17話 廃宿にて
教会の隣にアイハの墓を掘って、そして埋めた。その時はもうエイハは泣かなかった。
俺は時計塔に置いていた適当な食料をお供えした。エイハは教会から聖書を持ってきてその上に置いた。
感傷に浸る間もなく、すぐに雨が降りだした。
時計塔には死体があって落ち着ける感じではなかったから、結局廃宿に走って戻った。
そのあとのことはよく覚えていない。
エイハが何か言っていたが話し半分で眠ってしまった。
滝のような轟音に、俺は目を開ける。
昨夜、振り始めた雨は、弱くならず、沛然と宿の薄い屋根を叩き続ける。
久しぶりに惰眠をむさぼる感覚が心地よかったが、そろそろ起きなければいけない。
筋肉痛で痛むからだを虐めて起こす。時は十時。普段ならとっくに起きている時間だ。
ふと、そこにエイハがいないことに気付く。
昨日のことで絶望して飛び出した、なんてことはないと思うが、少し心配になる。
「エイハ―?」
幸いこの雨だ。多少声を出したところで延死者は気付くことはないだろう。
だがエイハの返事もない。
泊まっていた部屋のドアノブを引く。ほんのり木の香りがする廊下を歩く。
宿の受付まで進んで、安心する。閂はそのままだ。
もしかしたら朝食の準備でもしてくれているのかもしれない。そうならば自分も何か手伝わなければ。
少し考える。
――水汲みぐらいはやっておいて損はないだろう。
そう思って水汲み場に向かうため、今来た廊下を引き返す。この宿に存在する井戸は中庭にある。否、中庭というには小さすぎるかもしれないが。
今は雨は降っているが、井戸までの距離は屋根でしっかり守られているため、特段雨具は要らないだろう。
屋内への扉を開く。
六畳程度の小さな庭。屋内は雨粒が屋根を叩く音がうるさかったが、ここはしとしとという心地の良い静かな雨音がした。
そこにエイハがいた。
俺の中に沸いた感情は安心感だとかそんなものではない。困惑と焦りだ。
なぜなら彼女は衣服を一つも纏っていなかったのだから。
雨なのかそれとも井戸水なのか、いつもはあちこちにはねているくせっ毛は濡れてまとまり、幻想的に光を反射させる。そこから垂れた水滴がその滑らかな体のラインをなぞる。
ほっそりした体つきの割には起伏のある胸は修道服からは見えなかった大きさだ。その小さな両手には井戸に備え付けられた桶を抱え、その目はキョトンと俺を眺める。
エラーを引き起こした頭で必死に掛ける言葉を考える。
――なぜ裸なんだ?いやごめんなさいと謝るべきか?いやだが女の裸を見たのだ。褒めるべきだろうか?何を?
とてとてと無言でエイハが歩いてくる。そしてすれ違いざまにいい音を鳴らして、屋内に消えた。
いい音を鳴らしたのは俺の頬なわけだが。
ピリピリと軽くしびれる頬を抑える。
「そうか」
なぜか今更になって安堵を覚える。
全部綺麗に終わった――なんてことではないけれど。
無事に決着をつけて、彼女は前を向いて歩きだした。
俺は井戸の側に寄り、桶を下す。
この世界にきて、この作業も慣れてきたものだ。まだ来てから四日目だが。
ゆっくりと桶を引き上げる。水面には少し土で汚れた少年が映っていた。
この四日間何度も戦闘をしたし、二人分の墓を掘ったのだ。無理もない。
そう思うと彼女の行動も納得がいく。これは体を流したくもなる。
今の今までそれどころではなかったため、その欲は認識の外にあったのだが自覚したことで自分も水浴びをしたくなる。
が、今は顔を洗うだけにして井戸汲みを再開する。
俺は汲んだ水をガラスの水差しに移し、元居た部屋に戻る。
部屋に戻った時、エイハはいつもの白と紺の修道服ではなく、白いワンピースに着替えていた。
おそらくこの宿に常備されている軽装の衣装だ。
開口一番エイハは言う。
「もったいないことをしてしました」
「なにがだ?」
「ビンタをしなければ咲さんに借りを作るチャンスでしたのに」
エイハは微笑を浮かべる。
「なかなかいい一撃だった」
俺も軽口を叩く。
正直、怒っていたり、泣いていたらどうしようかと不安に思っていたのだが、案外彼女はしたたかなのかもしれない。
考えてもみれば、妹の桜より年下に見えるが精神年齢だけ見れば同じくらいだろう。それほど今の彼女には落ち着きを感じる。いや桜の落ち着きがないだけかもしれないが。
改めてエイハを見る。いつも修道服のフードを被っているせいで表情が暗く見えがちだったが、今の姿は首周りがすっきりしたおかげで爽やかな雰囲気が出ている。
さらにその白い服のおかげで子供っぽさというのか、純真さを強く印象を受ける。
見る人が見たら、修道女からついに天使に格上げされたのかと勘違いしてしまうだろう。
「咲さんも水浴びしてきたらどうですか?気持ちいいですよ」
「ん?あぁ。そうだな」
先ほど俺が水浴びをやめた理由は、あのタイミングで浴びるのはエイハに悪いと思ったからなのだが、本人に勧められたら浴びるべきだろう。
「では浴びてくる」
そういってドアを開ける。するとエイハが立ち上がった。
「では私も」
「え、……まさか仕返し?」
エイハは一瞬キョトンとし、そして顔を真っ赤にする
「違います!朝食を作りに行くんです!」
そういってエイハは俺の横を駆けていった。