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腕
あの晩の彼の腕をつかまなかった
薄闇に溶け出した彼の腕
彼の低い声だけやたらと頭に響いて
後悔と希望の渦がグロテスクに脳みそを揺らす
そして悪い未来を映す
だからつかまなかったのかといえばそうでもない
ただつかまなかった
ただつかまなかっただけ
あの晩は何も怖くはなかった
だけど私は脳みそを揺らしながら
つかまないことにしただけ
彼はつかまれたかったかもしれない
彼はつかまれたくなかったかもしれない
それは私にはわからない
一生わからない
それはつかまなかったから
彼の薄闇に溶け出した腕をつかまなかった
この機を逃したらもう二度とつかめないことだけをわかっていながら
ただつかまなかった
ただつかまなかっただけ




