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9話 Side E

 エイハは咲を時計塔から見送ってから、ずっと思考を巡らせていた。


 咲には休んでいろと言われたが、彼が外で頑張っているのに自分だけ眠るのは後ろめたく感じて、眠気はやってこなかった。


 考え事の一つはそんな彼のことだ。

 エイハは根がまじめだった。だから彼をこの場所に呼んだ責任は負うつもりではあるのだが、彼自身の考えが良く見えず、不安が募る。


 彼は自分の願いで召喚されたはずなのに勝手に一人でどこかへ行ってしまった。

 もちろん頭の中ではそれが必要なことだと理解しているし、彼が自分の願いに呼応してきてくれたわけはないこともわかっている。彼に自分の寂しさを紛らわすなんて願いを叶える義務や義理はない。


 けれど、彼がこのまま帰ってこなかったらどうしようなんて考える。彼にとって足手まといの自分がいるよりも一人で行動した方が楽だろう。彼にはそんな自分を捨てるという選択肢があると思う。そんな選択をしてほしくはないけれど。


 彼に関して、考えれば考えるほどわからなかった。人を転移させる奇跡は聞いたことがあるが、それは呼ぶ側と呼ばれる側の願いが一致していて、尚且つ高等な祈り手によって起こったものだ。エイハは言ってしまえば見習いで汎用的な奇跡一つ使えない身である。


 それに彼に関しても奇妙だ。彼はこの世界の住民ではないかもしれないと言っていたが、わざわざ別世界の人間がランダムに選ばれるのだろうか。


 例えば、彼にこの世界を救うほどの実力があるとしたら?

 確かに彼の身体能力は少し人間離れしている。そんなことは片田舎で育ったエイハにだってそれぐらいはわかった。けれどあのぐらいの身体能力なら、奇跡によって強化された人間にもできる。


 その時のことを思い出して、少しだけ鼓動が高鳴る。

 あの体験はすごくドキドキした。まるで空を飛ぶようなワクワクとした感覚と、なにかそれとは別の感覚。


 そのあとすぐに気を失ってしまったけれど。


 考え事のもう一つはやはりこれからのことだった。


 彼とオーサネアに行くことを第一の目的として動いているが、その後のことも考えておかなくてはいけない。

 ます、自分はオーサネアへの入城許可が下りているが、彼はその許可証も持っていない。そのことをまだ伝えていないけれど、早いうちに伝えて何とかしなければいけない。


 仕事だってそうだ。オーサネアに入ったとして働かなければ生きていけない。エイハ自身、修道女見習いとして頑張っていくつもりではあるが、十一才のエイハが頑張ったとしてもお給金は雀の涙ほどだろう。


 というよりオーサネアに着いてからの目的は同じになるのだろうか。

 というよりまず、私たちはこの村から出られるだろうか。多くの延死者が犇めく村から、たった二人で?皆をおいて?


 エイハと同じ村の人も、この村の人ももう延死者になってしまった。自分たちもならないとなぜ言える?


 胸に掛かった首飾りを見つめる。アイハと色違いの首飾り。

 目を瞑れば思い浮かぶ平和な日々を思い出し、追想に耽る。


 延死者なんて遠い国の話だと思っていた。母と作ったクッキー。父が買ってきた遠いの国の本。アイハとリーハ村の教会で怒られた日々。何もかもがたった一か月で壊れた。


「おねえちゃん……」


 だめだ。今は考えてはだめなんだ。今は生きて再会することだけを考えなければ。

 けれど自分にできることなど、祈ることしかなかった。




   ◇   ◇   ◇




 ドンドンドンッ!!


 扉を荒くたたく音に気付いた。

 随分と長い間祈りを募らせていたようだった。


 時間としては五時間程度だろうか。ここ一週間で変に祈り慣れてしまっていた。長い時間祈り続けることができるというのは聖職者の素質の一つだ。


 エイハはまだ見習いではあったがその成績自体は優秀であった。それよりもずっと優秀だったのはアイハだが。

 それ故にアイハは避難指示よりも早くに陽月教のシスターとしてのお声がかかったわけだが。


 ドンドンドンッ!!


 ドアを叩く音が三回。この回数とリズムは延死者の方ではない。おそらく咲が村の調査からかえってきたのだろう。


「咲さん、そんなに強くた叩かなくても聞こえていますよ」


 閂を抜き、扉を開ける。

 だが扉の前に立っていたのはあの少年ではなく、見知らぬ中年の男性だった。


「え?」


 ガッと力強く肩をつかまれる。息の荒い男性をよく見るとそこら中に噛み傷や擦り傷が見えた。


「君だよな!?」


「……何が、ですか?」


 何の話か全く分からない。呪発はしていないようだが、言葉がわかる分、余計に不気味だった。


「きみなんだろう!?教会の鐘を鳴らしたのは!」


 一部合点がいく。彼もエイハのように建物に引きこもって一週間過ごしたのだろう。鳴った鐘が何かの合図だと思って出てきたのだろう。だが鐘を鳴らしたのは厳密にはエイハではないし、なにか他人に知らせる意図があったわけではない。


「……すみません。あれは何かの合図でもないのですし、鳴らしたのは私ではないです」


「いいや君だ!その服で嘘をつくな!俺はついに脱出の準備ができたんだと思って、教会に行ったんだよ!そしたら――オエェェエ!!」


 男は口からびしゃびしゃと血を垂らす。


「ひどいじゃないか!鐘の音を信じたのにっ!!信じ—―タアッア゛ァ」


 男の顔がぐっと近づき、エイハを責め立てる。


「いやぁ!」


 肩に乗った手を振りほどく。


「なあ何とかしてくれよ?陽月教ノ信徒な ンだろ ウ?」


 少しずつ男性の様子がおかしくなっていく。

 怖い。怖い。

 恐怖で後ずさる。そんな動きを男は訝し気に眺める。


「ニげ るナナ よ――?」


「……ごめん、なさい」


 エイハは男の横を全速力で走り、時計塔から逃げ出した。

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