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11話 Reminisence

「エイハはどんな大人になりたい?そういうの考えてる?」


「私?」


 アイハはエイハに尋ねた。エイハはうーんと悩み、やがて思いついたように言葉を発した。


「周りの皆を幸せにできる人、かな?」


「だいぶ抽象的ね……」


 まったく……といった風にアイハは肩を竦めた。


「そういうお姉ちゃんはなにか決めているの?」


 そう訊くとエイハは、むんっと胸を張る。


「ふふん!総主教よ!」


 得意げに放ったアイハとは対照的に、エイハは訝し気になった。


「…………本気?」


「本気の本気よ!私は『世界中』を幸せにしてあげるわ!はっはっは!」


 アイハは豪快に笑って見せる。

 そんな様子を見て、けれどアイハならばなりかねないとエイハは思った。やると言ったらやる人だ。


 村の畑を荒らす害獣を追っ払うといって、安くて効果のある新しい柵を考案し、宣言通り被害を減少させた。見習いを一早く卒業するといって本当にいち早く聖都からの引き抜きを受けた。


 エイハはそんなアイハのことが誇らしかった。


「そうだね。お姉ちゃんなら本当になれるよ」


 偽りない本心だ。嫉妬すら起きなかった。


「じゃあエイハは私の補佐だから」


 少しだけ理解するのに時間を掛けて、そして否定する。


「……私には無理だよ。私以上に頭良いの人がたくさんいるからその人に頼んだ方がいいよ」


 今のこの村には、学者や政治家の方はいないけれど、聖都に行けばもっと優秀な人間がわんさかいるだろう。もちろん、この村のことは好きだが、自身を含め頭がいい人ばかりではなかった。


 アイハは長いため息をついた。


「エイハは自分の長所わかっていないわね」


「私の、長所?」


 そんなものはない。あったとしてもアイハと比べれば小さなものだろう。そう思うのだがアイハはそんなこちらの反応を知らないままに話を進める。


「そうね。エイハは他者に対してすごく優渥よね」


「ゆうあく?」


「んーと、他人への理解とか共感とかが深いってことね」


 また少し考え、否定する。


「私は……そんなことないよ」


「あるわ。そうじゃなきゃ村のみんなからこんな好かれてないわ。畑の被害も村の財政もエイハから聞いたわ」


 確かにそうだった。柵の製作を始めたのはエイハだったのだが、結局子供の知識だけでは限界があり、アイハに頼んだのだ。できる限りお金を掛けずできるものを。

 だが結局できなければ意味がない。少なくともアイハに頼った時点で自分は困っていた村人と同じだ。


「それは……」


「それに!」


 エイハの言葉を遮ってさらにアイハは続ける。


「子供が生まれた家に行っては家事や仕事を手伝ったり、他の時だって村の子供の世話をしたりしてるでしょ。私のほどけた服なんか、何も言ってないのに綺麗に修繕しちゃって。まったく、できた妹だわ」


 アイハと比べて自分はできることが少ないから、できることをしているだけだった。そこを見られていたとはなんだか気恥ずかしい。


「エイハには私の隣に立ってもらわなきゃね!」


「うん……」


 本当にこういうことを恥ずかし気もなく言ってしまうのだ。


「エイハ」


「……ん?」


 アイハはぎゅっとエイハを抱きしめる。


「でもね、エイハ」


「お姉ちゃん?」


 いつもよりも一つトーンの低い声。諭すような、寂しさの混じった優しい声だった。


「私はエイハが一緒にいてくれることを願っているけど、エイハは別の道に進んでもいいんだよ」


「別の道?」


「私がエイハを隣に置きたいのは私のわがまま」


「そんなことない。私もお姉ちゃんの隣に居たいって、そう思う」


 ふふふとアイハは笑う。


「ありがとう。でもね、エイハも一緒に居たいって思う人を選んでもいいんだ」


「そんな人、出てくるかな」


「そうね、でも、もしも私が死んだら、ちゃんと見つけるのよ?」



   ◇   ◇   ◇



「っ!!」


 意識が覚醒する。


 目の前にいるのは変わらずアイハだった。

 エイハの前に立ち、ゆらりゆらりと寄ってくる。


 とたんアイハはエイハに襲い掛かってきた。咄嗟にエイハは近くに転がっていた何かを前に突き出す。


 目の前に血が弾けた。エイハのものでも、アイハのものでもなく、それは突き出した誰かの腕から流れた血だった。


「ひっ!」


 思わず放しそうになる。けれどアイハの力がそれを許さなかった。アイハの歯が深くその腕に食い込み、抑え込まれる。


 この腕はたぶん、エイハの意識喪失の原因になった物体だ。アイハがこれを投げた。


 ――投げた?


 目の前の少女を見る。確かにその姿はアイハだが、その様子はどう見ても延死者だ。人を襲う習性に色の薄い黒目、強力な腕力と失った思考。

 延死者が物を投げるなんてことをするだろうか。


「グァァ!」


「……っ!!」


 ――考えている暇はない。


 その瞬間アイハは一度仰け反った。咥えた腕をそのまま持っていき、手に持ち替えて後方に放り投げる。

 それは綺麗な放物線を描き、ステンドグラスを割った。そしてアイハは再度、その血濡れの口を私の首元に近づけてくる。


 必死に腕を伸ばし抵抗するが、延死者のリミッターを外した力には敵わない。


 エイハの目に、昔の彼女の姿が写る。


(私は一緒に居たい。)


 頭に響くアイハの声。


(でも、エイハはどうしたい?)


 ――私は、


(自分で選んでもいいんだよ?)


 腕に力を込める。


「――私は!」


 壁上から大きな破砕音。


「エイハ!」


 ガラスと共に空中を舞う咲の姿がそこにはあった。


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