無垢なる女、己の名を、錬金の魔女と知らしめる
敵連中を足元から喉元まで覆い尽くした土の顎は、堅く凝固しており、誰一人として身じろぎすることができない。ただただ醜い罵声を上げながら頭を振り続ける。
「凄まじいな……。これは、ルナがやったのか?」
白壁の囲いから放たれた琉凪に、驚愕の表情でアルベルトが尋ねた。
「あたしよりかは、ゾルのおかげかな」
琉凪は無様にもがき喚く傭兵たちを尻目に、ゾルの巨体を眺めながら歩く。
「……酷い。痛くないの?」
ゾルの真っ白な体は、ところどころ鱗が欠落し、焼け焦げている。それを見つめる琉凪の表情は、明らかな苛立たしさを醸している。
「なに、これほどの傷、数日もあれば元に戻る。それより、もう一度手を貸してくれぬか? コヤツらを一ヶ所にまとめたい」
ゾルの提案に応え、琉凪は錬成陣まで戻り、両手を添える。
再び大地が鳴動すると、点在していた捕虜たちが一ヶ所へと集められた。
「さぁ、ルナよ。コヤツら、どうしてくれようか?」
琉凪は閉口したまま、身動きのできない連中とゾルの間に歩み出た。
少女の姿を見て、一人の蛮族が口早に吠え上げる。
「こ、こいつですよ! こいつが昨日話した、クソ魔女でさあッ!」
下賎の言葉に、一人の傭兵がより強い激昂を示し、唾を飛ばしながら喚き散らす。
「ざっけんじゃねぇぞ、クソアマ! ――いやクソ魔女があッ! 調子乗んなよ! とっととこれを解きやがれ!」
便乗するように、他の連中も罵詈雑言の限りを尽くした。
獣どもが見せる往生際の悪さに、ゾルもアルベルトもしかめっ面を浮かべる。
しかし琉凪は、無感情で嫌忌な面を被り、騒ぐ連中を冷たく見据えている。
隆起した大地の拘束の手前に歩み寄ると、その足元に錬成陣を描く。
一歩下がり、完成した錬成陣の円から飛び出る突起部分に両手を添え、力を込める。
その様子を見ていた村人、敵連中が不思議そうに眺めていると、錬成陣の上で赤い閃光がほとばしり、直後、盛大な火柱が音を立てて噴き上がった。
琉凪は立ち上がり、愕然とする傭兵、蛮族たちと向き合う。
「ねぇ、選んでよ。生き埋め、火あぶり、斬首。どれでもいいよ。あんたらが選んだ方法で終わらせたげるから」
琉凪の無慈悲で冷淡な言葉に、荒ぶる獣どもが、その醜い虚勢を引っ込めるわけがなかった。
先ほどよりも激しくルナに悪罵を吐きつける。
ルナはまたしても錬成陣を描く。力を込めると、少女の鼓膜を打ち続けていた怒声が止み、苦悶のうめき声へと変わった。
改めて描かれた土の錬成陣により、大地の拘束が獣どもの体を締め上げたのだ。
再び立ち上がったルナは、苦しみもがく連中に向けて、感情任せに、まくし立てるように言い放った。
「人のことを散々クソ魔女、クソ魔女って……そうよ、あたしは魔女。でもクソ魔女じゃない。《錬金術の魔女・ルナ》! 憶えておきなさい! ……て言っても、どうせここで終わるのよね。ま、冥土の土産に持ってけば?」
すると、傭兵のリーダーらしき男が、醜悪で挑発的な笑みを浮かべ、口元を動かす。
それを見ても、ルナは拘束を緩めることはしなかった。
「ルナよ、少々良いか?」
ルナが振り向くとゾルが視線で土の錬成陣を指している。
またなにかしてくれるのかと思ったか、ルナは再びそれに手を添えた。
すると、敵連中の絞り出されたようなうめき声がなくなり、酸素を求めるように一斉に呼吸を荒げる。
「ゾル!」
「うむ、どうも畜生の喚きではないようだ。聞いてやるとしよう」
リーダー格の男を見れば、苦悶によって顔を引きつらせているものの、片側の口角をつり上げ、卑しい笑みを浮かべていた。
「は、はは……憶えたぜ、《錬金術の魔女・ルナ》、だなぁ? 俺は、ここから、生きて、帰って、帝国中に、てめぇの、名前を、広めて、てめぇと、そこの竜の、討伐隊を、組ませて、やる!」
男の言葉に、ルナは堪らず顔をしかめる。
「ルナよ、コヤツら……あえて逃がしてはどうだ?」
思いもよらぬゾルの言葉に、ルナは目を丸くして白竜を見上げる。
「おい、ゾル! コイツらは村を襲い、挙句お前を痛めつけた敵だぞ! このまま生きて帰すなど、さらなる脅威を呼び込むだけだ!」
狼狽しながら怒鳴るアルベルトを、ゾルは穏やかな声で説き伏せるように制した。
「なにも考えなしというわけではない。吾輩は、コヤツらのために手間も時間も費やすなと言っておるのだ。いったいどこで首を落とす? わざわざこの村、あるいはこの近くを帝国の者どもの血で汚したいのか? あぶった体をどう処理する? 家畜にでも食わせるのか? そしてどこに埋める? 埋めた結果、この地にコヤツらの怨念が宿ったらどうする? ルナよ、そなたは今、名乗ったのだ。帝国の端くれ傭兵相手だとしても、その名を知らしめた。ならばいっそ、コヤツらを逃がし、帝国中にその名を知らしめてしまえばいい。吾輩とそなたがその気になれば、帝国の者どもなど相手ではない。仮にこの村に報復に来ようとも、備えならばいくらでも出来る」
ゾルの饒舌は、周囲の群衆に静寂をもたらした。命を刈ることがどういうことか、敵対する国の人間の血で祖国を汚すことへの懸念、様々な感情がざわめいている。
「あー、もうッ、白けた! いいよ、逃がしたげる。でもね、あんたたちが狙うのは、あたしとこいつ! もし村に手を出そうってんなら――てめえらの首、みぃんな国境にさらして、あッ、げッ、るッ!」
どす黒い陰を帯びた面持ちで放った最後の一言は、何人かの敵衆の顔を青白く変貌させた。
ルナが大地の拘束具を解くと、爪牙を折られた獣どもは、罵声、叫喚、懇願、様々な遠吠えを上げながらガイン村から飛び出していった。
「まったく、お前は本当に肝が据わっているな。帝国の傭兵相手に、あんな身の毛もよだつようなことを言ってのけるとは」
「あぁ、その通りだ。さすがは――錬金術の魔女、だったか?」
アルベルトがルナに賛辞を贈ると、ゾルも便乗してはやし立てた。
対するルナは、色白な顔をより蒼白にし、ゆっくりとしゃがみ込んでは両膝を抱きかかえる。
「ルナ? どうした、どこか痛むのか?」
心配そうに寄り添うアルベルトの言葉に、ルナは首を横に振って応える。
「あたし、やっちゃったよ……どーしよぉ……。あたしの名前、これから帝国中に広まるんだよね? これって、帝国を敵に回したって、ことだよね?」
未来に暗雲が立ち込め、巨大な赤い威圧がルナを押し潰す。
ルナは浅い呼吸を繰り返し、さらに小さく体を縮こまらせた。
するとゾルが頭を下ろし、なだめるように言葉を紡ぐ。
「安心しろ、ルナ。先ほども言ったが、そなたは吾輩が守る。たとえ帝国が全土を上げてそなたに押し寄せようとも、吾輩が蹴散らそう。それにそなたの錬金術の力は絶大。使いようによっては――いや、とにかく、そなたを死や危険にさらすようなことは、断じてせぬ」
全身の緊張が緩み、呼吸も安定を見せる。そしてルナは顔を上げた。その動作は素早く、なにかに気づいたような挙動だ。
勢いよく立ち上がり、ゾルと視線を交わした後、そばにいたアルベルトと向き合う。
「アルベルト、ちょっとゾルと話してくるね」
「ん、あぁ、構わん。――そうだ、朝食がまだだったな? お前たちの話がどれだけ長くなるかは知らんが、戻ってくるまでに朝食を仕上げよう」
「うん、ちょっと長くなるかも。朝ごはん――楽しみにしてるね」
アルベルトの目には、ルナが屈託のない笑顔を見せたように映った。
いや、それは見せかけだ。
味覚を失ったルナに、はたして自然体な「おいしい」という一言が言えるだろうか。
アルベルトに背を向けると、ルナの表情に重々しい陰が差した。
ゾルを連れて村の林の近くまで来たルナは、あちこち傷だらけの白い巨体を見上げた。
白竜と見つめ合う少女が言葉を並べるものの、どこか覚束ない。
「……あのさ、ゾル。あんたと、あたしって……その、運命、共同体? ……つまり、契約のせいで、死ぬときは、一緒ってこと、なんだよね?」
「あぁ、そうだ」
ゾルの淡々とした返答を受け、ルナは俯き、顔を上げて再び白竜と見つめ合う。
「……あんた、さっきさ、あたしを、その……命の危険に、さらすようなこと、しないって、言ったじゃん?」
「あぁ、言ったな」
「あたしさ、この林で、アルベルトに矢を向けられてたじゃん? あのとき、もし――もしあたしが射たれてたら――あたしが射たれて、し……死んだら、さ、あんたも――ゾルも……死んだ、んだよね?」
「あぁ、その通りだ」
次第にルナが動揺を隠しきれずにいるのに対し、ゾルは至って平静を保っている。
「あたし、ゾルに、いっぱい……死ねって、言ったけど、その前に、もう……ゾルを……ゾルの命を……危険にさらしてた、んだよね?」
「――そう言われると、そういうことになるのか。いやはや、あの時は吾輩も、そこまで考えてはいなかったな。ふふ、今更になって気づかされた」
ついに泣き出しそうなルナの言葉に、ゾルは口角を引き上げ、微笑むように目を細めて答えた。
ルナは目元を拭い、改めてゾルを見た。そのつり上がった両目は、みてくれ通りに意志堅固、そして活力に満ち溢れている。
「……あたしさ、決めたよ。ゾル、あんた言ってたよね? 世界を跨いでここに来たんなら、また世界を跨いで元の世界に戻れるって」
「あぁ、確かに言った」
「だったらあたし、元の世界に戻る方法を探すよ。そのために生きるし、そのために死なない。ゾルには最後まで付き合ってもらう。だから、ゾル、もう一回言うけど、あんたに死ねなんてもう言わないし、あたしは自分から死のうと思わないし、死のうともしない。ごめん、あんたを死なせようとしたこと、謝るよ」
誠意と決意がこもったルナの言葉に、ゾルはゆっくりと頷いた。
「うむ、これで何度目になるかも分からぬが、吾輩は全力でそなたに尽くそう。それとルナ、吾輩に死ねと言った事実は消えはしない。しかし、吾輩はそれほど気にはしておらん。むしろ、そなたのその素直さ、とても気に入っている。ゆえにどうか、下手な心配りはせず、これまで通りに接してほしい」
ゾルは頭を下げ、向かい合うルナの体へとすり寄せた。
ルナは竜の上あごにもたれかかると、ざらつく体表に手をつき、その感触を確かめるようにじっくりと撫でる。
「ありがと。あー、やっと覚悟決まった。錬金術の魔女、か。自分でそんなの名乗るとか、なんかガキっぽいよね」
「良いではないか。今は自称でも、そのうちあらゆる者たちから呼ばれることになる」
「はぁ……なーんか重いんだけど? あ、そうだ、聞いていい?」
「うむ、どうした?」
「この世界って、魔法、あんの?」