偉丈夫、地下の果て、赤き境の一端を破砕する
『まったく……貴殿は魔導士を見たことがないのか?』
「魔導士くらい見たことはある」
『なら、なぜ気づかなかった。ヤツらの奥に魔導士が四、五人はいたぞ』
ベアルが築いた石壁の向こうで、再び炸裂音が鳴り響く。それと同時に、アルベルトの表情が硬くなった。
「魔導士が四、五人だと? オレには、甲冑姿の兵士しか見えなかったが……」
アルベルトの返答に、紅い兜の奥に据わる眼差しが細くなる。
その後、ため息を吐くようにベアルは頭を前に傾けた。
『そうか……貴殿は魔導士を、杖を持ち、ローブをまとった軽装の出で立ちと捉えているのだな』
「どういうことだ? いや、魔導士とはそういうものだろう?」
『そういうものとは限らん。現に、今壁の向こうにいる魔導士は、前衛に立つ兵士たち同様、赤い甲冑に身を固めていた。相違があるとすれば、剣や槍といった武器に精霊を宿した宝玉をはめ込んでいること。もう一つが、わずかに魔力をまとっていることだ。後者はよほど感知の力が高くなければ分からぬが……。いや、今の貴殿では見分けはつかない、ただそういうことだ』
「なんだと――」
言いかけたアルベルトの襟元をつかんだベアルが、偉丈夫の体を壁から引き離した。
直後、石壁の中央が弾け、歪んだ円形の穴が開いた。
『同属の魔法を合わせ、増幅させたか。……ふん、人間風情が』
壁の向こう側からいくつもの剣呑な視線が注がれる中、ベアルは単身で穴の前に躍り出た。
帝国兵の群集からどよめきの声が上がる。紅い鎧を着た者が、共和国の傭兵と肩を並べているのだから無理もない。
『聞け、精霊たちよ! 我は紅の魔将・ベアル! 彼の者が封印から放たれた! 悲願の時がまもなくやってくる! これ以上我らに手を出そうというのであれば、反逆の賊とみなし、その霊魂、永劫時の狭間に封じてくれる! それも構わぬのなら、我らに牙を剥くがいい!』
寸刻の沈黙の後、帝国兵たちが続々と笑い声を上げていく。
「おい、あの変装野郎、なに言ってやがんだ?」「頭湧いてんだろうぜ」「たくよぉ、演説ならもう少しマシなことを言えってんだッ!」
次々と起こる嘲りを浴びせられようとも、ベアルは泰然と佇んでいる。
一人の帝国魔導士が、精霊を宿す宝石をつけた剣をかざし、切っ先で虚空に円を描く。
「……あ? ――くッ、なんだ? ――おい! ――どうしたってんだよ!」
赤い集団の後列が騒がしくなった。
魔導士は得物をかざし、魔法の発動を試みる。だが、発動どころか魔法陣すら浮かび上がらない。
ざわつく赤い群衆を気にすることなく、ベアルは築いた石壁を崩壊させる。
『アルベルトよ、魔導士は封じた。存分に暴れ回るが良い』
「む……あ、あぁ! よく解らんが、本気で行かせてもらう!」
気を取り直したアルベルトは猛然と敵中へと飛び込み、剛腕を振るってことごとくを叩き伏せていく。
その傍ら、マリアもまた獰猛な疾風と化して外周を吹き荒れ、目に映るものすべてを斬り刻んでいく。
外縁と内縁とで重なる二つの竜巻は、やがて赤い肉塊を積み上げ、赤い華を咲き誇らせた。
「少々、てこずったが……なんとかなるものだな。ベアル、お前が作り出した剣を折ってしまった。すまない」
戦闘を終えて三人が集合する。アルベルトの右手に握る剣は刀身の中心から先を失っていた。
『ふん、義理堅いやつめ。それよりも先に進むぞ』
地下通路を奥へと進むと、道が左、中央、右へと三つに分かれている。
『……アルくん、どうしよっか?』
「どうするもなにも、片っ端から探っていくまで!」
アルベルトは躊躇うこともなく、まずは左側の通路へと突き進んでいく。
行き着いた先は、円形を成した低い天井の空間。
その中央には、床になにかの魔法陣が描かれ、陣の中心部に岩が置かれている。
アルベルトのたくましい体より二回り太く、胸元程度の高さを誇る岩はまるで柱石を思わせる。
「……なんだ、これは?」
初めて目の当たりにするように、アルベルトは様々な角度から覗き見る。
『それは制御石。地中を流れる魔力――魔導脈の流れを制御するための石だ』
「魔力の流れを制御する? なぜだ?」
『水の利権と似たようなものだ。共和国は共和国領内の魔力を用い、帝国は帝国領内の魔力を用いる。共和国が帝国に領内の魔力を使わせることも、帝国が共和国に領内の魔力を使わせることもない』
ベアルの饒舌に、アルベルトは難しい顔をしながら首を傾げる。
「それで、結局どういうことなんだ?」
『ふん、つまり、この制御石を施した地点の取り合いこそが、各国の領土の取り合い、ということだ』
「なら……これを壊してしまえば、ここはロッソ帝国の領域ではなくなる、ということか」
『厳密には、この制御石を壊し、共和国が新たに制御石を設けた時点で、ここ一帯は共和国領ということになる』
すると、アルベルトは両手剣を岩に突きつけるように構える。
「……ならば、共和国のためにも、容赦はしない」
アルベルトは得物を振りかぶり、渾身の力を以て、制御石めがけて振り下ろす。
甲高い衝撃音が上がり、空間中に響き渡る。だが、岩は割れるどころか傷一つつかない。
「ぐぅッ……なんという硬さ! だがッ――」
再び全身の膂力を以って、上段から振り下ろす。
やはり甲高い衝撃音が空間中に鳴り響くだけで、岩は一つの変化も見せない。
「くそッ!」
『ふん、どうやら魔法で固められているようだ。土はともかく、水も混ざっているか』
ベアルは制御石に近づくや否や、左手をそれにかざした。
『聞け、精霊たちよ。我は紅の魔将・ベアル。我らが待ちわびし彼の者が封印から放たれた。悲願の時は近い。ゆえに、我らに抗わず、自由を望むがいい』
ベアルが言葉を紡ぎ終えた途端、制御石から無数の小さな光の玉が飛び出し、壁中へと溶け込んでは消えていった。
それらを見送ると、ベアルは岩から身を離す。
『さあ、アルベルトよ。三度目の正直というものだ。一気に叩き斬るがいい』
「先ほどから気になっているのだが……この地下に来てからというものの、ベアル、お前はやたら不可思議な言葉を口にしているが、いったいなんのことを言っている?」
『まったく悠長なやつだ。こんなところで些細なことに時間を割く気か? 貴殿、ここになんの目的でやってきた? 大事な妹を探し、無事見つかれば奪還するためであろう?』
ベアルへの違和感は拭われないままに、アルベルトは制御石へと向き直る。
「ぬあぁッ!」
両手剣を持ち上げ、全力を振るっては刀身を岩に叩きつけた。
低く鈍い音を上げ、岩は真っ二つに両断された。
直後、床に描かれた魔法陣が吹き飛ぶように霧散する。
「……これで、いいのか? 岩が割れて、床の陣が消えただけで、なにも起こらないぞ」
『ふん、これでいい。さあ、もうここに用はない。残る二つの道を探るぞ』
三人は来た道を戻り、三叉路へと向かう。そして次は中央の道を突き進む。
やがて空間が開けたと思えば、左手にいくつもの扉が奥へと連なっている。
『どうやら、ここは独房らしいな。捕虜に対して独房とは……鉄柵のついた牢獄で十分であろうに』
アルベルトが独房の扉に近づくと、中を覗く横長の小さな戸がついている。
指を差し込むように戸を押し開けると、独房の中を覗くことが出来た。
中には見目麗しい乙女が座り込んでいる。
続いて隣の独房の中を覗き見る。
やはりそこにも端麗な面持ちの乙女が収監されていた。
「まさか、ここに捕らわれている者たちとは……」
なにかに気づいたアルベルトは、さらに奥へとひた走る。
「アーレ! アーレ! いないか! アーレ、オレだ! アルベルトだ!」
大切な妹、アレクサンドラの愛称を叫びながら。
アルベルトはどんどん奥へと突き進む。
すると、最奥に位置する独房の扉がけたたましく音を上げた。
アルベルトは一層足を速めてそこに駆けつける。
「アーレ、アーレなのか!」
「兄さん、兄さん!」
扉の覗き戸を開けると、その向こうにはアルベルトが切望した少女の姿があった。
「アーレ! あぁ、良かった……ようやく会えた。――アーレ、下がっていろ。今扉を開けてやるからな」
アルベルトは得物を振りかざし、扉を塞ぐ錠を砕き落とした。




