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偉丈夫、赤い鳥籠で、赤き帝に躍りかかる


 分厚い鉄の扉を開け放ち、アルベルトは独房の中へと踏み入った。


「アーレ……あぁ、無事でなによりだ」


「兄さんこそ、達者で……。でも、その恰好は……」


 偉丈夫の出で立ちを眺める少女の視線は、喜びと安堵と共に不安げな気配も漂わせている。


「あぁ、これか。オレは……今、傭兵なんだ、共和国のな」


 少女は兄の言葉からなにか察したらしく、表情に陰りを見せて俯いた。


「兄さんが、傭兵に……私が、捕まってしまったから……」


「気にするな、アーレ。傭兵になれたことで、お前をこうして助けることが出来たんだ。それにしても、その服はなんだ……?」


 アルベルトはアーレの服装に違和感を覚えた。


 捕らわれの身という割には、やたら上質な生地の衣をまとっている。


「そう……服だけじゃないの。食事も水浴びも毎日のように……」


「まるで捕虜というよりも、食客だな……」


 独房のすぐ外で、金属が打ち鳴らされる音が鳴った。


「いや、余計なことを考えている暇はないな。アーレ、すぐにここを出るぞ」


「うん……あ、でも、他の人たちは……」


 アーレの言葉を聞きながら通路へと出たアルベルト。誰かを探すように視界を左右に振る。


「ベア――マリア、房の施錠を片っ端から解きたい。手伝ってくれ」


 アーレの独房のすぐそばに、マリアがいた。


 アルベルトの申し出に対し、マリアはゆっくりと首を横に振った。


 偉丈夫が疑問を投げかけるより早く、寡黙な少女は壁の一点を指し示す。


「……鍵? どういうことだ、マリア?」


『……地上ではまだ共和国と帝国が争ってるし、今逃げ出しても、巻き込まれちゃうよ。それなら、共和国軍がここを制圧した後、あの鍵を使ってここの人たちを解放するのが、安全じゃないかなって』


「そうか、そういうことか。――なら、アーレ、すまないが、ここでもう少しだけ待っていてくれ。オレや共和国軍が勝利を収めたら、必ず連れに戻るからな」


 兄の言葉に、妹は一瞬心細い表情を見せたが、すぐにそれを振り払った。


「うん、分かった。……兄さん、どうか、無事で」


「オレは強い、心配するな」


 屈託のない笑顔を見せ、アルベルトはアーレに背を向けると、すぐさま険しい表情へと移り変わった。


 マリアの提案に承諾したものの、ようやく会えた妹を再び取り残すことに、複雑な気持ちを抱いているのだろう。


 しかし揺らぐ心を振り払うように、アルベルトはマリアと共に地上を目指し、駆け出した。


     *


 アルヴァ砦の中央広場、砦内部、壁上では、依然として共和国軍と帝国軍がぶつかり合う喧騒に満ちている。


 正門が破られ、共和国軍が内部に侵入してからというもの、帝国軍は徐々に劣勢へと追いやられていった。


 このままの状態が続けば、共和国軍による砦の制圧が成し遂げられる。


 勝利が間近に迫ったことに共和国軍の士気が高まる中、突如として砦全体を震わせる竜の咆哮が轟いた。


 両軍が呆気を取られて空を見上げると、赤銅色に染まる竜の姿があった。


 口先に赤い魔法陣を展開し、特大の火炎の砲弾を西の空へと放つ。


 赤竜による二度目の砲撃の後、その背から一つの人影が砦の広場へと落下した。


 その身を地面に打ちつける手前、足元に風を起こしは慣れた様子で悠然と着地する。


 金色の縁取りに彩られた真紅の鎧。そして左手に携えた、鞘に収まった長剣。


 周囲の者たちがそれを目にし、共和国は驚愕の声を、帝国は歓喜の声を上げた。


「はッ……やってくれたじゃねぇの、共和国軍。我が軍は――至極劣勢、か。……帝国の(つわもの)たちよ! このロッソ帝国帝王・アリトレスがやってきた! ここが正念場! 奮起しろ! 共和国を押し返せえッ!」


 赤い帝王の叫びに応えるように、赤に染まる兵たちは次々と咆哮する。


 そしていつの間にか、帝王の周りには共和国軍の野次馬が出来上がっていた。


「どうした、来ないのか? 来ねぇならこっちから――なんて言うつもりはねぇ。気が向いたらいつでも、この帝王の首を取りに来な」


 帝王が目を剥いて、野次馬を眺めながら自身の首筋を指し示す。


 共和国兵たちは足元に迷いを見せていたが、ついに数人の騎士、戦士、魔導士、傭兵が動き出した。


「ははッ……いいねぇ、そうじゃねぇと、接待に来た意味がねぇもんな」


 帝王が鞘から剣を引き抜くと、握る手の内側から緑色の輝きが漏れ出した。


 前後左右から迫る敵意が直撃するより早く、眼前を切り上げるように剣を掲げた。


 足元の周りに風が渦巻いたかと思えば、それは瞬く間に強大な旋風と化し、接近した共和国の兵を巻き上げ、遠くに吹き飛ばした。


 第二波が帝王に襲いかかる。


 今度は剣を握る手の内側が茶色く発光し、帝王は剣先を地面に突きつけた。


 再び足元に異変が生じる。今度は風ではなく、地面が滑らかに波打ち、共和国兵たちの足を絡める。


 直後、同心円状に大地が流動し、周囲の敵を押し流した。


「――マリア、なんだあの帝国兵は……他と実力が違い過ぎるぞ」


 地下から上がり、広場へと出てきたアルベルトとマリア。


 戦場の中心部に佇む赤い人影、そしてそれが放った旋風と大地の濁流を見て、アルベルトは驚愕と恐怖を露わにした。


 マリアもまた、体を硬直させていた。眼を血走らせ、握る二本の短剣を小刻みに振るわせている。


『ふん、世間知らずか、貴殿は。あれがロッソ帝国の主、帝王・アリトレスだ』


 知的で嫌みったらしい声の言葉に、アルベルトは改めて帝王の姿を刮目する。


「あれが……あれが帝王! それなら、まさか……」


 以前森で聞いた亡父にまつわる話を思い出し、アルベルトはすかさず天を仰ぎ見た。


 いた。


 全身が赤に染まる竜が。


 父を死に至らしめた、憎き仇敵が。


「あれが……赤竜だな!」


 両手で剣の柄を握り締め、構えると同時に視線を落とす。


 直情径行なアルベルトだが、冷静か、あるいは本能的に空にいる相手には自分の剣は届かないと知ってか、広場の中央で余裕綽々と構える帝王を見据えた。


「……お、お、す(こ ろ す)


 すぐ横で声がした。聞き覚えのある、か細い声に近しいそれ。


 それが紅い悪魔との契約により、聴覚を失った少女のものだと解ったときには、そばにいたはずの彼女の姿はなかった。


 咄嗟に視線を帝王に戻すと、それめがけて鋭い牙を剥いた疾風が吹き荒れている。


『アルベルトよ、貴殿はどうする? マリアはこれを好機と見たようだが』


 アーレを解放した時点から姿を隠していたベアルが、再び現れ、紅い馬鎧をまとわせた紅い馬に跨っている。


「どうするもなにも……父の仇の片割れだろう、アイツは。なら、オレも同じく、これを好機と見る!」


 アルベルトが勇ましい咆哮を上げ、赤い帝王めがけて走り出した。


「はッ、三年も経てば、さすがに骨のあるヤツが出てくるよなあッ」


 帝王は右手の内側に緑色の輝きを迸らせ、剣を振り抜く。再び足元から高密度の旋風が吹き上がった。


 何人かの共和国兵が飛ばされる中、小柄な女傭兵は風に負けじと突進する。


「おぉ、いいねえッ。そのくらい踏ん張ってくれねぇと、接待のし甲斐がねぇんだよ」


 縦に巻き上がる風の壁の中から、横に伸びる風の槍が飛び出し、マリアを直撃した。


「マリア! よくもッ!」


 いまだ収まらぬ竜巻に、アルベルトが勇猛果敢に突撃する。


 さすがの偉丈夫でも、並外れた風力に押し返されるかと思えば、吹き荒れる大気の壁は足元から掻き消えた。


『ふん、人間風情の錬金術、我の相手にもならん』


 ベアルが錬金術を発動し、逆向きの風を吹かせたことで帝王の風の守りを打ち破ったのだ。


「……あ? ヤロウ……うちの兵じゃねぇ――」


「帝王よ、覚悟おぉッ!」


 両手剣を振りかざしたアルベルトが、ベアルの出で立ちに呆ける帝王めがけて飛びかかった。


「――おっと、甘ぇんだよ」


 帝王の手元が茶色に輝き、剣先は地面に触れている。


 突如大地が隆起し、四本の柱と化してアルベルトを捕らえた。


「ぐうぅッ……!」


 胸元と背中、左右の脇を固められたアルベルトは身動きが取れず、体を無理によじっては両足をばたつかせる。


「くッ……卑怯者めぇ……!」


「卑怯もなにも、これが戦いだろ? あぁ、それと教えといてやる。これが錬金術師を相手取るってことだよ」


「……なに、貴様も錬金術師だというのかッ」


 アルベルトの言い様に、帝王は顔をしかめた。


 なにか言いたげに口元に隙間を見せたが、言葉を発するより先に体が動いた。


 帝王の足元の周りから無数の金属質の棘が生え、華美な真紅の鎧を貫かんと襲いかかったからだ。


「チッ……うちの兵どころか、ありゃ人間じゃねぇだろ……」


 帝王が移ろう視界の端でベアルを眺めていると、反対側から黒光りする殺意が迫った。


「……せえ(しね)ッ!」


 マリアが立ち上がり、再び肉迫しては刃を閃かせたのだ。


 斜め斬り、横薙ぎ、突きと、マリアは確実な踏み込みで帝王に肉迫し、得物を止めどなく繰り出す。


「おいおい、どうした? 覚束ねぇのは口だけじゃなく、手元もかよ?」


「嘲るなあッ!」


 ベアルによって拘束から解かれたアルベルトも斬りかかる。


 大小異なる三つの刃が入り乱れようとも、帝王は涼やかに、軽やかに避けきる。


「あぁ、いいねぇ……お前ら、ぜひうちに欲しいくらいだ」


 帝王は手元に緑色の輝きを見せると、二人の手前で凝縮させた大気を爆発させた。


 思わぬ奇襲による衝撃で、アルベルトとマリアは遠くに吹き飛ばされる。


「ははッ、よく頑張ったよ。いや、見事見事。さぁて、フィアーマの白竜狩りは終わったか……?」


 帝王は剣を鞘に戻し、石造りの壁に囲まれた天を仰ぎ見た。


「ゲァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 砦上空よりやや西から、大気を裂かんばかりの轟音が鳴り渡った。


 自身の鼓膜を激しく揺さぶるそれに、帝王は思わず顔をしかめ、舌を鳴らす。


「……あれをやられた、か」


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