけど。それにどうせ今兄さん暇だもんね」


「そうだな」


 苦笑しながら桜の髪を雑に撫でる。


「もーーー!」


 桜は俺の魔の手からするりと抜ける。


「先行ってるからね!」


 そういって彼女は駅へ走り出した。


「まったく」


 俺は一歩踏み出した。その時だった。


 息ができない。

 まるで全身を巨大な手で肺を掴まれたような感覚だった。

 音が、視界が、遠のいていく。


 まるで時が止まったかのように全ての感覚が欠け落ちていくのがわかる。


 ――桜を追いかけなければいけないのに。




 ただ心臓の音だけが響いていた。




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