12話 再び教会へ
あのあと、俺は村中を跳び回った。文字通り、屋根から屋根へ飛んで探したがエイハは見つからなかった。
日が落ちてきて、俺はずっと瓶の入った重い荷物を背負ってきたことに気付いた。それほどにも我を忘れていた。
俺は荷物を置きに一度時計塔に戻った。エイハが戻ってきている少しの期待も持って。
だが戻ったところで時計塔にもエイハの姿はなかった。
瓶を開け、喉に水を流し込む。武器以外の荷物を置いて、もう一度探しに出る。
あと探していないところは、教会くらいだろう。
しかし、教会は昨日の鐘で延死者の巣窟と化しているはずだ。そんなところにエイハがいるだろうかという疑問が残る。
だが他に思い浮かぶ場所もない。そこに居なければ後は教会より東のエリアだ。
昨日のあの教会からの光景が浮かび、地上から探しに行くのは断念。壁を蹴りながら屋根へ登る。
昨日よりも圧倒的に身軽なはずなのに、気分は重い。
家屋を二つ駆け、教会の前(正確には側面だが)まで来る。昨日と逆のルートを進むのならここから教会の屋根に上らなければならない。そうなると教会の壁をよじ登らなければならないのだが――。
――無理だな。
クライミングするにしてもそこには凹凸が全くない。流石教会というべきか、その壁は綺麗に均してあり、尚且つ装飾は上部や柱に集中していた。柱の装飾も上から下まで隙間なくであれば登ることは可能だったかもしれないが、何もない区間が数メートルに渡ってあるため、柱から登るのは無理だろう。
そうなれば地上からのルートしか残されていないのだが、近距離で延死者と遭遇する可能性が増える。
――というか延死者はどこだ?
昨日あれほど集めた延死者の姿が一つもなかった。すでに扉を壊して教会内に入ったのだろうか。だがそれにしても静かだ。
ぞくりと背中に寒気が走る。
その時、教会の方で何かが割れる音がした。
角度的には見えないが、あの方向にはステンドグラスが掲げられていたはずだ。
もしもエイハが中にいるとした、確実に危険な状況だろう。
だが、ここからでは中の様子がよく見えない。
エイハがいない可能性も十分にある。だが――
「クソッ!」
覚悟を決め、数歩下がる。ここから最速で行く方法は跳んで側面のステンドガラスを割ることだ。
息を整え、クラウチングスタートからの全力の疾走。
屋根の端を片足で蹴り、教会へ跳ぶ。数秒の空中浮遊。
ガラスに接触する直前に膝を前に突き出し、両腕で顔を覆い、ガラスから守る。
物を壊すとき独特の感触と共に俺は教会内へ侵入した。
俺はゆっくりと目を開けながら両腕の隙間から視界を得る。
「――エイハ!」
エイハがそこにいた。だがその上にエイハと同じ修道服を着た人間が覆い被さっている。もしかしたらあれがアイハなのか?
――迷うな。躊躇うな。
俺は腰に刺さっているマスケット銃を引き抜く。
銃の側面についた安全装置を外し、両手でぐっと寄せて体に固定する。肺の中の息を吐き切った。
――当たってくれよ。
弾は既に装填してある。視界が狭まるほど集中し、心臓の動悸が激しくなる。
俺は重く固い引き金を引いた。
耳をつんざく炸裂音。
放たれた弾丸は寸分の狂いなく襲撃者の腹に命中し、後方へ吹き飛ぼした。
無論、そんな威力を出した銃に反動がないはずがない。撃った直後、俺はそれまでの水平方向の運動エネルギーを相殺され、急転直下。
背中から地面に激突――はしなかったもののそこそこの衝撃が体を襲った。
「カハッッ!!」
ほとんど残っていなかった肺の空気をさらに排出させれる。直後に思いきり空気を吸い込む。
そして数瞬の間天井を眺めていた。
――生きてる。
息が荒いままに自分の生存を実感する。少しずつ頭に酸素が回ってきた。
そこで自分の背中に柔らかいものがあることに気付く。
延死者だった。ここだけはない。教会内のいたるところに延死者の死体が転がっている。
――なんだこれは?
「咲さん!」
エイハが抱き着いてくる。俺は息を絶え絶えにしながらもその華奢な体を抱きとめた。
「すまない。遅くなった」
痛みに耐えながら俺は不器用な作り笑顔をする。そんな俺を見て、エイハも不器用な笑顔を作った。
「もう、探しましたよ?」
ほんの一瞬、この場に似つかわしくない、和やかな空気が流れる。
「……ァァァアアア゛」
ゆっくりと襲撃者は起き上がる。あれほどのダメージを受けてなおも立ち上がるのか。
その姿は、エイハによく似ていた。白髪に青い瞳、そして白と黒の修道服。
きっとそうなんだろう。俺はそこまで鈍くはない。
「……話はあとだ。逃げるぞ」
立ち上がり、彼女の手を握る。
「あ、あの咲さん!あの人は—―」
「わかってる。でも今は引いてくれ」
彼女の手を引いて教会の外へ走り出した。
アイハは追ってくる様子ではあったが、それほどの速さではない。
正直、エイハが今どう思っているかわからない。でも、こんなわけのわからない状況ではまともな判断などできるわけがない。
姉と同じになりたいと、そう言い出さない保証はどこにもない。
俺とエイハは、アイハを置いて教会から逃げ出した。