15話 Realize
響き渡る鈍い金属音。
「そんな……!」
エイハは近くからその様子を見ていた。自分が投げた軍刀を咲が握り、姉の首へ打ち込み、そしてその剣が折れるところを。
咲はすぐに迎撃の構えをとったが明らかにその動きは動揺している。
足元はおぼつかない。視線は定まっていない。素人目からしても分かる。
それほどまでにいつもの彼の動きから乖離した動きだ。
やがて咲は木箱に足元を取られ、倒れる。
――私は何をしている?
アイハは咲に覆いかぶる。
――私は何のためにここにいる。
アイハは咲に手を伸ばす。
――もう、失いたくない。
「だめぇぇぇぇ!!」
マスケット銃を構える。安全装置を外し、そのままの体勢で撃つ。
打った弾は、高速でアイハの右を通過。碌に構えをしていなかったエイハは射撃の衝撃で後ろに吹き飛ぶ。
――外した……!?
すぐに立ち上がる。無我夢中で弾を込め直す。持っていた袋からボロボロと弾がこぼれ落ちていくがエイハはそれに気づかなかった。
走ってアイハに近づき、再び引き金を引く。
放たれた弾は、今度はアイハの体の左を擦過。またも碌に構えをしていなかったエイハは射撃の衝撃で後ずさる。
アイハは口をあんぐりあけ、咲ののど元へ近づく。
――やめて……。
急いで次の弾を込める。
今度はもっと近づく。距離は幾分もない。もう外さない。
三度目の射撃。その弾先は真っすぐに直進しアイハに直撃した。だが金属音がしただけで、彼女がひるむ様子はない。
「……あっ」
アイハは目の前に差し出された咲の右腕に歯を立てた。
咲の顔が痛みに歪む。
――いやだ。
袋に残った最後の弾を込める。アイハを殺すにはもうゼロ距離しかないと本能が訴える。
アイハの下へ走り、そして銃口を彼女の頭に当てる。
エイハは迷うことなく引き金を引いた。
だがそれでもアイハの皮膚を傷つけることすら叶わない。跳弾した弾は通った銃身をそのまま引き返し、銃を持っていたエイハごと弾き飛ばす。
「逃げろエイハ!」
痛みに耐えながら吠える咲の声は、だがエイハには聞こえていない。
――
――――
『私何しに来たんだっけ?』
なぜか自分に問いかける。
――お姉ちゃんを殺しに来た。
『本当に?』
――……違う。本当は違う。
『じゃあ、何のためにここにいるの?』
――お姉ちゃんを救いたかった。それが目的で手段なんてどうでもよかった。
『じゃああなたが、シスターのあなたが取るべきものは武器じゃない』
――わかんないよ。どうすればいいの?
『いままで通りのことをすればいいじゃない?昨日もその前もそうやってきたんだから』
――祈るの?
『そう』
――祈っても、私には何もできない。
『いいえ、あなたにならできる』
――できないよ。今までだって奇跡が上手く使えたことなんて一度もない。
『そんなの関係ない。あなたならできる』
――どうしてそう言えるの?
『だって貴方は、――私の妹だもの』
その声はアイハのものに変わっていた。
「――そうだよね」
起き上がる。気を失った時間は一秒にも満たない。状況は変わっていなかった。
――そうだ。私の本当の気持ちはそうじゃない。私の覚悟はお姉ちゃんを殺すことへのものじゃない。
彼女の下へ歩く。
――私の覚悟は、お姉ちゃんから離れて、一人で歩いていく覚悟だ。
「ごめんね。お姉ちゃん」
彼女を抱きしめる。
「私は、お姉ちゃんとは、一緒に居れないや」
体の中から溢れる熱がどんどん広がり、手が熱くなる。
ずっと、一緒にいて守ってくれた。勉強を教えてくれた。引っ張ってくれた。悲しいときは慰めてくれた。不安な時は一緒に悩んでくれた。
エイハは腕の中にいるアイハへ最後の言葉を掛ける。
「ありがとう。じゃあね」
抱きしめたエイハの手から桃色の炎が沸き上がる。
エイハは離れない。咲も何も言わない。
だってこの炎は熱くないのだから。
その明るい炎はアイハにだけ燃え移る。
「あぁぁぁあぁぁ……」
悲しいような、寂しいような声をアイハは上げる。
温かな炎はアイハの全身を包み、激しく燃え上がる。
この炎は、呪いだけを焼き払う。延死者を元の人に戻す奇跡ではない。元の死体に戻すのだ。
炎はまるで鳥の羽ばたきのように上へ上へと高く上る。
やがてその炎は収束しアイハはその場に柔らかな音と共に倒れた。その表情は穏やかな微笑を浮かべていた。
エイハはへたりと座り込む。
手が震える。何か大きなものが体から抜け落ちてしまったようなそんな気がした。
「咲さん。わた、私……」
手の震えが声にまで伝播して、まともに言葉を組み立てられない。
「エイハ」
咲はエイハを優しく抱きしめた。温かい。人のぬくもりだ。
「あれ?おかしいです。わ、わた」
咲の心臓の鼓動が伝わる。
「大丈夫。泣いていい。それが正しい」
咲が耳元で呟く。
その一言で抜け落ちた穴から感情があふれ出す。
「あ……」
涙が溢れ、流れる。
父が死んだときも母が死んだときも泣かなかった。
「……うぅ」
アイハが死んだと知ったと時も涙は流さなかった。
「……なん、で……」
今更なんで涙が流れてくるのか。
なんでこんな悲しいことに遭わなければならないのか。
わからなくて、怖くて、寂しくて。
「あぁぁぁぁぁ!!」
家族を失った少女は抑えていた感情を解放した。