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14話 三度教会へ

「もう一度確認しよう」


 エイハと作戦の概要を確認する。

 決行は日没の一時間後。場所は教会。

 移動は細心の注意を払いながら、俺が制作した地図の延死者回避を優先した地上の経路を進む。屋根の上を走らないのは体力の消耗の関係だ。


 移動中に延死者と接敵した場合は、俺が基本の戦闘を担当する。

 俺が前衛、エイハが後衛。

 アイハと接敵した場合も変わらず俺が主に前に出る。状況に応じてエイハはサポートや掩護を行う。


「質問はあるか?」


 エイハは首を振る。


「大丈夫です。ありません」


 互いに頷き、廃宿のドアに手をかける。


「行こう」


 俺はゆっくりとドアを押した。

 外に出ると少し湿気た空気が肌に当たる。西を見ると、山の遠くには雨雲が見えた。今は月明かりで明るいがしばらくすればその雲は大きな影を落とすだろう。

 焦る気持ちを落ち着かせながら足を動かす。警戒を怠らず、ルートに延死者がいたなら回り道をしてできる限りエンカウント率を落とす。


 努力の甲斐あって、一度も戦闘にならずに教会の近くまで来れた。

 教会近くの石垣に背中を預け、目を瞑る。

 自分の心臓の音が大きくなり、緊張しているのがわかる。

 今まででこれほどに緊張したことはなかったかもしれない。


 俺がこうなっているのだから、エイハはもっと緊張しているだろう。


「準備はいいか?」


 エイハの目を見て、確認を取る。エイハは大きく息を吸い込み、その胸にたくさん溜めて、そして吐き出した。

 そして彼女は持っていたマスケット銃を持ち直した。


「大丈夫です」


 確認を取った俺は石垣の端へ足を進め、頭だけ出して教会内の様子を窺う。

 視界からは動く影は認められない。

 アイハは少なくとも入り口近くにはいないようだ。俺は腰に差していた軍刀を静かに抜く。

 一歩ずつゆっくりと教会に近づいていく。エイハも数歩離れて俺の後をついてきている。


 静かな教会に足を踏み入れる。

 教会の中に入るにつれ、どんどん不安感が広がっていく。アイハがいないのだ。


 ――そこそこの知能が残っているならば、奇襲される可能性もあるのか?


 エイハのいる後方を振り返る。だがそこにもアイハの姿はない。

 もしかしたらもうこの教会にはいないのかもしれない。もちろんその可能性も考えていなかったわけではない。


 二人の頭で考えて、俺たちが逃げたルートを、あの後しつこく追ってきたとして俺たちの速度とアイハの速度から見失った場所を考慮しての索敵範囲も考えてはいた。


 ただ、二人ともここにアイハがいるという確信に近い予感があった。あったのだが……。


「咲さん!」


 目先のエイハが叫ぶ。

 振り返った瞬間、何かが俺の眼前に迫っていた。


「……っ!!」


 咄嗟に軍刀を持っていた右手で顔を庇う。瞬間強い衝撃と共に持っていた軍刀はエイハの左後方へ弾き飛ばされる。

 飛ばされた軍刀は金属音を鳴らして落ち、ベンチの下へ入って吸い込まれる。


「まじかよ」


 エイハの言葉を信じていなかったわけではない。だが予想だにしていなかった強さだった。精々子供のドッチボールくらいの威力だと思っていた。

 俺は自分の手を眺める。感覚は薄くなり、震えていた。麻痺している。右手はしばらく使い物になりそうにない。


 投てき者の方に顔を向ける。アイハは柱の隣にいた。どうやら俺が後ろを見ている間にその影から出てきたらしい。


「エイハ!君は剣を取ってきてくれ!俺はその間アイハの相手をする!」


「はい!」


 俺とエイハはお互い背中を向けて走り出す。

 直線距離十二メートル。接敵まで約七秒。


 アイハがゆっくりとしゃがむ。そして手に取ったのは――足だ。誰かの体から離れた誰かの一部。


 全身の毛が逆立つ。足を止めようと働く理性を振り切って、俺はベンチの上へ跳び移り背もたれの上を走る。


 初動を見逃すな。タイミングを見逃すな。

 全神経を集中させる。次の足の位置と速度、重心の置場所、アイハの動きを見るための視野と自分の足場を確保するための視野、全て欠けることは許されない。


 アイハが投てきの動作に入る。それを認めると同時に俺は次に接地する足に力を込めながら、そのまま倒れ込む。

 投てきの瞬間に自分の足を蹴りだしロールを行う。

 彼女が放った<足>は俺がもといた頭の位置に狂いなく通過していく。


 接敵まで距離は三メートル。

 俺は目の前に迫る背もたれを掴み、そのままの勢いを保ったまま反転。腕で弾くように飛ぶ。

 勢いのままにアイハを蹴り飛ばす。


 彼女はよろけながら数歩下がり、そして立て直す。

 着地して感じる違和感。まるで大岩を蹴ったような感覚だ。


 アイハが俺に飛び掛かってくる。一瞬の休息もない。

 身を捩り、直線上からずれる。


 俺は飛び退き、ベンチの下に落ちていた布をボクシングのバンテージ代わりに麻痺した右の拳に巻く。


 ゆっくり振り返る彼女を見つめる。


 ――もう覚悟は決めている。彼女は敵だ。


 体を低く保ったまま地面を蹴る。右手を握り、アイハの腹に打ち込む。


「っ!!」


 ――硬い!硬すぎる!人体の硬さではない。


 骨が折れるような衝撃が右手を襲う。拳に巻いた白い生地に血が滲む。

 アイハは全く微動だにしない。


「咲さん!」


 エイハが叫ぶ。

 投げられた軍刀が一つ後ろのベンチに刺さる。

 バンテージの布を解き、腕に巻き直す。そして浅く刺さった軍刀を木から抜き痛みの走る右手で構える。


「っふ!」


 駆けだす。狙うはアイハのその首一つ。

 生半可な一撃では刃は通らない。だが速さは十分、角度も差し込める。


 天上から漏れた青い光に照らされた地面は、たわんだ糸のようにその剣の流れを表す。

 その糸に導かれるように軍刀を滑らせる。


「はああぁぁぁ!!!」


 軍刀は吸い込まれるようにアイハの首へ打ち込まれる。

 響き渡る軽快な金属音とは裏腹にその音は絶望にも似た音だった。


「……な」


 その剣は折れていた。


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