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錬金術と魔法、似て非なる存在、両存する概念


「無論。先ほど追い返した傭兵たちの一人が魔導士だった」


「魔導士――そっか、だから爆発の音がしたし、ゾルの体が焦げてんだ」


 ルナは労わるような目で、見える限りのゾルの巨体を眺める。


「左様。あれは火の精霊の力による、爆炎の魔法だ」


「火の精霊? じゃあ、あいつらの仲間の魔導士って、すっごく強い魔導士なんだ?」


「ん? いや、そんなことはない。蛮族どもは帝国屈指などとぬかしておったが、アヤツらは――そうだな、上・中・下で言えば、中。もっと細かく言えば、中の下だろう」


「うそッ? いやいや、精霊を扱えるんならすっごく強くなきゃダメでしょ?」


「ルナが考える魔法という概念がどうなっているかは知らぬが、この大陸では精霊と契約した者が魔法を扱え、魔導士を名乗ることが出来る」


「へぇー……え? 魔導士って、魔力を持ってるもんじゃないの?」


「いや、人間は誰一人として魔力は持たん。代わりに精霊と契約し、精霊と意識を交わすことで、初めて魔法を使うことができる」


 契約、という言葉を耳にした途端、ルナは目を丸くした。


「契約ってことは、魔導士って、あたしみたいに身体の一部がなくなってんの?」


「いや、精霊との契約において代償は必要ではない。ただ、精霊が視える、精霊と言葉を交わせる、精霊と心を通わせることができる。この三点を満たさねば契約を成立させることはできぬ」


「なんか、色々面倒なんだね。――えっと、だとしたら、この世界には魔法も錬金術もあるってことじゃん? どっちかで良くない? 魔法があれば錬金術なんていらないし、錬金術があれば魔法なんていらないじゃん」


「ふむ……そもそも魔法と錬金術とは、似て非なるもの。魔法は先ほど言ったように、精霊との契約がなければ発動できぬ。大半の人間が契約できる精霊は一種のみ。火、水、風、土のいずれかだ。天賦の才がある者は、二種以上の精霊と契約を結ぶこともあるが、そういった者はあまり見ない。対して錬金術は四大元素すべてを扱うことができる。精霊の話に戻すが、契約した人と精霊との関係が良好でなければ、本来の力すら出せなくなる。その点に比べ、錬金術は不可抗力的な振れ幅というものがない。加減がいつでも自由にできる。そして錬金術の最たる目的とはつまり、生命の支配と操作――と、こんなものだ」


「――つまり、四大元素全部がいつでも使える錬金術師は、基本一種類の元素しか使えない魔導士よりも自由が利く、ってこと?」


「うむ……吾輩のくどい話がバカらしくなるほど、良くまとまっておる」


「じゃあさ、錬金術師って、あたし以外にどんだけいるの?」


「数えられる程度……そう、国に一人か二人だ」


「へぇ、全然いないんだ。ゾルが知ってる錬金術師っていんの?」


「うむ……一人いるな。ロッソ帝国の帝王が錬金術師だ。他にもいると聞いた憶えがあるが、詳しいことは分からぬ」


 帝国の主が錬金術師と聞いて、ルナの表情が強張った。


「ふーん……。できれば、帝国の錬金術師はその――帝王さんだけだといいな。もし他に錬金術師がいるなら、戦うことになったとき、なんか面倒そうだし」


「案ずるな。錬金術師といえど、魔導士とそう変わらぬ。むしろ、魔導士は数が多いゆえに、群れを成すと脅威が増す。同じ属性の魔法を重ねて増幅させたり、違う属性の魔法を織り交ぜて複合させたりとな。国の正規兵や傭兵の中では、戦士よりも魔導士が危険視されるくらいだ」


「ゾルのくせに、やたら詳しいね」


「吾輩のくせに、か。これでも、人の気が触れるほどに長い時を生きてきた。それなりに人の在り方には詳しいと自負している」


 ゾルの自信に満ちた言動に、ルナは不意に半眼になり、ため息を吐いた。


「……よく言うわよ。帝国の空軍の攻撃一発で撃ち落とされる、火の魔法で丸焦げにされる、傭兵にやられっぱなし。あの砦からここまで来れたのって、全部あたしの錬金術のおかげじゃない」


「……返す言葉もない」


「ちなみになんだけど、ゾルって、火の魔法に弱いの?」


 するとゾルは誇らしげに、噛み合わせた牙を剥き、見せつける。


「……ふはは、火どころではないぞ。四大元素すべての魔法に耐性がない。今は――」


 ゾルの上あごに、ルナの強烈な平手打ちが叩き込まれた。


 ルナは笑顔を浮かべているものの、それは酷く引きつり、青筋を立てているほどだ。


「ねぇ、ちょっと、それ、別に堂々と言うことじゃないよね? てゆーかヤバくない? さっきあれだけボッコボコにされてたのに、もしこれから二人も三人も、いや一〇人とか魔導士が出てきたらどーすんのよ? ボッコボコどころか、死ぬよね? あんた、あたしを死なせないとか言ってたけど、それ以前にあんたのその打たれ弱さをどーにかできないわけ? ねぇ? バカなの? バカだよね? 貧弱だよね? 役立たずだよね? ホントに竜なの? ねぇ?」


 ルナの罵詈雑言の嵐が過ぎ去り、長い沈黙の後にゾルは絞り出すように囁いた。


「……遺憾だ」


 この後、ルナはゾルを置き去りにガイン村へと戻っていった。


 ゾルは四肢を折り畳んでその場に伏せて、遠ざかるルナの背中を、赤子を眺める愛おしそうな目で見つめていた。


     *


 アルベルトが腕を振るって作った料理を目の当たりにし、ルナは思わずたじろいだ。


「少し作り過ぎた気がするが……まぁ、これも先ほどの礼だと思って、好きなだけ食べてくれ」


「う、うん、ありがと。……うん、おいしい」


 ルナは一心不乱に料理を口に運んでは咀嚼を繰り返し、スープをすすって流し込む作業を繰り返す。


 アルベルトはきっと、ルナはよほど腹を空かせていたのか、とでも思ったのだろう。まばたきを忘れるほどに感心し、ルナから目を離せずにいた。


「なぁ、ルナ。これからどうするかは決めているのか?」


 並べられた器のすべてが空になると、アルベルトは穏やかな笑みから一転、硬く真剣な表情を見せた。


 一瞬身持ちを硬くしたルナだが、考え込むように俯くと、束の間を置いて顔を上げた。


「えーとね、あたしさ――ううん、いや、なーんも決めてないよ? なんで?」


「そうか。二度も救われた身の上だが、どうかお願いしたい。……妹のアーレ――アレクサンドラを救い出すために、力を貸してくれないだろうか?」


 アルベルトはあぐらをかいた膝の前に両手をつき、深く頭を下げた。


 これにルナは慌てた様子を見せ、口早にアルベルトをたしなめる。


「え、いや、ちょっと待って。いきなりというか、端折り過ぎて意味分かんない。とりあえず、もう少し詳しく聞かせてくんない?」


 あまりにも情報不足な頼み込みだと気づいたアルベルトは、すかさず身を起こした。


「すまん、言葉足らずだった。まず、オレには妹がいる。名前はアーレ――アレクサンドラ・マガナス。アーレというのは愛称だ。一ヶ月前、村の北の先、国境付近の平原で、共和国軍と帝国軍の小競り合いがあった。そこから流れてきた帝国兵どもがこの村に押し寄せ、アーレを、オレの妹をさらっていった。さすがに帝国の正規兵には敵わなかった。風の噂では、アルヴァ砦に大量の共和国民が捕われているらしい。もしかしたら、そこにアーレがいるかもしれない。だから、ルナ――錬金術の魔女・ルナとゾルの力を見込んで、アーレ奪還のために助力をお願いしたい」


 ルナは怪訝な表情を浮かべて黙り込んだ。


 ――アルヴァ砦……か。


 ――アルヴァ砦がどうかしたのか?


 ――うん、ちょっとアルベルトが……


「って、はあッ?」


 唐突に頭の中で低く野太い声――ゾルの声がしたことに驚いたルナは、思わず叫んで背後を振り向いた。


 その不審な挙動を目の当たりにしたアルベルトは、呆然といった様子で固まっている。


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