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白き竜、再起した力を以て、炎の砲撃を無と化す


 突如として赤竜が放つ砲火が鎮まった。


 無数の赤い帯もまた、時間経過と共に次々と霧散していく。


 ゾルにまとわりつくものといえば、翼馬に跨った帝国の魔導士たちだけだ。


 急に赤竜の援護射撃がなくなったことに対し、帝国兵たちは少なからず戸惑いの様子を見せている。


「ふん……所詮、虎の威を借る狐、か」


 ゾルは咆哮を上げると、まとわりつく帝国兵を次々と叩き落としていった。


 竜の行動を封じるために、翼馬はかなりの体力を消耗している。


 加えて、帝国兵と契約している精霊たちもまた、過度な魔力の放出によって疲弊し、放つ魔法の威力も無に等しくなっていた。


「さて、いったいなにがフィアーマの気を引いている……?」


 東にある砦上空を見たとき、赤竜の足下に広がる林の中から、鋭い氷の杭が撃ち上がった。


 まずは二本、赤竜は避けて直撃を免れ、続く三本を火炎の一撃で破砕した。


 ゾルは疑問に思う。


 はたして、砦の外で戦う者などいただろうか。壁上で戦う者はいるにしても、すでに開け放たれた門の外側で戦う者がいるだろうか。


「……まさか」


 いた。思い当たる存在が一つ。


 無意識に林の中に向けて聴覚を研ぎ澄ます。


「――アイツの死角をつかなきゃ、当てらんない!」「――絶対に力を切らすな」


 聞こえた。活気づく少女と、気高い印象の、二つの声だ。


 それらが誰のものか理解したとき、ゾルは反射的に巨翼をはばたかせた。


「――ぐうッ……!」


 瞬間、心臓が強く拍動した。


 全身の神経や筋肉、臓腑が一斉に活動を停止したようにゾルの体は硬直し、身動きが取れぬままに落下していく。


 ゾルが赤竜とその足下を眺めている中、再び林の中から、五本の氷の杭が勢いよく伸び、赤竜へと襲いかかる。


 赤竜は開口しては魔法陣を描き、灼熱の砲弾を放ち、先に襲いくる氷の杭を爆砕した。


 その直前、赤銅色の背後から五本の氷柱が撃ち上がり、赤竜の死角を突くように急迫する。


 地に落ちるゾルの目に見えていたのはここまで。


 赤竜の背後に躍りかかった一手を見る間もなく、白い巨体は大地に叩きつけられた。


「ふぅ……三年ぶりに、いきなり暴れたことで、酷く消耗したか……まったく、我ながら情けない身体だ」


 浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと目蓋を閉じる。


 意識的にそうしたかったわけではないが、体が勝手に動いていた。


 ゾルは反射的に胸元を押さえた。


 傍から見ても分かるくらいに、ゾルの体が拍動を示している。何度も続くそれは、数を追うごとに強く、間隔が短くなっていく。


 呼吸がままならないように、ゾルは唸り声を上げながら悶え、体を反り返した。


「ぐぅああああああああああああぁ……」


 ついに体の拍動が鎮まり、同時にゾルも絶命を思わせるように音を立てて体を横たわらせる。


 瞬間、ゾルは開眼し、体を起こして立ち上がった。


 自身の体のあちこちを眺めるように身動きすると、今度は眼前に両手を上げ、掌握運動をする。


「これは……もしや……ふ、ははは……はっはっはっはっはっは!」


 咆哮とはまったく違う、こみ上げる興奮を抑えられないように大声を上げて笑った。


「ルナよ……そなたは吾輩の命、再び救ったようだぞ」


 周囲のあらゆる自然の産物を薙ぎ払うように、白く広大な翼を力強く羽ばたかせ、ゾルは空へと舞い上がった。


     *


 砦の西に広がる林が赤く燃え上がり、至るところから黒い煙が立ち上っている。


 あたりから火の粉が弾ける音と共に、木や土が焼け焦げた臭いが漂う。


 天の怒りと言わんばかりに、一帯に向けて空から火炎の砲弾が降り注いでいる。


「錬金術師よ、無事か?」


「無事……だけど……下手に、呼吸、できない」


 ルナはネビアの背中で、口元を左腕で覆いながら答える。


 周囲に漂う煙を吸えば、瞬く間に中毒症状を引き起こし、意識の昏倒を引き起こしかねない。


 ネビアがどれだけ疾駆し、林から脱しようとも、火炎の砲撃が行く手を阻み、進路の変更を余儀なくされる。


 赤竜はついにルナとネビアを捉えた。


 ネビアが素早く動き回るからか、赤竜が獲物を(なぶ)り殺すつもりでいるからか。


 立て続く爆撃は次第に範囲を広め、挙句砦の西側一帯を燃やし尽くす結果に至った。


「まったく、節操のない竜め。自国の領土と言えど、獲物を仕留めるためならば容赦はなしか。錬金術師よ、この状況では水を集めても即座に蒸発させられる。他の手立てを考えよ」


「他、って言っても……なにを……」


 ルナの体から自由を奪うのは、なにも煙だけではない。


 辺りを焼き尽くす炎の熱によって、少しずつ体力と水分を失っている。


「死中に活路を見出す……なんて聞いたことあるけど……こんなの……無理じゃん……」


 爆撃の勢いは衰えを見せることなく、着実にネビアを捉えつつあった。


 赤竜が放った砲弾が、ネビアの前方を穿った。


 すかさず進路を左に変えたところで、その先でも爆裂が生じる。


 さらに左手、来た道を戻ろうとしたところで、またも眼前を焼き尽くされる。


 頭を左に向け、来た道を戻ろうとした途端に、四度目の砲撃が退路を断つ。


「しまった……捕われたか」


 完全に足止めをされたところで、ネビアとルナは空を見上げた。


 ちょうど、赤竜が描いた赤い魔法陣から、特大の爆炎が放たれたところだ。


 猛然と降りかかる巨大な砲撃に、ルナは両手で頭を庇い、ネビアはたじろいだ。


 轟々と立ち上る四つの火柱の中心部に、特大の爆炎が飛び込み、ついに爆散した。――するはずだった。


 ネビアとルナが灼かれるより早く、巨大な白い影が割り込んだ。


 巨大な砲撃に右手をかざし、悠然と受け止める。


 瞬間、爆炎は手の平との接点から音もなく分解(・・)されていった。


 白影は振り向きざまに腕を振り払うと、ネビアとルナの目の前に立ち上る火柱を分解して消し去る。


 周囲に無数の粒子と化した赤い魔力が漂う。


「まったく無茶をしたものだ、ルナよ」


 逆光を浴びて影と化していたものが正体を現す。


 その姿と声に、ルナは思わず呆けてしまった。


「どうした、間抜けな顔をして。吾輩が来たことに、そんなに驚くことはないだろう」


 ルナは言葉が見つからないように何度か口を開閉させる。やがて、裏返った声で叫ぶ。


「な、なによ、このバカ! いきなりあたしを放り投げて、カッコつけようとしちゃってさ! あんたが死んだら、あたしだって死ぬこと、忘れてんじゃないの!」


 威勢よくまくし立ててはいるものの、ルナは目を潤ませ、体の奥底から込み上げるものを必死に堪えている。


「あぁ、すまない。すまなかった。だが、言い訳はアレを追いやってからにしよう」


 ゾルが振り返る。


 先ほどよりも鮮明に見える白い巨大な背中を見て、ルナは顔を引きつらせた。


 赤竜が再び特大の爆炎を撃ち出し、それは猛烈な勢いでゾルに迫っている。


「古き友……よもや、()を……?」


「うむ……とはいえ、すべてではない(・・・・・・・)、がな」


 右手を突き出し、爆炎を受け止めると、またも分解した。


「ねぇ……ゾル……あんた……からだ――」


「もう少し、水馬と待っていろ。もう間もなく、この戦いは終わる」


 ルナの言葉を遮るように、ゾルは言った。肩越しに振り返り、愛する子を見るような眼差しを向けながら。


 ルナの返事を待つこともなく、ゾルは勢いよく飛び立つ。


 やがて赤竜と並び立ち、睨み合う。


「フィアーマよ、これ以上、どれだけ火炎を撃とうが無駄だ。どこの誰かは知らんが、石が砕かれたらしい。早々にここを放棄して帝国に戻るのだな」


 静かに悠然と語るゾルが癪に障ったか、赤竜は荒々しい声で応じる。


「ほんの少し力が戻ったくらいで、勝利宣言? 本当に愚かね。その程度で私を圧倒できると思ったら、大間違いよ?」


「ならば……無理矢理にでも帝都に戻らせてやろう……」


 ゾルの言葉がなにを意味するか、赤竜は即座に察したらしい。


 魔法陣を描くが、それよりもゾルが先に動いた。


「ゲァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 大気を裂かんばかりに轟く咆哮が、アルヴァ砦を中心に広がっていく。


「お前……やってくれたわね……」


「ふはは、急ぎ帝都の防衛に当たるのだな」


 魔法陣を解いた赤竜は、身を翻すと砦の中央広場へと飛び込んでいった。


 ゾルもまた身を翻し、焦土と化した林へと滑空していく。


 目指す先はもちろん、ルナとネビアの下だ。


 だが、先ほどの場所に少女と水馬の姿は見当たらない。


 一瞬焦りを見せたゾルだが、南を見据えると再び飛び上がった。


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